本能を刺激する無性に食べたくなるひと皿というものがある。そんな名物を提供するお店はたいてい繁華街には無く、少し行きづらい場所にあるものだ。

2019年もノーマークだったエリア、住宅街の一角に、人知れずオープンしている。しかも、利便性の悪さを物ともせず、もうすでに話題なのだとか。

特別なひと皿を提供する店にわざわざ行くのも一興だ。



「ダブルコンソメ ポール・ボキューズ風」¥2,300。バターが香ばしく香るサクサクのパイ皮をスプーンで破ると、フォアグラや黒トリュフの入った、琥珀色に輝くコンソメが現れる

フランス料理界の巨匠が遺したスープの魅力を現代に伝える
『au deco』

代官山の人気フレンチ『Äta』が登場したのは2012年のこと。それから7年。

40歳になったオーナーシェフ・掛川哲司さんが、これまで手がけた店とは趣の異なる、クラシックな料理と古酒をそろえた大人向けのレストランを、広尾駅から徒歩10分の地に開いた。



代官山『Äta』、恵比寿『GOOD LUCK CURRY』、東京ミッドタウン日比谷『Var men』、パルコ渋谷『Ata’s』など、1軒ごとに楽しく新しい切り口を提案してきた掛川さんが、不惑を機に原点回帰。料理人としての礎である「クラシックなフランス料理」に改めて向き合う。厨房に立つ姿は常に真剣ながら楽しそう


キャリアを紐解けば、箱根『オーベルジュ・オー・ミラドー』の勝又 登氏のもとで経験を積んでいる掛川さん。

フレンチのエスプリを、若い世代に伝えなくては、という使命感も抱いてのチャレンジだ。



鶏のガラと香味野菜、水を圧力鍋に入れ、弱火で3〜4時間煮る


このスープは、現代フランス料理を確立させた料理界の重鎮、ポール・ボキューズが1975年にレジオンドヌール勲章を受章した際に、当時の大統領に捧げた一品へのオマージュ。



出来上がったスープは漉して粗熱を取ってから冷やし、油脂を取り除く。これがコンソメのベース「フォン・ブラン」。それを牛スネ肉のミンチや香味野菜と卵白を混ぜ合わせたものと一緒に火にかける



かき混ぜながら徐々に温度を上げ、卵白が固まって液面に浮いてきたら、中央に穴を開けて8時間ほど煮る



スープの濁りやアクを吸着した卵白を取り除けば、ご覧の通り透き通ったコンソメの完成。スープとして提供するほか、テリーヌに入れたり、ジュレにして料理の仕上げに使ったりとフレンチに必須の要素だ


フォアグラとトリュフ入りコンソメの芳しい香りが逃げないように、パイ生地をかぶせて焼いたスタイルを踏襲し、古き良きフランス料理への憧憬が込められている。




奥行きも席間もゆったりとしたカウンターは、名陶の華やかな器やカトラリーが映える。そして、抑えめの照明が、上質かつ艷やかな雰囲気を演出している。

美食家たちをも唸らせる、究極のコンソメスープ。この温かな一品のために店を目指そう。