「社長は組織の一番下にいる」 英國屋社長のリーダー論/LEADERS online
老舗の価値は「変わらないこと」にある
大学卒業後、IT会社に就職した小林さんは「英國屋に入社する気はまったく無かったんです」と語る。「それなのになぜ、25歳で戻る決断をしたのですか?」と問うタケに対して小林さんはこう答えた。
「ある方から、お前の25年の人生は誰のおかげで生かされてきたんだ?と問い詰められたのがきっかけでした。もしもそのことを考えずに、会社を継がないなんて言っているなら、僕との縁は無くなったと思ってくれ。そう言われたんです」
その結果…。
「英國屋の社員がコツコツとがんばって稼いできてくれたお金で、私はずっと生かされてきたんだという事実に気づきました」
それが、英國屋に戻る理由だった。
「ある意味とてもネガティブな理由ですよね...」と小林さんは苦笑いした。
そんな風に始まった英國屋での仕事だが、なんと「入社一日目に、辞めてやろうと思いましたね」と笑う。驚いたタケがその理由を尋ねた。
「IT会社ではあなたの価値はあなたが考えることにあるとずっと言われていたのに、英國屋に入ってみたら『お前は考えるな!』と言われたんです。俺たちの言うことを聞いていればいいんだよ、と。それまで大事にしていたことが完全に否定されて、イヤになってしまったんです」
その気持ちのズレとの折り合いはどうつけていったのだろう。そして今はどう考えているのか。
「今から考えると、先輩たちの言っていたことの本質は間違っていなかった」
そう言えるのは、その後の試行錯誤の中で大切なことに気づいたからだ。
「これまで続けてきたことをすぐに大きく変えてしまって良い結果が出ることはほとんどない。銀座英國屋の先輩社員たちが長い歴史の中で価値ある商品とサービスをずっと提供し続けてきたことを理解もしないで新しいことを始めるというのでは意味がないんです」
銀座には老舗の店や企業がたくさんあるが、今も価値ある存在として残っているのは「変わらない」ことを大切にし続けているからだ。
「もちろん、全く変わっていないということではありません。徐々に、徐々に、変わってはいる。でも、いきなり180度転換しようとして成功したケースは、少なくとも私は一つも知りません」
「組織の中で、社長は一番下にいる」
20代で英國屋に入社し、実力も実績もある先輩社員たちに囲まれて「厳しかった」という小林さんは、「今も、ある意味とても厳しいですよ」と笑う。それはいったいどのような厳しさなのか?
「とにかくすごい社員たちがいっぱいいるんです」
例えば、顧客から電話一本で注文を受けることのできる社員のことだ。
「オーダースーツの注文を電話の会話だけでまとめられるというのは、よほどの信頼関係がないとできないことです」と、小林さんは驚きを隠さない。その人がどういう仕事をしていて、スーツにどういうステイタスやブランドを求めているのか、どのようなイメージを抱いているのか。
「それらをすべて理解した上ではじめて、こういうスーツで行きましょうという提案ができる。そして、お客様は『じゃあそれでお願いするね』とおっしゃって下さる。それだけの信頼関係を構築するまでにはどれほどの長きにわたる努力があったのだろうと感動するわけです」
一日でできることではない。それらはすべて先輩社員たちが積み重ねてきた日々の賜物なのだ。
「ありがたいな、と素直に思います」という小林さんは、こう続けた。
「社長というのは本来はトップダウンの経営を目指すものかもしれませんが、私の場合は、イメージ的には組織の中の一番下にいるんです。一番下で、お客様と直接接することの多い現場にいる社内のスペシャリストたちが働きやすい環境や仕組みを整えたり、サポートしたりすることが役割だと思っています」