■「としまえんの閉園はコロナの予兆だったのか」

長く西武沿線のシンボル的存在だった「としまえん」。昨年8月に閉園となり、跡地の一部は人気映画「ハリー・ポッター」のテーマパークの建設が始まっている。開業予定は2023年春。西武ホールディングス(HD)グループが保有する約20万平方メートルの敷地の一部を米映画大手ワーナー・ブラザースが借りる。

写真=時事通信フォト
閉園する見通しとなった西武鉄道が運営する遊園地「としまえん」=2020年2月3日、東京都練馬区 - 写真=時事通信フォト

乗り物のアトラクションがある米国のユニバーサル・スタジオや大阪市のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)とは異なり、映画撮影に使われたセットを再現したテーマパークとなるという。残りの土地は都が買収して、一帯を大規模公園として整備する方向だ。

USJのハリー・ポッターの施設は14年に開業した。米TEAとAECOMの調査によると18年のUSJの入場者数は1430万人。一方でとしまえんの入場者数はピークの92年度には約390万人で、18年度は112万人にとどまった。首都圏では東京ディズニーリゾートの一人勝ちの状態で、としまえんの閉園も時間の問題だった。

としまえんの閉園が明らかになったのが昨年2月。新型コロナウイルスの感染拡大が騒がれ始めた時期だった。現在のようなリモートワークの拡大による鉄道収入の落ち込みや海外からの旅行客受け入れ禁止などの措置はなかったが、「としまえんの閉園はコロナの予兆だったのか」と西武HDの社員は口々に話す。

■「ホテル・レジャー施設の削減」が最大の経営課題

「アセットライトな事業構造へ転換」。西武HDが2020年4〜12月期の決算説明資料に初めて掲げた文言だ。要は戦後、創業者の「ピストル堤」こと堤康次郎氏をはじめ、堤家が代々買い進めて膨らんだホテル・レジャー施設の削減が課題になっている。

新型コロナでホテル・リゾート施設は底が見えない苦戦が続いている。特に西武HDはコロナ前までは、訪日客の恩恵を最も受けたホテルチェーンの一つだった。傘下のプリンスホテルでは近年、訪日客の利用が急増、20年3月期には外国人客による室料収入が248億円に及び、全体の37%となった。この5年間で室料収入に占める外国人客の比率は、10ポイント以上伸びてきた。今後も訪日客が増えると想定し、9月には2300人強が宿泊できる「東京ベイ潮見プリンスホテル」(東京・江東)も開業したが、想定外のコロナ禍で厳しい状況だ。

コロナ感染が広がった20年1〜3月期以降に西武HDが計上した減損損失は同12月末までに計270億円にのぼった。私鉄大手でホテル事業も展開するライバルの東急の130億円の約2倍だ。

■多くの資産が売り上げに結び付かない「不稼働資産」に

西武HDは21年1〜3月期にも追加で約180億円の減損損失が発生するとして、業績予想を下方修正した。政府の観光支援策「Go Toトラベル」キャンペーンが停止され、1月の客室稼働率はシティホテルが10.6%、リゾートホテルが11.2%に沈んだ。人件費や維持管理費など固定費の負担は重く、業績回復は見通せない。

20年3月期末の有形固定資産は土地と建物を中心に1兆4564億円ある。プリンスホテルやリゾート施設などを広く手がけているためで、総資産に占める割合は85%と関東の鉄道大手9社で最も高い。その約4割をホテル・レジャー関連が占めている。有形固定資産回転率でみると、西武HDの前期は0.38回と関東の鉄道大手で最低水準で、旧国鉄からの資産を抱えるJR東日本の0.43回より低い。過大な資産が売り上げに結び付いていない。「不稼働資産」になっているのだ。

西武HDは、事実上の前身会社である西武鉄道の有価証券報告書の虚偽記載の問題を受け、2004年12月17日に上場廃止となった。堤康次郎氏の後継者である堤義明氏は一連の責任を取って辞任。後を継いだみずほ銀行出身の後藤高志氏は2006年にグループ再編を実施し、当時167カ所あったプリンスホテルの事業所を、その後10年間で約90カ所まで減らした。

■西武ライオンズの売却などを求められ、投資ファンドと対立

しかし、訪日客が増え始めてから西武グループの資産の売却スピードは衰える。都心の超一等地を抱える西武グループを巡っては米ゴールドマン・サックスなど名だたる海外投資家が買収をもくろんだが、後藤氏はパートナーとして米サーベラスから06年に出資を受け入れ、二人三脚で再建を果たしてきた。

サーベラスは過去に手掛けたホテルの再建チームなどを送り込んで、全国に散らばるプリンスホテルの立て直しに奔走した。その一方で、不採算の約70の施設を売却・閉鎖するなど、リストラも敢行、筋肉質の財務体質に変えた。その結果、18年度の連結売上高は06年度比18%減の5659億円と縮んだが、営業利益は81%増の733億円と収益力を高めた。

順調に再建を果たしていた西武HDだが、サーベラスは「リストラの手を緩めるべきではない」として、西武秩父線、西武園ゆうえんちの足となる多摩湖線の廃線や西武ライオンズの売却なども求めた。これに後藤氏ら西武経営陣が反発。結局、サーベラスは17年に出資を引き揚げてしまった。

■東急は渋谷、小田急は箱根、東武は日光、西武は所沢

再上場を果たした14年と現在を比べた株価は東京の大手私鉄が軒並み上昇傾向だが、西武は下回る。21年3月期の売上高は前期比40%減の3340億円、最終損益は800億円の赤字(前期は46億円の黒字)を見込むなど、厳しい。

西武HDについてはかねてから、「沿線価値が他の鉄道会社に比べて低い」「沿線に顔がない」と市場関係者から指摘されている。東急は渋谷や二子玉川といった有力なターミナル駅や田園都市線や東横線といった人気エリアをもつ。小田急電鉄は箱根、東武鉄道は日光という観光地を抱える。

写真=iStock.com/coward_lion
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/coward_lion

一方、西武HDは事態打開に向けて所沢駅で駅直結の商業モールをオープンさせ、大規模マンションも開発。20年代半ばまでに所沢駅の乗降客数を現在の3割増の約13万人にする計画で、沿線全体のバリューアップにつなげたい考えだ。

西武秩父駅では駅直結の温泉を開業。さらに埼玉西武ライオンズのメットライフドームを約180億円かけて「ボールパーク」に改装するなど、堤氏時代に後回しだった沿線開発に注力している。18年度の輸送人員は10年度比8%増だ。しかし、渋谷などで大規模開発を進め、今後も通勤需要が底堅い東急(同12%増)に及ばない。

■鉄道・運輸とホテル・レジャー事業の両方が苦戦

西武HDトップの後藤氏は、上場廃止に陥った西武グループを復活させた立役者だが、今年で社長就任15年になる。出身母体のみずほ銀行の協力をあおぎながら同社を牽引してきたが、コロナという予期せぬ事態に立ちすくんでいる。06年の就任時は、不採算のホテル・レジャー施設のリストラに注力する実行力が問われた。サーベラスという大株主の後押しもあり、体質は引き締まった。

しかし今回は様子が異なる。前回の危機はホテル・レジャー事業で悪化した財務を、堅調な鉄道事業で埋め合わせられた。今回は、リモートワークの普及で鉄道・運輸事業も悪化している。日銭を稼げる安定した収益基盤だった鉄道・運輸と、固定費の塊であるホテル・レジャー事業、その両方が経営体力を奪うという過去にない事態だ。

特に西武HDはホテル・レジャー施設の資産規模が大きく、その収益性も劣るため、経営にのしかかる負のインパクトは運輸セクターの中で目立ってしまう。

■所沢市の西武園ゆうえんちは100億円をかけて改装

都心や箱根のプリンスホテルなどは簿価が低く、投資対象として着目している投資ファンドも多い。資産圧縮=アセットライトの観点から、これら資産の売却で財務の改善は見込むことができるが、今のところ、公表された資産売却案件は首都圏のゴルフ場など目立ったものはない。

としまえんは閉園したが、1950年に開業した所沢市の西武園ゆうえんちは再建に向けて100億円をかけて家族三世代で楽しめるレジャー施設に改装する。西武ゆうえんちの2018年度の入園者数は49万人で、ピークの88年度の4分の1だ。

西武HDはコロナ禍をどう乗り越えるのか。その行方は「土地本位制」に凝り固まった日本企業の反転という観点からも注目を集めている。

(プレジデントオンライン編集部)