1/14写真家のダニエル・サライは作品集「Novogen」の1枚で、卵を産むニワトリたちを従業員一覧のように描きだした。「ニワトリたちをこの産業における労働者として描きたかったのです」と、サライは説明する。「大量生産の規模感を表すには、たくさんのニワトリを撮影することが重要でした」 2/14ニワトリたちが「それぞれに個性溢れる顔立ち」をしていることに、サライは気づいた。鶏舎で6日にわたって撮影するうちに、彼は最初のころに撮った何羽かを群れから識別できるようになっていた。 3/14「動物を擬人化するのは当然です」と、サライは言う。「わたしたちには動物を理解しようとする仕組みが備わっています。それは人間の本質から生じる営みなのです」 4/14ブダペスト在住のサライは、作品集「Novogen」のために撮影した7,000枚以上の写真の中から168枚を選び出した。 5/14この作品集には、ハンガリーにある飼育施設の環境と、ワクチン製造過程の写真が11枚含まれている。 6/14「NOVOgen WHITE」と名づけられたニワトリが産む卵は、殻の色と厚さがモニタリングされている。個体には電子チップが埋め込まれ、位置情報や遺伝的な性質に関連する生体データが記録されていた。 7/14「ニワトリたちは、まるで病院のような環境にとらわれていました」と、サライは言う。「そこではニワトリの生命活動は、ひとつ残らず数字に変換されていたのです」 8/14「作品集のタイトルは『Novogen』しかないと思っていました」と、サライは言う。「この企業やニワトリ、生産施設をまさに示すものだからです」 9/14この作品集をオランダで2018年に開催された写真展「BredaPhoto」に出品した。ちなみに、このときの展示テーマは「無限とそれを超えたところ」だった。 10/14ハンガリーの採卵施設に初めて取材を申し込んだときは、拒否されたという。ようやく施設に足を踏み入れたときも、サライは白い“宇宙服”と手袋を着用しなければならなかった。 11/14鶏舎で6日にわたってニワトリのポートレートを撮影したあと、サライは鶏肉を3週間食べることができなかったという。 12/14写真集のなかには、施設のマーケティング資料と管理マニュアルもサライは収めた。ニワトリの寿命を記録したグラフも掲載しているこうした資料を、わたしたちが巨大テック企業に提供している個人データにサライはなぞらえている。「わたしたちの周囲では、たくさんのデータが収集されています。自分たちの行動を企業が監視して支配することを許してしまっているのです。こうした状況を記録するうえで、写真には重要な役割があるのです」 13/14ニワトリに対する残酷な扱いは、サライの見た限りでは一切なかったという。「ニワトリの世話はとても行き届いていました。単に“あまりに”管理されていただけです」 14/14「こうしたニワトリをテクノロジーの生きた媒介役として、わたしたちは必要としています」と、サライは言う。「人間は正気の沙汰とは思えないようなものでもつくり出し、高度に発展させることがでるようになりました。でも生きた細胞についてはどうでしょう? どんなふうに管理し、扱っていくべきなのでしょうか?」

「鶏が先か、卵が先か」という慣用句がある。だが、その卵が遺伝子操作されていたとしたら、どちらが先なのだろうか──。

「製薬業界のために働く“従業員”たちの肖像:遺伝子操作されたニワトリは、こうして「クリーンな卵」を産み続ける」の写真・リンク付きの記事はこちら

人間はその飽くなき探究心によって、自分たちを取り巻く世界を意のままに操ろうとする。そんなテクノロジーと自然の危うい関係を、ブダペストを拠点に活動する写真家のダニエル・サライは、作品集「Novogen」で掘り下げている。

この作品の主題は、フランス企業のNovogenが生産している卵だ。高品質で病原体は一切なし。“極度に”管理が行き届いた環境で生産されている。

Novogenの卵を産むニワトリは、一分の隙もなく管理されていると言っていいだろう。その消化管は遺伝子操作によって“独特の進化”をとげている。理想的な体重になるまで急激に増やされ続ける餌を、ずっと食べられるようにするためだ。

ニワトリ版「ハンドメイズ・テイル」

このニワトリのプロトタイプには、1羽1羽にICチップが挿入されていた。ICチップによって測定した生体データに基づき、遺伝的に見て個体にどのような品質のポテンシャルがあるのかを推定していたのである。

そこでは卵の殻は、色味や厚さまでモニターされていた。まるでドラマ「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」のニワトリ版とでも言わざるを得ない。

こうしたニワトリたちに一切の無駄は許されず、「使用期限」まで定められている。この「NOVOgen WHITE」と名づけられた品種は、高品質の卵を産めなくなった時点で殺されてしまうのだ。大量生産を掲げる実利主義が、ダーウィンの進化論に拍車をかけていることを示すひとつの例だろう。

この状況はニワトリにとっては受難に違いないが、わたしたちには利益をもたらしている。卵は製薬会社に販売され、新たな薬剤やワクチンの開発に利用されるのだ。

“白い宇宙服”と手袋

ハンガリーにある卵の生産・販売施設でサライが見た光景を、写真は伝えている。彼は2度の申請を経て、ようやく施設への立ち入りを許可された。

さらに入室する際にも厳しい条件をクリアしなければならず、“白い宇宙服”と手袋を着用するよう命じられた。そしてニコンのデジタル一眼レフカメラ「D800」をはじめとする撮影機材は、入念に滅菌消毒されたのである。

モホリ=ナジ芸術大学の学生である彼がこの作品を手がけることにしたきっかけは、オランダで18年に開催された写真展「BredaPhoto」に出展するためだった。ちなみに、このときの展示テーマは「無限とそれを超えたところ」である。

“労働者”たるニワトリたち

撮影は2段階に分けられており、彼はまずNovogenの卵を産み出すニワトリ168羽のポートレートにとりかかることにした。そのとき思い描いたイメージは、従業員一覧のような証明写真である。

長さ100mの鶏舎に小さな台座と青い背景を用意してつくった“スタジオ”で撮影していった。「ニワトリたちをこの産業における労働者として描きたかったのです」と、サライは説明する。

ニワトリを撮影するうえで技術的に難しい点はたくさんあったが、ポーズをとらせるのは難しくなかった。驚いたことに、複数のニワトリがカメラの前に立とうとして小競り合いをすることも何度かあったほどである。サライの存在は、無菌環境に暮らすニワトリたちが初めて遭遇した人間だったからなのだろう。

こうして鶏舎で6日にわたって7,000枚以上を撮影した。それから3週間は、鶏肉を食べる気にはならなかったという。

「テクノロジーの生きた媒介役」に思うこと

ポートレートの次にサライは、施設内の様子とワクチンの製造過程を撮影した。あたかも報道記者のように施設を4〜5回訪れて、ニワトリの飼育環境をカメラに収めていった。

「ニワトリたちはまるで病院のような環境にとらわれていました」と、サライは話す。「そこではニワトリの生命活動は、ひとつ残らず数字に変換されていたのです。とても不自然で人工的な生き物になっていました」

一連の写真の最後に、サライはNovogenのマーケティング資料と管理マニュアルを添えた。どちらも作品のいい引き立て役になっている。

Novogenは聞こえのいいブランディングの言葉を並べ、卵の殻の質を理想的な状態に保つにはカルシウムの投与が必要であることを正当化しようとしている。だが、これを見た人はうんざりするだけだろう。

サライも、しばしば葛藤を感じたひとりだった。卵が抑圧された環境で生産されている現実がある一方で、Novogenのニワトリたちが人間の命を救っているのもまた事実なのだ。このふたつの側面にどう折り合いをつければいいのだろうか──。

「こうしたニワトリをテクノロジーの生きた媒介役として、わたしたちは必要としています」と、サライは言う。「人間は正気の沙汰とは思えないようなものでもつくり出し、高度に発展させることができるようになりました。でも、生きた細胞についてはどうでしょう? どんなふうに管理し、扱っていくべきなのでしょうか?」