女にとって、経験豊富な年上男性は魅力的に映る。

だが、その魅力ゆえこだわりの強いタイプが多く、女は年を重ねていくうちに気づくのだ。

― 頑張って彼に合わせるの、もうしんどい…。

年上ばかり選んできた女が、自然体でいられる相手は一体どんなタイプの男なのだろうか?

これは、アラサー独身女がこれまでの恋愛観をアップデートする物語。

◆これまでのあらすじ

颯とケンカをしてしまい、連絡を取らず仕事に明け暮れていた多佳子。一方、彼はほかの女性と親しくしていたと知り、すっかり気持ちが冷めてしまう。

そこで、別れを切り出すと颯が会社の前までやって来て…?

▶前回:彼氏との別れを決意したアラサー女。LINEを送ってサヨナラしたのに、男が会社の前にいきなり現れて…




Vol.12 私のよくないところ、変えていきたい


「大丈夫?」

私のことをかばうように、颯との間に入ってきたのは美智子だった。

テレビ局のスポーツ部で働くのは、男性ばかり。そこに長年身を置いている彼女には、こんなふうに男勝りなところがあるのだ。

だが、美智子に制止されて、余計にいら立った様子の颯も引く気配はない。鋭い目つきで、美智子と私のことを交互ににらんでくる。

「美智子さん、俺、多佳子さんと話がしたいから」

と、そこへ一樹もやって来た。待ち合わせ時間の20時きっかりだ。そして、ただならぬ空気を感じたのか、足早に颯に近寄ると、何か耳打ちをした。

すると颯は、頭をグシャグシャとかきながら、捨て台詞を吐いて立ち去ったのだった。

「あー…何か、もういいわ!じゃあね、多佳子さん」

― 帰って…くれた?でも、まさか颯くんが会社の前まで来るなんて…。

ドラマでしか見たことのないような展開にぼう然としていると、手の指先がかすかに震えているのに気がついた。後ろからそっと肩に手を回してきたのは、美智子だった。

「話はあとでゆっくり聞くから!とりあえず、お店に行こう」
「美智子…ごめん。一樹もありがとう」

頼りになる2人の友達の間に挟まれながら歩いて向かったのは、西麻布にある『焼鳥 篠原』。

この日の主役、美智子たっての希望で選んだ店だ。希少な神戸高坂鶏の焼き鳥を堪能できるとあって、私の沈んだ気持ちも少し浮上する。

ほどなくして、隠れ家を思わせる店の前に到着すると、入り口に黒木さんが立っていた。

そして、申し訳なさそうにこう切り出した。

「多佳子さん、本当にすみませんでした…」


黒木の謝罪の理由とは?


「…あの、どうして黒木さんが謝るんですか?」

どうやら、黒木さんは颯と私が別れたことに責任を感じているようだ。

「いや…多佳子さんにあんなこと話すべきじゃなかったと。颯には、2人でちゃんと話し合いをするようにって言ったんですけど…」

個室に案内され、テーブル席の向い側に遠慮がちに座ると、黒木さんは頭を下げてきた。

「黒木さんのせいじゃ…」

と、話し始める私の言葉を遮ったのは、美智子だ。

「ねえ、颯くんどうなってるのよ?さっき、会社の前まで来て大変だったんだから!」
「そうなの?あれ、ちょっと前に颯からLINEがきたんだけどなあ。ほら、これ」

『黒木さん、多佳子さんのことでは色々とありがとうございました。もう、完全に別れました』

わずか数十分前にいきり立っていた颯とはうって変わって、冷静な内容だった。しかも、黒木さんにLINEが送られてきたのは、ほんの数分前。

― これって、みんなのことを巻き込んでるよね…。

この日は、美智子と黒木さんの婚約を祝うために集まった。それなのに面倒を起こしてしまい、いたたまれない気持ちになった私が口を開こうとすると…。

「あっ…!」

その瞬間、黒木さんがスマホから顔を上げ、手で口を覆いながら私のことを見た。




「何、なに?黒木さん、ちょっと怖いんですけど」

そう茶化すように言った私は、彼が手に持つスマホに視線をやる。

― これって…。

Instagramで颯が今まさに投稿したばかりの写真は、カフェらしき場所で撮られたものだった。

テーブルの手前には、彼のカフェラテ。その奥には、淡いベージュをベースに、べっ甲やゴールドのマーブル柄のネイルアートが施されたほっそりとした指が、マグカップに添えられて写っていた。

「うわっ、多佳子には悪いけど…無理無理っ、こんなの引くわ!」

「美智子さん、それは言い過ぎだよ!こういう当てつけみたいなことをするくらい、颯は多佳子さんのことが好きだったんじゃないかな?ちょっと、不器用すぎるけど」

黒木さんは、私を気遣いながら颯のフォローも忘れない。彼のように思いやりのある相手と結婚する美智子は、幸せ者だ。

― そういえば、一樹が妙に静かじゃない?

そこで私は、気になっていた質問を隣に座る一樹に投げかけた。

「ねえ、さっき颯くんに何て言ったの?」


興奮した颯を早々に退散させた、一樹の“ある一言”とは?


「さっき?ああ『守谷くんみたいな有名サッカー選手がこんなところにいたら、みんなに気づかれちゃうよ』って」

確かに、テレビ局のエントランス前で注目の若手サッカー選手が痴話げんかなんてしていようものなら、ワイドショーのネタにされかねない。

それにしても、黒木さんもそうだが、一樹の言葉の選び方にも優しさがある。

これなら、颯が逆上することなく帰っていったのもうなずける。

「へえー、そんなこと言ったんだ。そういえば、チラチラ見てくる人もいたもんね」
「それで、多佳子は大丈夫なの?」

「うん。今日はビックリしたけど、颯くんとは少し前からうまくいってなかったから。何かさあ、私もいつかは美智子みたいに、素敵な相手と出会うことがあるのかなって思っちゃう」

― あれ…?一樹なら、ここでからかってくると思ったのに。ていうか、何か言って欲しいんだけど!

ふいに黙ってしまった一樹に、もう1度私から話題を振る。

「颯くんと私って、もともと無理があったんだよ。ねえ、一樹は、私にはどんな人が合うと思う?」

しばらく沈黙したあと、一樹の口から出た言葉は、私が想像していたような軽いものではなかった。




「…あのさ、言いにくいんだけど、多佳子は“どんな人が”じゃなくて、まず自分がどうなのかを見つめ直すときなんじゃないの?」

いつもの私だったら「何それ?」と間違いなく突っかかるところだ。が、しかし、一樹は真剣な表情だったので、話の腰を折らずに続きを聞いた。

「前の彼氏は、年上でこだわりが強くて無理だったんだっけ?で、今度は、年下で子どもっぽくてダメだったって言うの?

自分で選んで付き合った相手なのに、少しでも気に入らないことがあると、早い段階で拒絶するよね。けど、それって、年齢や相手だけの問題じゃないと思うけどな」

話の最後には、こう付け加えられた。

「あと、すぐにカッとなって結論を出そうとする!どうしたらいいんだろうなあ、1回深呼吸して落ち着くか?」

ここにきて、今日初めて一樹が笑ってくれた。

― 言われてみると、私って相手にダメ出ししてばかりだ。でも、今さらどうしたら変われるんだろう。

幻の高級鳥に舌鼓を鳴らしながら、彼の言葉を反芻すると、痛烈だがどれもそのとおりだと思った。

それから1時間後。

食事会は、酔っぱらった黒木さんの美智子に対するのろけが止まらなくなったところで、お開きとなった。

店を出た直後、私は一樹に話しかけた。

「一樹、今日は本当にありがとう。こんなふうに言ってくれるのも、それを素直に聞けるのも、相手が一樹だからだよ」
「そうだろ?」
「うん、私のよくないところを変えていきたいって思った。だから…来週また会えないかな?」

ここでまた、一樹の返事は私の予想を裏切ってきた。

「うーん、来週は彼女と約束があるから無理かな」

― 彼女?いつの間に!?……なぜだろう、すごく嫌だ。

一樹に彼女がいることへの驚きと同時に、モヤッとした気持ちが私の胸の中に広がったのだった。

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一樹に対してこれまでとは違った気持ちが芽生えた多佳子。自然体でいられる彼こそが…?