10月上旬にアメリカ・ラスベガスで行われた日立製作所のイベントに、東原敏昭社長(左から2人目)とミッキーマウスが登壇した

ディズニーと協力できる部分はたくさんある」

日立製作所の東原敏昭社長は10月上旬、アメリカ・ラスベガスで開催した自社のITイベント「NEXT2019」で、人気キャラクター「ミッキーマウス」と登壇し笑顔を見せた。

日立のアメリカのIT子会社である日立ヴァンタラとウォルト・ディズニーが次世代テーマパークのIT化に向けて提携した。日立が独自に開発したIoT基盤「ルマーダ」をアメリカ・フロリダのウォルトディズニーワールドリゾートやカリフォルニアのディズニーランドリゾートに提供する。

日立が目指す「社会イノベーション」

日立はアトラクションにセンサーを取り付けて温度や振動などのビッグデータを集めて、機器の作動状況を分析・確認し、適切な保守点検で稼働率向上につながるように支援する。「将来的には人の流れの最適化やセキュリティー対策なども含めて提供したい。毎年数千万人が訪れるテーマパークをひとつの街に見立ててそこに集まるゲストのハピネスに貢献していきたい」(東原社長)。そして、今後のスマートシティへの事業拡大も見据えた布石に位置づけている。

日立グループが今目指しているのがこうした「社会イノベーション」だ。社会のあらゆる産業や生活にルマーダを提供して、顧客の価値を上げていくものだ。日立はモーターからストレージ、電力機器、自動車機器、家電まで幅広いプロダクトを扱い、その保守運用から制御技術(OT)のノウハウも豊富だ。

ルマーダはそれらをつなぐ重要なプラットフォームだ。語源はデータに光を照らす(イルミネート)という造語。現場のプロダクトから得られたデータについてAI(人工知能)などを活用して解析・判断して、また現場にフィードバックする仕組みだ。

幅広い事業領域を手がけてきた日立だが、今はすべての部門が「レッツ・ルマーダ」の掛け声の下、一致団結しようとしている。製造から金融、ヘルスケア、農業、都市開発など幅広いパートナーとルマーダで組んでおり、単なる機器売りから顧客課題を解決する集団へ変革しようとしている。
 
「協創」と「デジタル」をキーワードに掲げて、ルマーダを中心にグローバルトップ企業を目指す日立。アメリカ・ラスベガスで東原社長を直撃し、その狙いや今後の方針を聞いた。

――ウォルト・ディズニーと提携すると発表しました。その狙いはどこにあるのでしょうか。

世界がもっとよくなり、ハッピーになったらいい。それがディズニーとの協創の背景だ。日立は今、(社会課題をIoTなどで改善する)社会イノベーション事業を主力にしようとしている。“ハピネス”を追求して、人々のクオリティー・オブ・ライフの向上に力を入れるためだ。笑顔がもっとあふれる社会を作るという意味で、今回のディズニーとの協創は非常にマッチしている。

これは日立が目指す社会イノベーションのグッドイグザンプル(よい例)だ。ディズニーのテーマパークに行くこと自体が楽しい。ただ、そのとき人気の乗り物があって、来園時にもし止まっていたらがっかりしますよね。これを日立のセンサーを使って故障などの予兆診断をしていく。ディズニーの運用・制御技術と日立のITを組み合わせることで、稼働率を保つことができる。

顧客の課題を一緒に解決していく

――そもそも日立が進める社会イノベーション事業とは何でしょうか?

われわれが今進めているのは顧客と協創しながら課題を解決するビジネスだ。工場であれば「品質を向上させたい」「リードタイムを短くしたい」といったように、顧客の課題を聞いてそれを一緒に解決していくというアプローチが、社会イノベーション事業である。


ITイベント「NEXT2019」でプレゼンに臨む東原敏昭社長(記者撮影)

キーワードは「協創」であり、データとデータをつなぐコネクトだ。日立はIT×OT(制御技術)×プロダクトの組み合わせを持っているからこそできる。日立の社会イノベーション事業は最初プロダクト中心に展開し、がん患者を治す粒子線治療装置を納めたり、鉄道車両を納めたりしてきた。

だが、世界をみると課題は複雑化しており、ひとつの装置やひとつの会社では解決できない。そこで日立は2016年5月10日に(IoT基盤である)「ルマーダ」をローンチし、そこから顧客との協創、コ・クリエーションを進めている。

――ルマーダは東原社長の肝煎りですが、手応えはどうですか。

思った通りに伸びている。やっと認知度が高くなってきたかなと思っている。3年前に発表した頃は「これ何ですか?」「宗教ですか?」と、アナリストからもよく言われた。それが3年経った今、やっと売り上げ1兆円を超えてきて、「ルマーダに期待」というアナリストレポートも書かれるようになっている(笑)。

今はルマーダコアが3300億円、関連のSI(システムインテグレーション)を含めると、2018年度に1兆1000億円の規模だったが、2021年度には1兆6000億円までもっていこうとしている。

アジアやアメリカなど大きな市場を攻める

――ルマーダを今後どう伸ばしていきますか?

ルマーダ上のエンジンに、標準化した共通の大きなソリューションのブロックをためていき、世界中で自由にリピートして使えるようにしていきたい。全世界に展開すると非常に効率的だし納期も短くてすむ。


イベント会場には「LUMADA(ルマーダ」の文字も(記者撮影)

ルマーダの中にはマニュファクチャリング、ビデオ、メンテナンスインサイツという3つの共通化されたソリューションのブロックがある。こうした共通の大きなソリューションを9割で構築し、カスタマイズは1割というふうにできればいい。

カスタマイズは例えば、人の顔を監視するビデオインサイツのルマーダでいうと、ある国だと顔を見せてはいけないプライバシーがあり、その場合ぼかしを入れるという具合だ。

日立は現在、モビリティ(鉄道、ビルシステム)、ライフ(家電、オートモーティブ、ヘルスケア)、インダストリー(産業・流通、水・環境)、エネルギー(原子力、エネルギー)、IT(金融、社会など)の5セクターにわけており、それぞれのフロントでルマーダを担ぐチームが一体となってやっている。アジアやアメリカなどマーケットの大きい市場からやっていきたいと思っており、夢は膨らんでいる。

――ライバルのドイツ・シーメンスはIoT基盤「マインドスフィア」を展開し、日立より導入コストが低いです。

シーメンスは工場やその周辺に特化している。日立はそこで競争するのではなく、ルマーダはそのうえにある。例えば、ある企業が複数の工場を所有し、ヨーロッパで100万個、アジアで200万個、日本で100万個造っているとしたとき、ルマーダにつなぐと、どこの市場でどれだけ売れそうか、どこで生産するとロジスティクスも含めて安いかなどを含めて全体最適がわかる。

つまり工場ごとにターゲットを絞った最適化はルマーダではあまりやっておらず、もっと全体最適を目指している。そういった意味では、シーメンスとつないでも別にいいわけですよね。

GAFAをライバルと思ったことはない

――デジタルで効率化するスマート工場化などは、ほかのIT企業なども参入しています。

日立が持っている鉄道車両やその運行管理、自動車やエレベータなど制御技術(OT)とからめたITでは他社には負けない。工場の自動化だってわれわれはできるし、それに全体最適をひっつけたらそれは負けないと思う。今度、(ロボットSI事業を手がける)アメリカのJRオートメーションテクノロジーズを買うので、ロボットの最適化もできるようになる。


東原敏昭(ひがしはら・としあき)/1955年生まれ。徳島大学工学部卒。1977年日立製作所入社。2007年常務。2008年日立パワー・ヨーロッパ社プレジデント。2010年日立プラントテクノロジー社長。2011年日立製作所常務、2013年専務、2014年社長兼COO、2016年4月から現職(記者撮影)

もっともIT系だけで処理できる分野もあり、それはほかの企業でもできるので参入障壁は高くない。そこは課題解決するために顧客と上流から一緒に解決していくパートナーシップを早く組んで他社と戦っていく。ただIT企業は実際の運用になるとITのオペレーションはわかるけど、実際の工場の泥臭いプロセスはなかなかわからないだろう。

――GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)はライバルになりますか?

日立だけですべてやれる時代ではないし、ルマーダもオープンでエコシステムみたいな形になっている。マイクロソフトのアジュールなど各クラウドとも連携しており、全部パートナーだ。起点はお客様視点なので、お客様が何を欲しがっているか、その課題を解決するためにパートナリングしながら提供していく。それを協創と言っており、そういう時代になってきている。だからGAFAをライバルと思ったことはない。