狂言誘拐疑惑で全米からバッシングされたアーロン(左)とデニース(写真:フジテレビ提供)

2018年3月。アメリカ・カリフォルニア州での裁判結果が地元紙の1面を飾った。「バレーホ市は250万ドル(約3億円)の損害賠償金を原告に支払うこと」。

バレーホ市から多額の賠償金を勝ち取ったのは、デニース・ハスキンズ(32)とアーロン・クイン(33)。3年前、全米から疑惑の目を向けられた狂言誘拐騒動、リアル版『ゴーン・ガール』の“主人公”だ。

判決から2週間、フジテレビ「目撃!超逆転スクープ 世紀の誘拐事件&奇跡の生還SP」取材班は、日本のメディアとして初めて2人のインタビュー取材に成功した。警察の思い込みによる発表に流され、冤罪に拍車をかけたメディアと民衆。前代未聞の冤罪被害者となってしまった2人に何が起きたのか。

身代金はたったの180万円…奇妙な誘拐事件発生

バレーホ市警に通報があったのは、2013年3月23日、午後1時55分。警察が駆けつけたのは市内に住むアーロン・クインの自宅。彼が語り始めたのは、かなり奇妙な「誘拐事件」の経緯だった。

事件が起きたのは11時間前の午前3時頃。7カ月前から同棲中の恋人・デニースと就寝中に、ボディスーツを着込んだ男が押し入り、デニースを連れ去った。スタンガンと拳銃で脅され、結束バンドで手足を拘束。黒いガムテープで目隠しされた水中ゴーグルをつけられ、ヘッドホンで事前に録音されたメッセージを聞かされた。そして液体を飲まされたアーロンは意識を失ったという。

「恋人が誘拐された」と訴えるアーロンだが、その話を聞けば聞くほど警察は彼への疑念を深めていく。まるでサスペンス映画のような手の込んだ犯行の一方で、アーロンの傍らには自身の携帯電話が残されていた。なぜ事件発生から通報まで11時間もかかったのか。1万5000ドル(約180万円)という身代金は誘拐事件としては安すぎる。犯人はご丁寧に結束バンドを切断するためのハサミを渡していた。アーロンは当日の朝、2人が勤務先の病院を休むと電話をしている……。

捜査官たちは当初から「アーロンがデニースを殺害して死体を遺棄した狂言誘拐」と見ていた。

警察での事情聴取は、実際は「容疑者の取り調べ」だった。オレンジ色の囚人服を着せられたアーロンは、ろくに食事や水を与えられることなく自由を奪われた。18時間の尋問を受け、うそ発見器にもかけられた。捜査官は「我々はデニースの遺体を探している。お前は冷血なモンスターだ」とののしったという。

デニース誘拐の翌日、サンフランシスコ最大の新聞社で事件取材を担当するリー記者のもとに1通のメールが届く。差出人のアドレスは、アーロン・クイン。そのメールには「明日、彼女を解放する」というメッセージと共に39秒の音声ファイルが添付されていた。


幸せなカップルの人生は一変……恋人殺しの疑いまで。フジテレビ「目撃!超逆転スクープ 世紀の誘拐事件&奇跡の生還SP」は5月5日(土)21時から放送です(写真:フジテレビ提供)

「私の名前はデニース・ハスキンズです。私は誘拐されていますが元気です。きょうアルプスで飛行機事故があり、158人が亡くなりました」。当日のニュースを語るデニースの音声。デニースが生きている証だった。

しかし、突然誘拐された被害者にしては落ち着きはらったデニースの声に、リー記者は、強い違和感を覚えたという。

その後も「犯人」は新聞社と警察に「自分が真犯人だ」と証明するべくデニース誘拐時に使った“凶器”など複数の証拠写真を添えてメールを送りつけた。

しかし、警察の見立ては何も変わることはなかった。警察は、アーロンが時間設定機能を使いメールを送信したと見ていた。

デニース解放と警察が発表した「狂言誘拐」

このメールが届いた翌朝、誘拐事件発生から54時間後に事態は急展開する。誘拐されたデニースが姿を現したのだ。そこは連れ去られた自宅から650kmも遠く離れた場所。デニースの実家だった。

無事に保護されたデニースは意外な証言を繰り返す。「ケガはなく病院へは行かない」「犯人の顔は見ていない」。身代金は支払っていないのに解放されたデニース。何かを隠しているような態度にFBIは不審を抱く。

そしてFBIが用意した移送用の飛行機にデニースは現れなかった。被害者であるデニースが、なぜか失踪したのだ。

その夜、バレーホ市警はメディアを集め緊急会見を開く。「これからは2人を事件の被害者、目撃者として扱いません。2人の主張は証明できない。これが捜査の結論です。24時間態勢で行った捜査が無駄なものだったと想像してください。途方もない損失です」。バレーホ市警の広報官は怒りをあらわにして、この事件はデニースとアーロンの自作自演による「狂言誘拐」と断定した。

被害者と見られていた美男美女が「狂言誘拐」の犯人だった。警察の会見を受けてメディアの報道は一気に加熱する。大騒動へと拍車をかけたのは、FBI捜査官が口にした当時の大ヒット映画『ゴーン・ガール』との類似点だった。

妻が誘拐事件を自作自演し、夫に殺人の嫌疑がかかるというストーリーが、この話題のミステリー映画とそっくりだったことからリアル版『ゴーン・ガール』としてニュースが世界を駆け巡る。テレビの人気司会者、ナンシー・グレースも疑惑の2人による狂言誘拐を特集、メディアはデニースとアーロンを激しく非難し、ツイッターには「狂言誘拐」のハッシュタグが作られ、ネット上は2人への誹謗・中傷で埋め尽くされることになる。

厳しい世間の目にさらされ、外出もままならず、2人は半ばクビ同然で勤めていた病院を追われた。事件の現場となった自宅も売却することになり、2人は実家に身をよせ、引きこもりのような日々を送る。職を失い身分を証明するものもなく、預金もクレジットカードも警察に差し押さえられた。2人はこれまで築いてきたすべてのものを失ってしまった。

真犯人の逮捕 無実が証明されるも…

事件発生から2カ月が過ぎたある日、バレーホ市警がデニースとアーロンの追及を続ける中、バレーホ市から70kmほど離れたアラメダ郡で、ある男が逮捕された。

男は、6月5日深夜に住宅に押し入り、若い女性を連れ去ろうとするが、凶器による脅しに屈しなかった父親の予想外の抵抗にあい現場から逃走。その際、携帯電話を置き忘れるミスを犯したのだ。この携帯電話の所有者を辿り、1人の男が容疑者として浮上。6月8日に家宅捜索に踏み切り、男を逮捕した。

深夜、ボディスーツを着込み住宅に押し入る。スタンガンと拳銃を突きつけて若い女性を連れ去ろうとする。

「アーロンが証言するデニース誘拐」と重なる犯行手口。それに気づいたのは、男を逮捕したカンポス保安官の妻だった。夫が担当する事件の話を聞くうちに「2カ月前にメディアを騒がせたリアル版『ゴーン・ガール』の証言内容とそっくりだ」と指摘したのだ。

そして、男の部屋からは、目隠しされたゴーグル、水鉄砲とペンライトで作った偽の凶器など、デニース誘拐犯を名乗る男から新聞社に送られてきた“証拠写真”とまったく同じ物証が続々と見つかった。

カンポス保安官は、すぐにバレーホ市警に連絡。男の家で見つかった証拠品を見せると、バレーホ市警は「なんてこった」と衝撃を受けていたという。警察に狂言誘拐と断定されたデニースとアーロンの無実が証明された。

デニース誘拐の真犯人はマシュー・マラー(当時38歳)。高校卒業後、海兵隊に入隊。ここでIT技術を身につけ、全米屈指の大学・ポモナカレッジに進学、ハーバード法科大学院を卒業し、ハーバード大では教壇に立っていた。その後、弁護士となり全米法曹協会では「IT技術に優れた弁護士」として表彰されている。マラーにとってはデニース誘拐事件で、メール発信者の痕跡を消すなどお手の物だった。

マシューは、好みの女性を見つけては、インターネットやSNSで徹底的に調べ上げ、住宅に押し入る犯行を繰り返していたとFBIは見ている。

実は事件発生直後に、警察の不信を買ったデニースとアーロンの行動の裏側には、すべてはマシューの脅しがあった。マシューは、デニースとアーロンの個人情報だけでなく、家族の氏名や住所まで調べ上げ「自分のことを警察に話せば家族を傷つける」と脅していたのだ。

その後、誘拐罪で禁錮40年の刑を科された天才知能犯マシュー・マラーは、現在、アリゾナ州の連邦刑務所で刑に服している。

人生を壊された相手と長い戦いの末…

真犯人の逮捕後、デニースとアーロンは、バレーホ市と市警の広報官、捜査官を相手取り、名誉毀損や精神的苦痛に対する損害賠償を求める民事裁判を起こした。そして今年3月、裁判所はバレーホ市に対し、250万ドルの支払いを命じた。


日本のメディアのインタビューに初めて応じたデニースとアーロン。フジテレビ「目撃!超逆転スクープ 世紀の誘拐事件&奇跡の生還SP」は5月5日(土)21時から放送です(写真:フジテレビ提供)

事件解決から3年、完全なる無実の証明を果たした2人は、世間のバッシングを受けた心の傷を癒やすカウンセリングを受け続けながら、誇りだった理学療法士の仕事にも戻ることができた。

全米中が“敵”になる悪夢を乗り越えたデニースとアーロンは、今年9月に結婚式を挙げることを予定している。