モスクワ地下鉄の新型車両。写真撮影が解禁された(筆者撮影)

日本をはじめ、世界の大都市には地下鉄が運行されている。しかし、地下鉄自体が観光資源になっている都市は少ないだろう。その数少ない例外の1つがモスクワの地下鉄である。モスクワ地下鉄の取り組みから私たちが参考にできる点はあるだろうか。

大都市モスクワを支える

モスクワ地下鉄の開業は1935年。モスクワ市地下鉄公社によって運営されており、人口約1200万人のモスクワ市を支える重要な公共交通機関だ。2019年現在、路線数は15に及び、1日の輸送人員数は800万人を超える。東京メトロの1日輸送人員数が平均約740万人(2017年度)であることから、モスクワ地下鉄の利用者数は東京の地下鉄とほぼ同レベルといえる。

特徴として挙げられるのが、街の形態に合わせて環状線が2路線も存在することだ。このうち、外側を走る14号線は「モスクワ中央環状線」という名称を持ち、地上線を走る。その他の大半の路線は都心を突き抜けるように郊外と郊外を結んでいる。現在は11号線の延伸などが計画されている。

モスクワ地下鉄は単なる公共交通機関ではなく、モスクワを代表する観光資源でもある。それが、プラットホームで見られる豪華な装飾だ。例えば、シベリア鉄道の終着駅、ヤロスラヴリ駅の近くにあるコムソモーリスカヤ駅。5号線ホームにある天井のモザイク画にはソビエト連邦の創設者であるレーニンが描かれており、ソビエト連邦の栄光を現在に伝える。また、3号線革命広場駅のホームには数々の彫刻が置かれ、まるで美術館を訪れたような錯覚に陥る。

もともと、モスクワ地下鉄の豪華な装飾はソビエト連邦の国力を示すショーウインドーとしての役割を果たしてきた。


5号線コムソモーリスカヤ駅の装飾は美術館のようだ(筆者撮影)

特に1930年代から1950年代にかけてソ連を率いたスターリンの時代に豪華な駅がつくられたという。建築スタイルも時代によって変わり、スターリンの死後はシンプルなつくりになった。

現在はホームの壁画に抽象的なデザインを施した駅も登場している。なお、資料によると各駅のデザインは時代順に「アールデコ」「ソビエト的ネオクラシック」「社会主義リアリズム」「スターリン様式」「モダニズム」「ポストモダン」「ネオモダニズム」に区分されている。


写真撮影を勧めるステッカー(筆者撮影)

従来の「ロシアの地下鉄は写真撮影厳禁」というお堅いイメージも一新した。ソ連時代から近年まで原則としてロシアの地下鉄構内は写真撮影が禁じられていたが、現在は写真撮影が許されるばかりか、駅構内にはおすすめの撮影スポットを示すステッカーが貼られている。

地下鉄構内における「撮影解禁」の動きは他の旧ソ連諸国にも波及しており、2018年6月にはウズベキスタンのタシケント地下鉄が写真撮影を解禁した。また、民間会社によるモスクワ地下鉄ツアーも開催。筆者も90分間のツアーに参加したが、英語によるガイドの説明はわかりやすく、モスクワ地下鉄を観光資源として活用する意気込みを感じた。日本の地下鉄も「おすすめ撮影スポット」を積極的に紹介したら観光客に喜ばれるはずだ。

観光資源として生かすならメンテナンスも重要だ。モスクワ地下鉄では5月初旬の長期休暇前に構内の大掃除を実施している。大掃除は夜間に行われ、プラットホームだけでなく装飾に付着したホコリも丁寧に拭き取る。このようなメンテナンスのおかげで、いつ訪れても地下鉄構内の装飾は光り輝いている。

駅構内でミニコンサート

ソ連時代を通じてロシアは文化の国として知られる。ロシアの街中を歩いていると、ストリートミュージシャンに出くわすことが多い。総じて演奏者のレベルは高く、音楽を聴くために立ち止まる人も少なくない。休日になると人だかりができるくらいだ。

実はモスクワ地下鉄の構内でもミュージシャンによるミニコンサートが行われている。時々、駅構内を歩くと単独もしくは数人からなるグループでミュージシャンが演奏している。ジャンルは現代音楽からクラシックまで実にさまざま。クラシック音楽のミニコンサートでは多くの人が集まり、後列だと演奏者の姿が見えないほど。気のせいか街中にいるストリートミュージシャンよりもレベルが高いように感じた。

モスクワ地下鉄は構内における音楽活動にも力を入れている。先ほど紹介したミニコンサートも開催できる場所は事前に指定されており、指定場所には丸型のステッカーが貼られていた。もちろん、ミニコンサートの観客が通行人の邪魔にならないように配慮されている。


駅構内で行われているミニコンサート(筆者撮影)

実は地下鉄構内で演奏するにはオーディションに合格しなければいけない。2018年11月9日付のモスクワタイムズによると、地下鉄のミニコンサートはモスクワ地下鉄が行うプロジェクト「地下鉄の音楽」の一環とのこと。昨年3月にオーディションが行われ約200組のミュージシャンが選出された。主に演奏は旅行のオフシーズンに開催されている。日本の地下鉄ではまず見られない光景だけに、文化大国ロシアを見せつけられた1コマだった。

日本の地下鉄はハードよりソフトでは?

国内でも大阪市高速電気軌道(大阪メトロ)では、駅のデザインや装飾に関して、市民からさまざまな意見が出るようになった。

2018年7月には2018〜2024年度内に御堂筋線と中央線の計15駅をリニューアルする計画が発表された。リニューアルのコンセプトは駅ごとに決められており、心斎橋駅は「テキスタイル」、新大阪駅は「近未来の大阪」をコンセプトにリニューアルする。大阪市民の間ではリニューアル案に関してさまざまな論争が起き、反対署名を集める署名サイトまで出現した。賛否両論はあるが、少なくとも大阪メトロのリニューアル案並びに地下鉄に対する関心は高いようだ。

そこで、大阪メトロの地下鉄駅をめぐるツアーを開催してはどうだろうか。御堂筋線の心斎橋駅にあるシャンデリア風の照明など、魅力的な駅は少なくない。ツアーを開催することで、大阪の魅力を再発見でき、モスクワ地下鉄のように地下鉄そのものを観光資源として生かす動きも出てくるのではないか。

また、大阪は東京とは異なる独自の文化を育み、現在でも多くの観光客を魅了している。モスクワ地下鉄でのミニコンサートではないが、地下鉄構内で上方文化をリアルに感じられる場もあっていい。興味深いイベントも開催されるようになったが、ハード面でだけでなくソフト面におけるさらなる遊び心を見たいものだ。