今、陸上長距離においてはナイキ社の厚底シューズが話題を集めています。すでに「厚底シューズ」あるいは「ヴェイパーフライ」といった名称はひとり歩きを始め、選手以上の存在感を見せています。そして、厚底部分に仕込まれたカーボンプレートが板バネの働きをして「地面を踏むチカラを板バネで推進力に変換している」のではないかという疑いが持たれ、せっかく更新された記録も、ひとくくりに「厚底シューズによるもの」とみなされ始めています。しかも、そうした視線で見られるなかで、用具メーカーはカーボンプレートの枚数を増やした新型を用意しているとも言われます。

もはや、厚底シューズで記録を更新しても、選手の成長によるものではなくシューズの効果と短絡的に決めつけられてしまうでしょう。現役陸上選手や市民ランナーがどう反論したとしても、よく事情を知らない世間はひとくくりに「厚底シューズによるもの」と思うのです。かつて現役陸上選手や市民ランナーが傍観者の立場から「レーザー・レーサーによるもの」と思ったときと同じように。

そうした現状を変えるには、認めるにせよ、禁止するにせよ、新技術の存在を踏まえた新たなルールで、「ルールのない状態」を脱する必要があるのです。すでに厚底シューズを使用している市民ランナーや、技術の進化を止めるべきではないと考える人たちは、現状の製品を現状のルールでそのまま認め、何ら規制すべきではないという意見を持っていることでしょうが、それは選手を不幸にする道です。現状の製品を認めるにしても、厚底シューズの技術をどう評価し、この先どこまでを許容するかという、厚底シューズが存在することを前提とした新ルールを設けなければ、永遠に「ルールの隙間を突いた厚底シューズによる技術ドーピング」という誹りは免れません。

レーザー・レーサーの存在を踏まえた新たなルールを設けて「高速水着(と揶揄される)時代」を終わらせた競泳界のように、陸上長距離界も「厚底シューズ(と揶揄される)時代」を終わらせるべきでしょう。それはこの技術そのものに賛成の人も反対の人も、全員が一致して取り組むべき課題です。今、この時代に能力のピークを迎える選手たちとその記録を「厚底シューズによるものという誹り」から救うためにも。

・文=フモフモ編集長