「病気後のリハビリ」は何かと厳しいイメージもつきまとう。だがダンス運動を取り入れたリハビリをすると、より回復が早いという(写真提供:「原宿リハビリテーション病院」)

一般的なリハビリより「誰でもできる『ダンス運動』を取り入れたリハビリのほうがより効果的」――。脳卒中などで倒れた人のリハビリにダンスを導入し、効果が認められただけでなく、病気予防にも効果があがるとして海外でも注目を集めている。では普通のリハビリと何が違うのだろうか。「リハビリ特化型病院」としてはグループでアジア最大級の規模を誇る、「原宿リハビリテーション病院」の林泰史(はやしやすふみ)名誉院長に話を聞いた。

一部の脳細胞が死んでも、体の機能を取り戻せる可能性

日本では現在、約600万人が要介護認定を受けています。そのうち65歳までに認定された方の原因の半分は脳卒中です。


原宿リハビリテーション病院の林泰史名誉院長は、脳神経の回復に特化した「ニューロリハビリテーション」の有効性について語る(筆者撮影)

65歳以上になると、脳卒中に加え、認知症による要介護認定も増えていきます。高齢になると脳への血流が滞ることで脳細胞はどんどん壊れていき、記憶力の低下だけでなく最終的には認知症を招く一因になります。これは「高齢者の宿命」といえるでしょう。

こうした脳の疾患によって一部の脳細胞が死ぬことで、体の機能が働かなくなるケースがあるのはご存じだと思います。例えば、脳梗塞によって手足が動かせなくなったり、話せなくなったりすると、日常生活に大きな支障を来します。

私が勤務する原宿リハビリテーション病院はグループの病院を含めると、「リハビリ特化型病院」としてアジア最大級であり、こうした病を抱えた患者さんは大勢当院にいらっしゃいますが、重要なことは「リハビリ次第では失われた機能が回復する可能性は十分にある」ということです。

それには、脳の血流を増やすことで脳細胞を活性化させることが最も大切です。このような、脳神経の回復に特化したリハビリを「ニューロリハビリテーション」と言います。たとえ会話を司る脳の細胞が死んでいても、ニューロリハビリテーションで断線していた神経ネットワークが新たに構築され、別の役割を担っていた部分が失われた機能を代行すれば、再び話せるようになったケースがあるのです。

ここで、リハビリに関する複数の実験の結果をご紹介しましょう。私たちの病院では、通常のリハビリ訓練だけを行った50名と、通常のリハビリ訓練に加え、簡単なダンス運動を9回行った67名を比較しました。

すると、ダンスを加えた67名は、日常動作を自分でこなす能力の回復度と立ち歩きする速さに「大きな改善」が見られました。またリハビリにおいては「いかに転びにくくなるか」が大きな課題ですが、このことにおいても「確実な改善」という結果が得られました。後者に関しては今後も継続的な調査が必要ですが、ダンスに体の機能を取り戻す一定の効果があったといっていいでしょう。

また、これとは別に脳卒中の患者さんにも実験をしています。2週間通常のリハビリ訓練を行ってもらったところ、腕に力が入らず、腕が上がらないままの「だらーんとした状態」は改善しませんでした。そこで、音楽でリズムをとる簡単なダンスをしてもらったところ、腕が90度まで上がるようになった例もあります。

「2つのことを同時に行う」と前頭葉が活性化する

実は、脳卒中の患者さんのリハビリにダンスやリズム音楽での訓練を取り入れた海外の事例では、訓練後、以前に比べて転びにくくなるだけでなく、身体機能改善、移動能力改善の兆候も見られ、脳卒中回復の効果が持続したと報告されています。

では「ダンスの種類は?」と言えば、ジャズ、タンゴ、バレエとそれぞれ異なり、実施時間や期間もまちまちですが、この事例からわかることは、1回の実施時間や実施期間が長く、頻度が高ければ高いほど、顕著な効果が現れているということです。つまり、音に合わせて体を動かした人ほど、体の機能を取り戻しているのです。

このように、リハビリ医療の現場にダンスを導入し、成果を上げた例はこれから増えていくと思われます。現在、原宿リハビリテーション病院を中心に行っているダンスは、動画のように指先を細かく動かす「巧緻(こうち)運動」をしながら、全身でリズムを刻むのが特徴です。

親指どうし、人差し指どうしをつける「くるくる1週間」 。巧緻(こうち)運動をしながら全身でリズムを刻むと、肩や腕の動きが良くなり脳への血流もアップする

2つ以上の動作を同時に行うことを「デュアルタスク」と言いますが、単にダンスをするだけでなく、指先の運動を加えることで、「脳の司令塔」とも呼ばれる前頭葉を活性化させる効果があり、認知症予防にいいとされています。

最後に、脳を活性化させるダンスを効果的に行う際のポイントについてお話ししましょう。

動かしたいところを意識して、繰り返し動かす

まずは、立つことで全身に血流が行きやすくなるため、できるだけ立って行ってください。立ってできない場合は、座って行っていただいて結構です。このダンスは座った状態でもできるのが特長の1つだからです。その際はできるだけ、音楽を流してリズムに合わせたり声を出しながら行うのをお勧めします。ただ座って動くだけよりも、効果が実感しやすいでしょう。

それと、漫然と行うのではなく、「身体のどの場所を動かしたいのか」を意識して行うこと、そして繰り返すことが大切です。そうすることで、だんだんと眠っていた細胞が目覚め、神経の働きが回復してくるからです。


また、ダンスをしていないときも、日ごろから手、舌、唇をよく動かすようにしましょう。脳には手、舌、唇からの刺激を受け取ったり、操ったりする細胞が多いことがわかっています。こうした動きによる多くの刺激が脳の血流を増やし、活性化につながるのです。

リハビリは、自分でできることの能力を高めるためにあるものです。体はうまく動かせば動かすほど、機能を取り戻していきます。そして、決して諦めずに、こうした「効く」ダンスを取り入れながら楽しく行うことが、なによりも効果的なのです。

実はこれは脳の疾患に苦しんでいる方々だけでなく、今は元気で体に問題がない人でも、体力の向上や脳の活性化につながるので、日ごろの運動不足解消にもぜひ取り入れていただきたいと思います。今からこうした運動を行うことで、転倒や骨折、脳の病気の予防にきっとつながることでしょう。