ダーマロジカ(Dermalogica)の創業者であるジェーン・ワーワンド氏は1980年代に米国に来たが、当時エステティシャンによるマルチステップのスキンケア施術を受けるというのは、平均的な顧客にとってほとんど前例のないことだった。エジンバラに生まれイギリスで育ち、ヨーロッパのスキンケア業界にインスピレーションを受けたワーワンド氏は、米国市場の変革に取り組み、ダーマロジカを1986年に設立した。10月26日、ハーパーコリンズ出版による初の著書『Skin in the Game』(訳注:同氏が関わっている「スキンケア業界」と、リスクを取り自分を賭けて関与するという意味の「skin in the game」をかけている)が刊行された。この本は、ダーマロジカを、ユニリーバ(Unilever)から未公開の金額で買収されるほどのスキンケア大手に育て上げた彼女の人生とキャリアについてのものだ。Glossyは、ロサンゼルスのダーマロジカ本社で、ワーワンド氏の著書のインスピレーションや米国でのプロスキンケアの歴史、パンデミックが業界に及ぼしている影響についてインタビューを実施した。以下は読みやすさのために要約と編集が加えられている。
早くはなかった。弊社はダブルクレンジングを、その後にセラムと呼ばれる製品、そしてブースターをローンチした。そして、15年ほど批判され続けた。「セラムが何だか誰も理解していない。一体それは何なのか? 体液みたいなものだろう。どういう意味だ? 」と言われた。以前、私は、韓国、日本、台湾、中国、ベトナム、マレーシア、シンガポール、香港で幅広く教えていた。1985年頃だったと思うが、はじめて韓国に教えに行ったときには、マルチステップの韓国のスキンケアルーティンはまだ行われていなかった。まだ生まれたばかりの業界だった。マルチステップのルーティンが主流になったのは、5年ぐらい前だと思う人もいるだろうが、おそらく10年ほど前だ。ありがたいことにようやく弊社が取り込んできたことが理解されるようになってきた。大いに役立ったのはインターネットとソーシャルメディアだ。皆がオンラインで(製品の)使い方やどんなルーティンをしているかを共有した。肌の気になる部分をメイクアップ製品で覆い隠さないで、(肌のシミなどの)副次的影響ではなく、肌の問題そのものに対処するという(新しい)考え方が存在するようになった。[原文:Dermalogica founder Jane Wurwand on the evolution of skin care]LIZ FLORA(翻訳:ぬえよしこ、編集:山岸祐加子)