トヨタ「エスティマ」。発売12年のモデルがいまだに月販1000台レベルで売れている(写真:トヨタグローバルニュースルーム)

トヨタ自動車エスティマ」。ミニバンのスペシャリティーカーである。現行3代目は、2006年にフルモデルチェンジして以来、今年で12年目の長いモデルライフを生き抜いている。

エスティマ長寿の秘訣はどこにある?

現行エスティマは、一昨年の2016年6月にマイナーチェンジ(一部改良)を施し、車両の前側を中心に外観デザインに手が入れられ、また最新安全装備を搭載したが、そもそもの基本的な中身は12年前とそう変わらない。


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それでも現行エスティマは2017年度(2017年4月〜2018年3月)に1万2020台を売り、自販連の乗用車ブランド通称名別新車販売ランキングは43位。ミニバンの人気が箱型に偏り、SUV(スポーツ多目的車)がブームとなるなかで健闘しているといえる。この長寿の秘訣はどこにあるのか。その歴史とともに検証してみよう。

初代エスティマは、1990年に生まれた。その車体寸法は、全長が4.7メートルを超え、全幅は1.8メートルに達し、1995年の「グランビア」や2002年の初代「アルファード」に近い大きさであった。ワンモーションといえる丸みを帯びたふくよかな姿は、よけい大柄に見せた。

それまで、3列シートで多人数乗車のできる乗用車といえばワンボックスカーであり、トヨタの「ハイエース」や日産自動車「キャラバン」が主流であった。ホンダ「オデッセイ」が1994年に登場する前の時代である。そうした時代に、ワンボックスとは様相を異にする外観で、なおかつ全体が卵のような丸みで包まれたエスティマの存在感は異彩を放った。未来から現れたような、これまで見たことのない先進感覚にあふれた姿であったと言える。

運転席に座ると、ダッシュボードが大胆に湾曲した造形で、どことなく航空機か宇宙船のコクピットに座ったような新感覚があった。従来のワンボックスカーと同様のキャブオーバーという車体構造で、運転席の下にエンジンを搭載するが、そのエンジンは75度も横へ傾けて背を低くすることにより、前席と2列目以降の座席との間に出っ張りのない広々とした室内を実現してみせた。前輪駆動でエンジンを客室の前に搭載する今のミニバンでは当たり前の光景だが、それまでのワンボックスカーとはまったく違う空間を生み出していた。

トヨタが仕掛けた大胆な挑戦

トヨタは一般的に保守的な自動車メーカーと思われがちだが、時に初代エスティマのように大胆な商品価値を打ち出す挑戦をする。エスティマだけのためにエンジンを横に傾けるなど、採算を考えたらまずやらない取り組みだ。たとえほかでも使うエンジンを基本としていたとしても、それを横に寝かせることで冷却からオイル潤滑、エンジン搭載方法まで変わってしまう。それでいて、冷却に怠りなく、潤滑に切れ目なく、騒音・振動を少なく搭載し、故障させず品質保証するためには、かなりの資源の投入が必要だったはずだ。

そこまでの挑戦を実行したことで、室内を広く取り、それまでのワンボックスカーとは比べものにならない室内の静粛性を初代エスティマは実現した。


エスティマ ハイブリッド AERAS PREMIUM-G (E-Four・7人乗り)インテリア(写真:トヨタグローバルニュースルーム)

初代エスティマは消費者の関心を大いに集めたが、道路幅の狭い日本ではこれだけの車体寸法のクルマを多くの人が買えるわけではない。そこで2年後から追加されたのが、5ナンバー枠に入るエスティマ「エミーナ/ルシーダ」であった。初代エスティマの雰囲気を残しながら5ナンバー枠としたが、デザインの縦横比が変わり、調和が崩れ、エスティマ本来の先進的未来感のある独創的な存在感は後退した。それでも待ちかねていた消費者によって販売台数は伸びた。

9年の長寿を全うしたが、改めて当時を振り返ると、初代エスティマの人気はなお続いていたと思う。しかし、衝突安全基準が時代とともに厳しさを増すなか、独創の造形とそれを実現した構造では新たな基準を満たすことが難しくなり、フルモデルチェンジせざるをえなかったと記憶している。

2000年に登場した2代目エスティマは、エンジンを客室の前に搭載し、前輪駆動とするミニバンの基本形態で現れた。外観は初代の印象を崩さない上手なまとまり方をしていた。車体寸法は若干小さくなり、5ナンバー枠だったエミーナ/ルシーダはなくなった。5ナンバーミニバンとしては、翌2001年に「ノア」(前身は商用車タウンエースの乗用車版タウンエースノア)が生まれている。


2代目「エスティマ」は前輪駆動で登場した(写真:トヨタグローバルニュースルーム)

2代目のエスティマは、V6エンジンと直列4気筒エンジンに加え、1年遅れでハイブリッド車を追加した。「プリウス」とは異なる方式のエスティマ専用ハイブリッドシステムを搭載するという資源の掛け方であった。いわゆる機械的な通常の変速機を持たない(遊星歯車による動力分割機構)プリウスと異なり、エスティマのハイブリッドはCVTを備えていた(THS‐C)。また4輪駆動とし、後輪は専用のモーターのみで駆動した(E‐Fourと呼んだ)。

トヨタ内で重要な位置づけにあったエスティマ

この時期、トヨタはハイブリッド車の車種構成を、方式を含めて模索しており、「クラウン」には36Vバッテリーを活用したマイルドハイブリッド(THS‐M)を2001年に採用していた。そうした試行錯誤のなかに2代目エスティマのハイブリッドもあったのである。のちにプリウス方式と同じに収束されていくが、試行錯誤の車種に選ばれた点においてもエスティマはトヨタ内で重要な位置づけにあったことがうかがえる。

同じ時期、日産には「プレサージュ」があり、ホンダにはミニバンブームを牽引する「オデッセイ」があったが、いずれも燃費への対応は驚くほど鈍かった。車体が大柄で燃費の悪化傾向となるミニバンにハイブリッドを加え、燃費向上を模索したトヨタは、環境問題に関心を持つ消費者に一目置かれたに違いない。

日産プレサージュは2代目までで2009年に生産を終えている。ホンダ・オデッセイは2003〜2013年の3〜4代目で車高を低くしたステーションワゴン風にし、走りの良いミニバンを訴えかけた。だが、はじめこそ人気を得たものの、ミニバンをあえて選ぶ理由を失わせた。そして2013年からの現行5代目で車高を本来の高さに戻した。

運転の楽しさがクルマの魅力の1つであることは間違いない。しかしミニバンがなぜ存在するのかという本質的な価値、同時にまた、時代の変化のなかで燃費に象徴される環境適合性を消費者が意識する時代に、日産もホンダもあまりにメーカー側の都合だけでミニバンをいじりすぎたのではないか。

エスティマは、愚直にミニバンの本質的な魅力を磨き上げていった。エスティマを中核として、5ナンバー枠のノア/ヴォクシー、上級のアルファード/ヴェルファイアという駒をトヨタはそろえ、それぞれのクラスでミニバンを魅力ある乗用車に仕立てていったのである。

ミニバンの魅力とは何か。

基本は、3列シートによる多人数乗車である。室内は広く、床は平らで、それらによって室内での座席移動も可能にする。なおかつ広い室内のためには天井の高さが必要で、エスティマは背の高いミニバンの基本形を変えることはなかった。

そのうえで重心をできるだけ低くする設計を行い、サスペンションを改良し、操縦安定性を向上させる開発は代ごとに継続された。ノア/ヴォクシーも、アルファード/ヴェルファイアも、もちろんエスティマも、運転感覚は代を重ねるたびにつねに向上していった。

日常生活の便利さだけでなく、遠出にも潤いを与える

燃費についても、エスティマはハイブリッドを継承し、トヨタのミニバンを選ぶ理由の1つに置いた。そのハイブリッド車には、1500W(ワット)の電力を供給できる100V(ボルト)のコンセントを車室内に設け、出先で電気を利用できるようにした。たとえばドライブ先で湯を沸かし、温かいコーヒーを飲む。たったそれだけのことでも気分を切り返させ、会話を弾ませ、遠出を楽しませるだろう。あるいは、明かりを採れることでキャンプなど屋外での夜間の作業をしやすくする。

買い物や送り迎えといった日常生活の便利さだけでなく、休暇での遠出に潤いを与えるのがミニバンである。偏った志向ではなく、普遍的なミニバンのうれしさを追求し続けてきたのがエスティマであり、またトヨタのミニバンであるといえるだろう。

ミニバンブームは終わり、いまやSUVが人気だとする選択と集中によってメーカーの都合による商品構成とするのではなく、永年愛用してきた顧客や消費者の気持ちを切り捨てない姿勢に、トヨタのミニバンに対する信頼が膨らんでいるはずだ。


エスティマ AERAS PREMIUM (2WD) ウェルキャブ サイドリフトアップシート車(脱着タイプ)"手動式"(写真:トヨタグローバルニュースルーム)

さらに、エスティマには福祉車両もある。障害は一人ひとり状況が異なるため、なかなか最適な福祉車両を準備するのは難しい。それでも、多人数乗車のミニバンであれば、大勢で出掛けるなかに障害がある人や高齢者がいることも容易に想定できる。ミニバンブームが終わったからSUVだとする発想はいかにも一元的で、健常者だけの使い勝手しか考えが及んでいないのではないかと思うと悲しい。

トヨタは、日本車のなかでも数多くの車種に福祉車両を用意するメーカーである。乗車に適した車いすまで開発している。福祉車両の製造は容易でないが、より多くの人がクルマのあることで快適に暮らせる社会を目指し、トヨタが取り組む福祉車両や高齢者向け施策への配慮があるからこそ、安易に車種を切り捨てることをしないのだろう。

とはいえ、人気が下降傾向のミニバンを新開発するのは難しいかもしれない。なおかつ日本の自動車市場は縮小傾向にもある。そこでマイナーチェンジを繰り返しながら魅力を保持して存続させるところに、エスティマに唯一無二の存在感が生まれているのではないか。

愛用者を切り捨てないトヨタの良心が、現行エスティマの12年に及ぶ長寿をもたらしている。そしてそれを待つ顧客がいる。