経済アナリストの森永卓郎氏はなぜ「埼玉の田舎」で暮らすことを選んだのか? (写真:日刊スポーツより)

コロナ禍によりテレワークが普及し、都心ではなく田舎でリモート勤務するビジネスパーソンが増えているという。また、都市一極集中を問題視する声も多く、今後企業の地方進出も活発になるかもしれない。経済アナリストの森永卓郎氏は以前から、埼玉県所沢市に住み、「トカイナカ」暮らしを満喫している。なぜ、都会を捨て、郊外で暮らすようになったのか。その理由は意外なものだった。新書『年収200万円でもたのしく暮らせます コロナ恐慌を生き抜く経済学』から一部抜粋・再構成してお届けする。

じつは、私は30年以上前から都心から1時間半もかかる都会と田舎の中間に存在する「トカイナカ」で生活しており、そこから都心に出稼ぎに出ています。

東京と比べれば、自然も豊かで、人の密集もはるかに少ない。近隣の農家が作った農産物を直接買うこともできます。私自身、畑を借りて、野菜作りもしています。こうしたトカイナカこそ、年収200万円時代でも豊かに暮らすのにふさわしい「理想郷」なのです。

限界を迎えつつある「東京一極集中」

私が考える新しい時代における理想的な社会のあり方とは、グローバル資本主義の基本理念である大規模・集中を捨て、「小規模・分散」に転換することです。

これまで東京一極集中が進んできたのは、農林業の市場開放によって木材や農産物の価格が下落し、農業だけで生活できなくなったからです。さらに工場が海外移転して、地方での雇用の場が失われてきたからと言ってよいでしょう。

現代社会では社会保険料や電気代などの支払いのため、ある程度の現金収入が必要になります。ところが、農業だけではそれが賄えなくなり、若い人を中心に故郷を捨て東京へと向かう動きが顕著になりました。

一方、政府がとってきた政策は、農業の担い手に農地を集約して農業基盤を整備し、農家の所得を高めることでした。そうすれば、農業だけで生活できるだろうという考え方です。しかし、それだけでは、確実に国土が荒廃します。

これまでの日本の小規模農業は、里山との共存の下で行われてきました。山に入り自然の恵みを得るとともに、干ばつをして、木材を育て、炭を焼いたりして現金収入を得てきたのです。こうして、日本の山を守り、環境を守ってきました。その伝統的習慣が失われてしまうのです。

さらに、利益の最大化を目的とした大規模農業では、食の安全を守れる保証がありません。現にアメリカでは植物を軒並み枯れさせてしまう非選択性の除草剤を散布し、その除草剤に耐性のある遺伝子組み換え作物を育てています。多くの国民が知らず知らずのうちに口にしている可能性があるのです。日本の大規模農家も、効率最優先の農業をいっそう推進すれば、そうならないという保証はありません。

消費者も考え方を改める必要があります。インド建国の父、マハトマ・ガンディーが唱えた「近隣の原理」です。近くの人が作った食べ物を食べ、近くの人が作った服を着て、近くの大工さんが作った家に住む――そうした小さな経済の輪が、グローバル資本主義からの防御壁となります。いわば「地産地消」の考え方です。

ただ、グローバル資本主義を完全に否定することは、現実問題として無理でしょう。明日から全国民が地方に移り住み、農業に従事できるとは思えません。一時的にすべての経済活動がストップしてしまいます。

現実的な解決策は、従来の日本の兼業農家を守るとともに、多くの国民が「自分の食べ物は自分で作る」というマイクロ農業を普及させることなのです。

「都心は人の住むところではない」

トカイナカにいても、これまでどおりの仕事はできます。パソコンがあれば、オンラインで会議や打ち合わせは可能です。

私の場合、テレビの収録などは早朝や深夜に及ぶことが多いため、どうしても東京に宿泊施設が必要です。そこで2007年から都心の小さなマンションを借り事務所にして、家に戻れないときは、事務所のソファで寝泊まりをしています。もちろん、電車があるときは、家に戻ります。

13年にわたる都心とトカイナカのパラレル生活を経験した結果、「都心は人の住むところではない」という考えに至りました。

例えば朝、所沢では鳥のさえずりで目が覚めますが、都心ではパトカーのサイレンとか、バイクの爆音で起きます。それが1日ぐらいであれば「仕方ないかな」と思うのですが、年がら年中となるとまったく話が変わってきます。

都心の地価のバブルは間もなく崩壊すると拙著『年収200万円でもたのしく暮らせます コロナ恐慌を生き抜く経済学』でも書きましたが、いまはそのピークの状態にあると考えられるでしょう。アパートでも3畳一間で8万円などという、信じがたいほど高い賃料が設定されています。

その狭い中で暮らそうと思うなら、「断捨離」しかありません。徹底的に物を排除する。テレビやパソコン、冷蔵庫すらない人もいます。そういう人に「どうやって生きていくの?」と聞くと、「コンビニがある」と答えるわけです。

目の前のコンビニエンスストアで必要な物を買えば、冷蔵庫は必要ないという考えです。しかし、そのような暮らしは食費を必要以上に高いものにするし、地震などのリスクに対してあまりに脆弱と言えます。

食品は腐るため買いだめができず、生活用品を大量に買うとストックする場所がありません。そのため、コロナ禍のような緊急事態になると、スーパーに殺到。商品の奪い合いが始まり、生活が回らなくなってしまいます。

災害にも強いトカイナカ

都会に比べると、トカイナカは災害のリスクに強いのが特長です。東日本大震災のときも、私の家族はほとんど困りませんでした。普段から家の中に物が山のように積んであるし、食料も1カ月もつぐらいのストックはあります。

私は自分で畑もやっていますし、家の周りは畑だらけなので、スーパーに買いに行かなくても、旬の野菜が農家の「直売所」で買えます。ケージのようなものが置いてあり、そこに100円を入れて持って帰る方式です。

コロナ禍では、ニューヨークで野菜が買えなくなりパニックになりました。ところが私のところは野菜がなくなることはありえません。近所の畑だけではなく、わが家の庭にも畑にも、野菜が植えてあるからです。

テリー伊藤さんが、東京大空襲を経験した女性から聞いた話を教えてくれました。東京が火の海になって食べるものがなく、女性はずっと北に向かって歩いていったそうです。ようやく食べ物を手にできたのは、埼玉県に入ってからだったそうです。都会と所沢の違いを象徴する話です。

私が住む所沢市は人口約34万人、と決して小さな市ではありません。人口の規模では高槻市(大阪府)、大津市(滋賀県)、旭川市(北海道)、高知市(高知県)などと同程度。


森永氏が暮らす「所沢」の風景(写真:hiroshi/PIXTA)

そのため、所沢駅周辺は都内と遜色のないにぎやかさですが、駅から20分程度の距離になると風景は一変し、田園風景が広がります。私の場合、駅に出るときは家内に自動車で送ってもらいますが、信号の引っかかり方次第ですが5、6分で到着します。

その程度の距離で、それほど田舎になるのかと驚かれる方もいることでしょう。しかし、現在の住宅市場では当たり前のことです。需要があるのは、駅から徒歩10分以内の物件。わが家は歩けば、おそらく17〜18分だと思います。わが家よりもさらに離れると、劇的に安くなります。一戸建てがキャッシュで買えます。

都心の生活に慣れてしまうと、駅やスーパーが近くないと不便に感じてしまうかもしれませんが、マイカーを利用すれば駅の近くに住む必要はありません。

また、都会を離れるほど、ガソリンが安くなります。私の事務所がある都内のガソリンスタンドは、リッター150円台の看板が出ていますが、埼玉では1リッター当たり20円以上安いです。埼玉は東京に比べて地価が安く、また、幹線道路も多くあるためにガソリンスタンドの激戦区で、値下げ競争になりがちという事情もあるのでしょう。

都会での生活では、駐車場コストが問題になります。私が住む場所では、借りれば月に6000円から7000円です。都心の仕事場にしているマンションの駐車場は4万3000円ですが、所沢ならアパートが借りられる金額です。この点だけをとっても、都心は住むのに適した場所ではないと感じます。

家と山が800万円で手に入る

さらに都心から離れたイナカに行けば、地価は0円に近くなると言っても過言ではありません。例えば地方の中山間地域に行くと、畑が1ヘクタールぐらい、家があって、山がついて800万円程度です。1000万円台はほとんどないと思います。少し頑張ってお金を貯めていれば、キャッシュで買える価格です。


もちろん、田舎はユートピアではありません。近隣にコンビニやカラオケがなく、夜になると真っ暗になる。現金収入を得るための生業のほかに、祭祀事や町内会の集まり、清掃活動など共同体を支えるための仕事を分担するなど、それなりの苦労があります。時として近所の人が生活エリアに入ってくることもあります。東京の生活に慣れた人には人間関係が濃厚すぎると感じるでしょう。

その人の人生観に応じ、東京や大阪から適切な距離をとるのがいちばんよいと思います。私の場合、その距離が所沢というトカイナカだったわけです。

若い人であれば、トカイナカではなく、完全な田舎にチャレンジしてもよいと思います。自治体が移住のための助成金を支給するところがありますし、一定期間住む条件で家を提供してくれるところもあります。

実際に移住したビジネスパーソンも少なくありません。「自給自足」を実践するとともに、スタートアップ(起業)や、近隣の企業で働くなどして生活資金を稼いでいます。思い切って新天地に飛び込むのも1つの選択肢ではないでしょうか。