by carlosalvarenga

1929年に始まった世界恐慌は、株価の大暴落を発端にして深刻な不況が発生し、銀行の倒産や高い失業率などが世界中の人々を苦しめました。そんな世界恐慌をはじめとする歴史的事例から得られる5つの教訓について、経済コラムニストのモーガン・ハウスル氏がまとめています。

Five Lessons from History · Collaborative Fund

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世界恐慌の始まりは1929年10月24日、株式市場の大暴落が発端でした。確かにこれは大きなイベントであったものの、当時のアメリカ人で株式を保有していたのは全体のわずか2.5%に過ぎなかったとハウスル氏は指摘。直接株式市場の暴落によって手持ちの株式が紙くずとなった人、あるいは金銭的ダメージを受けた人はそれほど多くなかったそうです。確かに株式市場の暴落は人々に不安を与えたものの、世界恐慌が実際に人々の生活を脅かし始めたのは、大暴落から2年ほど経過したころだったとのこと。

1929年には500の銀行が倒産しましたが、1931年には実に2300もの銀行が破綻。銀行の倒産によって預金を失った人々は苦境に追い込まれ、できるだけ支出を切り詰めて困難を乗り切ろうとしますが、これによって経済が行き詰まってさらに多くの銀行が破綻するという、負のスパイラルに突入したとハウスル氏は述べています。

この一連の流れから、「世界恐慌から得られる教訓とは、銀行の破綻を防ぐことだ」と考える人もいるかもしれません。しかし、当時と現代ではさまざまな市場の状況や法律が違い、一般の人々は銀行を潰さないための直接的な行動ができないため、この教訓はそれほど意味がないとのこと。ハウスル氏は「歴史から得る教訓は、内容が具体的になるほど現代と関連性が低くなります」と述べ、過去の歴史から得るべき教訓は人間の行動についての根本的な、そして自分自身にもあてはまるような教訓だと主張。世界恐慌をはじめとする歴史的な事例から得られる、5つの教訓を挙げています。



by geralt

◆1:予期せぬ困難に苦しむ人々は以前と大きく考えを転換させる

ハウスル氏によると世界恐慌について興味深いのは経済の崩壊だけでなく、人々の考えが世界恐慌以前と以後で大きく変化した点も注目に値するとのこと。世界恐慌前の1928年には圧倒的な票差でハーバート・フーヴァー大統領が当選しましたが、世界恐慌後の1932年にはフランクリン・ルーズベルト大統領に大差を付けられて落選。大統領令で市民による金貨・金塊の保有を禁じたほか、積極的に経済へ介入して公共事業を増やすといった政策が行われました。

アメリカのように国民の考えが困難によって大きく変化した例として、ハウスル氏は第一次世界大戦後のドイツを挙げています。ドイツは第一次世界大戦の膨大な賠償金を抱え、ハイパーインフレなどに苦しめられていました。そんな中で民主的な投票によって政権を握ったのがアドルフ・ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)です。ユダヤ人への大規模な残虐行為に関わったナチスですが、当時のドイツ国民はインフレに苦しめられていた中で、確かにナチスの政策によって生活が立て直されたと証言しています。

これは極端な例であるとハウスル氏は認めつつも、強いストレスにさらされた人々が通常時には考えられなかった選択を受け入れるという事実は、歴史的に見ても正しいと主張。世界恐慌のような大不況は株価などの経済的影響だけでなく、人々の思考にも強く影響するという点を教訓として心にとどめておく必要があると述べました。



by lukasbieri

◆2:平均への回帰は「成長させる力」の持ち主が「維持する力」を持たないことによって起きる

平均への回帰は歴史的に見て最も一般的な物語だとハウスル氏は指摘。経済や国、企業、個人のキャリアなど、至るところにかつて突き抜けた勢力を誇ったものが、やがてその力を失うという現象が見られます。

これは特に帝国主義の国々に強く見られるそうで、「国を拡大することによって勢力を強めよう」という思想のもとで拡大政策を続けた国々は、ほどほどのところで「もうこれ以上成長しなくてもいいのでは」と思考を転換することができません。また、投資の世界でも大きな賭けに打って出て利益を得た投資家は、「これ以上はリスクを取らずに地方債などで安定した投資を行おう」と、現状を維持する方向に転換することが難しいとのこと。世界長者番付のランキング上位は10年間で60%が入れ替わっているそうで、一度は大きく突き抜けた人物がその状態を維持することは非常に困難だそうです。

ハウスル氏によると、これは「大きく成長するスキル」と「現状を維持するスキル」が別物である点によるそうで、長年にわたってアメリカ有数の大富豪であり続けるウォーレン・バフェット氏のような人物は一握りの例外だとのこと。大きな成功をおさめること自体が人々を自信過剰にしてしまい、「ひょっとすると失敗するかもしれないのでリスクヘッジを慎重に行おう」といった行動を忘れがちだとハウスル氏は主張しています。



by nattanan23

◆3:持続不可能な出来事も意外と長く続く

ベトナム戦争の時、ホー・チ・ミンは「敵は私たちを10人を殺すだろうが、私たちは敵を1人しか殺せない。だが最初に疲弊するのは敵だ」と述べています。単純に計算すればホー・チ・ミンの北ベトナム軍はどんどんと勢力を削がれてしまい、戦争の持続が不可能に見えますが、実際の状況はスプレッドシートの計算ほど単純ではありません。ハウスル氏は、「物事が持続不可能であるとわかっていても、それが実際にいつ停止するかはわからないものです」と指摘します。

たとえばアメリカでは、2003年の時点ですでに「住宅価格があまりにも高すぎる。これはサブプライムローンのような低金利ローンを燃料にして価格が上昇しているのであり、価格の上昇傾向は持続不可能だ」と指摘されていました。しかし、それにも関わらずその後4年にわたってアメリカの住宅価格は上昇を続け、やがてサブプライム住宅ローン危機が発生し、リーマン・ショックへとつながります。

この現象にはサブプライムローンにまつわる「利益を欲する思考」と「人々を説得するストーリー」が関連しているとのこと。サブプライムローンを生み出した銀行、投資家、セールスマンらは、「現実的に考えてこの住宅価格上昇は長く続かない」と感じつつも、利益を追求したいがためにビジネスの手を緩めることができませんでした。

そして住宅転売による利益を得たい一般の人々は、「ジム氏は30万ドル(約3300万円)で中古住宅を購入し、価格が上昇したタイミングで転売して多額の利益を得ている」といった都合のいい物語を信じ込み、「住宅価格は収入の中央値から見て高くなりすぎており、やがて下落する」という統計的事実を信じなかったそうです。こうした人々の心理が、破綻することが目に見えていた状況へ、経済を突き動かしたとハウスル氏は述べました。



by darksouls1

◆4:進歩に人々が気づくのは遅いが失敗は一気に広がる

ライト兄弟が世界初の有人動力飛行に成功したのは1903年のことでしたが、世間は長らくこの事実を認めないばかりか、そもそも人を乗せた飛行機が空を飛んだという事実すら知れ渡っていなかったとのこと。飛行機の発明は間違いなく20世紀に行われた偉大な発明のトップ5に入るものですが、この画期的な発明はおよそ4年にわたって発明に懐疑的な新聞社や記者たちの前で実演を繰り返し、ようやく世間に認められていったそうです。

また、飛行機の発明が認められた後でも世間は飛行機の有用性に懐疑的であり、1909年にはワシントン・ポストが「商用の貨物航空機は実用化されないだろう」との見解を示しましたが、実際にはその5カ月後に初めての商用貨物航空機が飛行しました。さらに、ライト兄弟の飛行機について初めて広く言及されたのは、トーマス・セルフリッジという人物が世界で初めて飛行機事故で死亡した時だったともハウスル氏は指摘。ライト兄弟の例と同様に、企業が着々と成長していった軌跡は人々の注目を集めにくいのに対し、企業の倒産は一気に世間をにぎわせるトピックとなります。

他にも、ゆっくりと医学が進歩したことで大幅に心臓病やガンで死亡する確率が下がっていることや、市場が着々と成長している点はそれほど大きな話題になりません。一方で医療的なミスや市場の減衰は大きな話題になりやすく、ハウスル氏は「物事が成長するには長い時間がかかるものだが、物事を喪失するのは一瞬です」としています。



by stevepb

◆5:傷は治癒しても傷跡は残る

第2次世界大戦では多くの人々が東部戦線で亡くなり、1945年までに4000個を超える村が壊滅しましたが、ソ連は1960年までに負ったダメージを回復したとのこと。今でも戦場となった土地の地面を掘り返せば骨や弾丸が見つかることがありますが、ソ連の総人口は戦後10年足らずで戦前の水準を超えました。敗戦国の中でも日本は目覚ましい復興を遂げ、1946年には国民1人当たり1000kcalの食料しか生産できなかったものの、1960年には世界でも有数の経済成長速度を誇る国となりました。

しかし、第2次世界大戦を経験したグループとそうでないグループを、13カ国に住む2万人もの人々で比較した研究では、第2次世界大戦を経験したグループはそうでないグループより糖尿病である確率が3%高く、うつ病を患う可能性が6%高かったとのこと。また、結婚する可能性が低く生活の満足度も低かったことがわかっています。つまり、戦争の傷跡がなくなったように見えても、戦争時代を経験した人々の中にその傷跡が残っているとハウスル氏は指摘。

大規模な不況についてもこれと同様に考える事ができます。不況はやがて落ち着き経済はいずれ回復すると期待できますが、不況を経験した人々は「いつかまた大不況が発生するかもしれない」と心のどこかに危機感を抱き、より保守的な考えを持ちやすいとのこと。建物や経済を復興することはできても、人々の精神までイベント以前のように修復することは難しいと、ハウスル氏は述べました。



by geralt