ゴーンが表舞台に姿を現すことはないのか(撮影:今 祥雄、デザイン:杉山 未記)

「フランスのルノー支配から脱するために西川さんに期待している社員は多い」「西川さんもカルロス・ゴーンの側近として不正を知らなかったはずがない。その責任は大きい」

11月19日、日産自動車のカルロス・ゴーン会長(当時)が東京地検特捜部に金融商品取引法違反容疑で逮捕された。その3日後、日産の取締役会はゴーンから会長職と代表権を剥奪したが、日産社内では冒頭のように、西川(さいかわ)廣人社長兼CEO(最高経営責任者)への賛否両論が渦巻いている。

12月10日発売の『週刊東洋経済』は、「日産 危機の全貌」を特集している。前代未聞のゴーンの電撃逮捕・解任劇から、3社アライアンスの行方、日産経営陣の内情まで危機の全貌を追っている。

稀代のカリスマを追放して経営の実権を引き継いだ西川氏にとって、当面はルノーとの関係見直しが最大の経営課題になる。だが、ゴーンの不正を許した自身の責任を含めて、西川氏が正念場に立たされているのも事実だ。

見えぬ西川氏の経営ビジョン

ゴーンは1999年にルノーから派遣されて以降、CEOや会長など日産トップの役職を長年兼務。2017年4月にCEO職を西川氏に譲って経営の第一線からは距離を置き、自身は仏ルノー、日産、三菱自動車との3社連合の運営に軸足を移していた。


とはいえ、「CEOになってからも、西川さんの経営ビジョンのようなものを示されたことはない」(本社勤務の現役社員)という声があがるように、ゴーンが実権を掌握し続けていたのが実態だった。

西川氏のキャリアを見ると、自動車製造に必要な部品や資材、設備などを調達する購買部門が長い。かつては「役員の9割超が東京大学出身」(日産OB)というほど東大出身者が幅を利かせていた中で、東大出身の西川氏は辻義文元社長の秘書を務めるなどエリートコースを歩んだ。

1990年代後半、経営危機に陥った日産を立て直すため、ゴーンは再建策「日産リバイバルプラン(NRP)」を策定した。その中で最重要視されたのはコスト削減だ。購買部門にいた西川社長は、部品メーカーへのコスト低減要求を強めるなどして大きな実績を上げ、社内での地位を高めていった。購買企画部長、ルノーとの共同購買組織幹部を経て、2005年には購買担当の副社長にまで上り詰めた。

しかし、出世街道を歩む西川氏にとって、目の上のたんこぶだったのが同年生まれ(入社年次では志賀氏が1年上)の志賀俊之氏(現日産取締役、INCJ会長)だ。志賀氏はルノーとの提携直後からアライアンス推進室長として、協業の深化を担う中枢に身を置いて実績を積んだ。

その後、2000年に常務執行役員(西川氏は03年に常務)、2005年にCOO(最高執行責任者)に抜擢され、常に西川氏の一歩先にいた。志賀氏が業績不振でCOOを事実上更迭された後、2015年に西川氏が副会長に就任したことで、役職ではやっと肩を並べた。


笑顔を絶やさない志賀氏に対して、西川氏は「堅物」「笑わない」と評されるなど性格は対照的。「2人が犬猿の仲なのは、社内では公然の秘密」(日産関係者)と言われている。そうした事情もあり、ゴーン追放後に西川氏が率いる新たな体制で、志賀氏がどう処遇されるのかにも注目が集まる。


志賀氏(写真左)のほうが早く出世したことに西川氏の心境は複雑だったかもしれない(写真は2005年、撮影:尾形 文繁)

西川氏は部品メーカーとの厳しい価格交渉を長年担ってきただけに、ネゴシエーター(交渉人)として社内で一定の評価がある。実際、2015年にフランス政府がルノーを通じて日産へ経営介入を図ろうとした際には、西川氏は日産COOとして交渉に参加。不当な経営干渉があった場合には日産はルノーの合意なしにルノー株を買い増せるという、日産にとって有利な条件を引き出した。

その実績をゴーン社長(当時)に買われて、後継の座を射止めたとも言われる。それだけに、ルノーとの関係見直しという最重要局面でその真価が問われることになる。

責任問題に今後発展の可能性も

ただ、ゴーンを追放し、名実ともに日産のトップに立った西川氏には今後、難題が山積している。まずは責任問題だ。ゴーン逮捕直後の11月19日深夜に開いた緊急記者会見では、西川氏は「猛省している」とする一方で、自身の経営責任にはほとんど言及しなかった。


11月19日の緊急記者会見でゴーン逮捕について説明した日産の西川社長(撮影:尾形文繁)

会社側の説明では、内部通報を端緒に社内調査を進めた結果、不正が判明したとしている。しかし、「あれだけ多額のおカネが動いているのに、経営トップの1人としてゴーンの不正をまったく知らなかったというのはあり得ない」(日産幹部OB)という声は根強い。

金融商品取引法違反の有価証券報告書虚偽記載には、法人の刑事責任を問う両罰規定があり、日産が法人として立件される可能性もある。また、不正を見逃して会社に損害を与えたとして株主などから民事訴訟を起こされるリスクもある。その場合、トップである西川氏の責任問題に発展することは免れない。

西川新体制はルノーとの関係を対等にすることを目指し、資本関係の見直し交渉などを今後本格化させるとみられる。一方で、関係を見直したところで激動の自動車業界を勝ち抜けられる保証はない。むしろルノーとの交渉が泥沼化し関係が悪化すれば、協業が停滞して業績に悪影響を及ぼすリスクさえある。

カリスマ追放という大舞台を取り仕切った西川氏は社内外に向けて、「ポスト・ゴーン」の日産の舵取りの方向性を明確に示す必要に迫られている。(一部敬称略)

『週刊東洋経済』12月10日号(12月15日発売)の特集は「日産 危機の全貌」です。