深夜の繁華街のタクシーの様子。写真はイメージ(写真:KID_A/PIXTA)

3月上旬の週末、新宿2丁目〜3丁目を歩く。飲み屋が連なり夜通しにぎわいをみせていたはずの2丁目はひどく閑散としており、通りを歩く人はまばらだった。多くの飲食店が立ち並ぶ3丁目の様子をのぞいてみると、飲食店は空席が目立つ。

その後、歌舞伎町まで足を伸ばしてもこの光景に大きな変化はなかった。もはやこの町に同化した訪日外国人観光客も鳴りを潜め、うるさい客引きたちもどこか大人しく感じる。時刻は、深夜1時を過ぎた程度でまだまだ浅いにもかかわらず、東洋最大の歓楽街である歌舞伎町にいつもの活気を感じることはない。

本来であれば週末の金曜日ともなれば、この時間帯に靖国通りに出てもタクシーをつかまえるのはなかなか骨が折れるはず。頬を赤らめた多くの乗客が、時に順番を破りながらも、競い合うようにわれ先にと車を止めるからだ。そんな見慣れた光景が、今の新宿には当てはまらない。

30年のドライバー人生でこんなこと初めて

タクシードライバーにとっては最も稼げるはずの時間にもかかわらず、通りに並ぶ列も伸びない。流しのタクシーではなく、路上に停車中のタクシーを見つけるのも容易だった。白い車体の個人タクシーに乗り込むと、初老のドライバーは開口一番にこう明かした。

「お客様でやっと2人目です。30年の長いドライバー人生で、こんなことは初めてですよ」

新型コロナウイルスの感染拡大で、影響を最も受けているであろう業態。その1つはタクシー業界だろう。タクシードライバーの感染判明事例は日本各地で報告されている。利用者心理でいえば、狭い車中での感染を疑いたくなるのも致し方ないのかもしれない。一方で、不特定多数を乗せるタクシードライバー自身も感染の恐怖と戦っている。もっとも、同時進行で深刻な売上減にも直面し、生活は日々圧迫されているという。先出の新宿を拠点とするドライバーが続ける。

「去年10月の消費税増税の影響で乗客数は微減。増税の影響か、稼ぎ時である年末の利用客も例年より少なかった。そして、年が明けてからのコロナウイルスが決定打となりました。年々厳しくはなっていましたが、懐具合はしんどくなる一方です。

感覚的には少なくみても3割減、実際は4割以上利用者数は落ちていると思いますよ。都心部でこれですから、地方は一層悲惨な状況でしょう。なにせ、新宿ですらこれだけ人がいないんですから……」

この1カ月間、筆者は繁華街を中心に都内複数の場所で5度タクシーを利用した。聞こえてくるのは、「1日の収入が5000円を切る。食べていけない」「一時的な休業も検討している」「先が見えない。感染症が収まっても数カ月は同じような状況では」「大きなイベントが軒並み中止となり、東京に来る人も激減している」など暗い話ばかりだ。

銀座で拾ったタクシーのドライバーは、こんなふうに心境を漏らしていた。

「正直、普段であれば外国人や、短い距離での乗客を嫌うドライバーも少なくない。でも、今はそんな考えはぜいたくで間違っていたな、と気づかされましたよ。コロナが発覚してから、外国人観光客は壊滅的な状況。最近では当たり前のよう増えていた、外国人観光客のありがたさが身に染みた。とくに銀座は外国人の恩恵が大きかった場所でもあり、モロに影響を受けている。実際、売り上げは半分以下に落ち込みましたね」

昼間の高齢者の利用は落ちていない?

タクシー業界全体が打撃を受けているのは間違いないが、地域によりコロナの影響に差異はあるのかもしれない。神奈川県の川崎でもタクシーを利用する機会があった。時間にすれば15分程度の車中滞在だったが、ワンボックス型でバリアフリー対応車の個人タクシードライバーは、利用客の母数自体は大きく変わらない、とも話していた。

「たぶんね、コロナウイルスにいちばん敏感で、恐怖を感じているのはタクシードライバーじゃないかな、と思うんですよ。タクシードライバーの仕事って、高齢者が多いでしょ。もし感染症にかかれば、死に直結する可能性もある。もちろんコロナは怖いんですが、仕事を休むという選択肢は私にはありません。地域柄なのか、同業に聞いても深夜の売り上げは落ちているんですが、日中の乗車数自体は落ちている感覚はあまりないんです」

なぜ、乗客数の落ち込み幅が少ないのか。そう問いかけると、流しは減少しているが、配車の数は微増傾向にあるという。もちろん川崎という地域を単純に一括にすることはできないが、高齢者の利用頻度は間違いなく増えているという答えが返ってきた。

「川崎周辺は介護タクシーが意外と多いんですよ。1人暮らしの老人の方が結構いますから。そういう地域だからなのか、コロナウイルスが発覚してから、高齢の方からの配車の依頼は少し増えていると思います。日々の病院への通院、マスクや日用品の買い物など、ライフラインで利用される方が一定数いらっしゃる。

お客様と話していると、『これまではバスなどを利用していたけど、タクシーのほうがリスクは少ないから』という方もいました。厳しい状況であるのは間違いないですが、朝や日中に限れば、夜をメインにしている人よりも影響が少ない面もあるのかもしれません」

名古屋の街は異常事態

空席が目立つ新幹線に乗り、名古屋を訪れた際も印象的だった。愛知県は、北海道に次いで多くの感染者が確認されており、111名の感染者が発表されている(3月12日時点)。

名古屋駅の新幹線口を出て、タクシー乗り場をしばらく観察していたが、タクシー乗り場をスルーしていく人が目立つ。おそらく愛知県内でも乗車頻度が最も多い場所の1つであろう、この場所でも厳しい状態なのだ。

そんな状況を横目に、名古屋最王手の1つであるタクシー会社が運営する車に乗り込んだ。

名古屋生まれ、名古屋育ちという地元民であるドライバーは、「名古屋の街は異常事態ですよ」と前置きの後こう明かした。

「東京都内と北九州でタクシードライバーの感染者が出たニュースが流れたでしょう。あれから、乗る前に『運転手さんはコロナ大丈夫ですか?』と確認されることが増えましたね。こちらとしてはマスク完備に徹底した消毒と、できる限りの感染症対策はしている。お客様の中には、『お前らがウイルスをバラまいているんだろう』という難癖つけてくる人もいました。この発言には正直、傷つきましたね。

むしろ、密室で濃厚接触のリスクも高いのはこちらですよ、と本心では言いたいくらいですよ。稼ぎ時である夜の利用客が圧倒的に減り、ガソリン代などの経費をカバーするのもキツいくらい。会社や個人が工夫してもできることはほとんどなく、国や行政が何かしらの対策をしてくれないと持ちません」

名古屋最大の繁華街である、錦や栄でも同じような惨状だった。この町に飲みに来る男性客は目に見えて減少し、女性キャストやスタッフの利用も圧倒的に減ったという。栄を拠点に働くドライバーが言う。


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「夜の仕事をされている方からの売り上げは、かなり多くの割合を占めます。ただ、今は自粛、自粛でお店を一時休業したり、営業時間の短縮などで夜の錦や栄はほぼ死んでいる。最近1人、名古屋から岐阜の大垣辺りまで乗せてほしい、という仕事上がりの女性がいたんです。

料金でいうと2万円ほどの距離で、高いですけどよろしいですか?と聞くと、『電車に乗るより安全なので。買えるなら安心をお金で買いたい』というふうに話していたのが印象的でした。

体が資本だけに、過敏になっている方も多いのでしょう。女性がお金を使ってくれることで、この町の経済は活性される。女性たちの動きが限定的な現状からみるに、しばらくはこの悲惨な状況は続くでしょう」

コロナウイルスにより大打撃を受けたタクシー業界にとって、いまだ回復の糸口は見えない。そして、町の活気を示す1つの指標でもあるタクシードライバーたちの生活は、想像しうる以上に厳しい状況に立たされていることは留意すべき問題だ。

タクシードライバーの人生をより深堀り

本稿に続き、次回からはタクシードライバー1人ひとりの人生に焦点を当てたルポを定期的にお届けしたい。

コロナショックで打撃を受けるタクシー業界だが、タクシードライバーは非常に興味深い職種だ。彼らに聞けばその地方の景気の流れや、街の変化、うまい飯屋などすべてがわかるといっても大げさではないだろう。初めて訪れる地域では、タクシーは単なる移動手段としてだけではなく、心強いナビゲーターでもある。

そして、車中で交わす何気ない会話は、訪れた場所を色づけていく。目的地に着き車から降りると、そのほとんどが風化されて記憶にとどまらないであろう、ドライバーとの数十分の記録をつづっていきたい。

彼らはどんな人生を歩み、タクシードライバーという職種に行き着いたのか。老若男女から外国人まで、ドライバーたちが明かすタクシー業界の実情、おもしろ乗客とのエピソードや、移りゆく土地の変化に、人生の悲哀―。東京を中心とした日本全国から、時には海外まで、一期一会の物語を切り取り届けていく予定だ。