アース製薬にとって虫ケア用品(殺虫剤・防虫剤)は大きな収益源だ(記者撮影)

「虫ケアにしがみつくことはない、いつやめてもいい」

主力製品である殺虫剤・防虫剤の販売終了の可能性を口にするのは、アース製薬の川端克宜社長だ。「アースノーマット」や「ごきぶりホイホイ」、「ブラックキャップ」などのブランドを有する同社は、年間売り上げ1300億円の殺虫剤市場でシェア5割を超える業界最大手だ。

そのトップ企業が殺虫剤市場からの撤退さえも考える理由について、川端社長は「私が入社した1994年は国内市場向け殺虫剤の売上高構成比が9割以上で、国内殺虫剤の一本槍だった。それがいまはグループ連結売上高で3割。乱暴な言い方をすると、30年後は売っているかわからない」と説明する。

コロナ禍で業績は絶好調

殺虫剤大手各社の2020年度の業績は絶好調だった。コロナ禍で在宅時間が伸び、換気の機会も多くなったことで、防虫対策の必要性が増したからだ。

アース製薬の2020年12月期業績は売上高1960億円、営業利益114億円となり、ともに過去最高を記録。同じ上場企業で業界3位のフマキラーも、2021年3月期は過去最高を更新する見込みだ。在宅勤務やオンライン授業が定着し、2021年度も市場の好調は続くとみられる。

順風満帆の中、川端社長があえて「まだまだ利益の柱」と認める商品をいつやめてもいいと言い放つのはなぜか。背景には、国内殺虫剤市場を取り巻く構造変化に対する危機感がある。

構造変化の1つ目は気候変動だ。地球温暖化などの影響を受け、この10年ほどで日本の気温は以前と様変わりした。気象庁のデータによると、東京都内の8月の最高気温の平均値は右肩上がりで上昇している。1991〜2000年に29.7度だった平均値は、2011〜2020年には32.1度に上昇した。

殺虫剤の最大カテゴリーであるハエと蚊の活動は気温に左右される。ヤブ蚊は気温が25〜26度になると活動が活性化するが、30度を超えると吸血意欲が低下するという。

35度を超える猛暑日が続いた2018年は蚊の活動が鈍り、アース製薬の2018年12月期の虫ケア用品部門売上高は前期比5%減となった。

近年は台風が日本に上陸することが増えた。2011〜2020年に日本に上陸した台風の数は35個。10年単位で見ると1950年代以降では最多となった。「激しい雨風により、一時的に害虫が吹き飛ばされたり、流されたりする」(アース製薬)ため、台風上陸は殺虫剤の売り上げにとってマイナス要因になる。

人気の「虫よけ」に異業種が参入

構造変化の2つ目は、売れ筋商品の変化に伴う競争激化だ。虫ケア用品といえば、以前は虫に薬剤を直接吹きかけて殺すスプレータイプが中心だった。現在は、「虫を見たくもない」というニーズが増えたこともあり、虫よけタイプが人気になっている。


アース製薬の川端社長は、感染症トータルケアカンパニーを目指すと語る(撮影:梅谷秀司)

市場調査会社であるインテージのデータを見ると、虫よけを含む「空間・対物用」殺虫剤の2020年の売上高は前年比で2割以上増えた。これはスプレータイプなど「直接用」の伸び率の2倍近い。

市場拡大が続く虫よけには、「金鳥」で有名な大日本除虫菊やフマキラーといった従来のライバルとは違う異業種が参入してきている。日用品大手の花王は、潤滑油として用いられるシリコーンオイルを肌に塗ると、蚊が肌に着地しにくくなることを発見、製品化を目指している。電機大手のシャープは蚊取りもできる空気清浄機を販売した。

市場環境は厳しさを増していることから、川端社長は「これからは実力があるところだけが残っていくだろう」と気を引き締める。

生き残りをかけて、アース製薬は東南アジアへの展開を加速させている。タイではすでにシェア3位となっており、2020年に127億円あった海外売上高を2023年までに160億円へ伸ばす。四季がある日本に対して、東南アジアは年間を通じて温暖であるため、安定した売り上げを見込めるという。

ハエや蚊、ゴキブリ以外の新領域の開拓も進める。現在、足がかりとして期待しているのが「ダニがホイホイ」などのダニ用商品だ。ダニはアレルギーを引き起こすことなどが知られ、市場が急速に拡大している。

市場規模は2020年で62億円と小さいが、2019年の44億円からわずか1年間で1.5倍弱に伸びた。アース製薬もこの間に1.3倍近く売り上げを伸ばしている。

「脱虫ケア」で感染症商品にシフト

ダニ用商品は日用品大手のP&Gが2019年に衣料用洗剤の「アリエールダニよけプラス」を販売。室内芳香剤などに強いエステーも2020年にダニ用商品市場に参入するなど激戦区だが、今後が期待できる。

アース製薬がさらに踏み込もうとしているのは「脱」虫ケアだ。川端社長が見据える将来像は、「感染症トータルケアカンパニー」。同社はこれまで、デング熱や日本脳炎といった虫を媒介とした感染症の関連商品を提供してきた。それを除菌など感染症の予防にまで事業を拡大させていく。

目下注力しているのが、除菌剤の一種である「MA-T」(Matching Transformation System)だ。成分のほとんどは水だが、反応すべき菌やウイルスが存在するときのみ除菌成分を生成する。アルコールを含まず、安全性が高いため、飛行機内などで広く使われている。新型コロナウイルスを98%以上消毒することができる。

現在、アース製薬はMA-Tを業務用向けに展開している。2019年には子会社のアース環境サービスでMA-Tを使用した業務用製品を販売。その後、OEM製造も始めた。今後は一般消費者向け製品の販売を見据えている。

除菌剤市場でMA-Tの知名度はまだ低い。川端社長も「MA-Tはチャレンジ」と認めたうえで、「経営がしんどくなるとできなくなるから、順調なうちに次の成長の種をまいておく」と話す。

MA-Tの認知拡大を図り、除菌剤市場での生存競争を勝ち抜けば、感染症トータルケアカンパニーという理想像に近づいているだろう。