言葉につまってしまったり、どうしても言葉が出てこないときは筆談で(筆者撮影)

独特なこだわりを持っていたりコミュニケーションに問題があったりするASD(自閉スペクトラム症/アスペルガー症候群)、多動で落ち着きのないADHD(注意欠陥・多動性障害)、知的な遅れがないのに読み書きや計算が困難なLD(学習障害)、これらを発達障害と呼ぶ。
今までは単なる「ちょっと変わった人」と思われてきた発達障害だが、前頭葉からの指令がうまくいかない、脳の特性であることが少しずつ認知され始めた。子どもの頃に親が気づいて病院を受診させるケースもあるが、最近では大人になって発達障害であることに気づく人も多い。
そんな発達障害の当事者を追うこのルポ、第11回はASDと重度の吃音症のある湯川満さん(仮名・27歳・公務員)。実は、厚生労働省・文部科学省両省が、吃音症も発達障害の一つに位置づけていることを、今回湯川さんの取材をすることになり初めて知った。吃音症は言葉につまってしまったり、スムーズに発話ができなかったり、言葉そのものを発せられなかったりする症状だ。
湯川さんは東北地方に住んでいるが、吃音症の治療で定期的に首都圏の病院に通院している。今回は通院で上京した日、診察後に時間をもらって話をうかがうことにした。

「天然」と言われたことも

取材まであと数時間というとき、突然湯川さんから「残念なお知らせがあります」とTwitterのDMが1通届いた。まさか、何らかの理由で取材を受けられなくなったのでは……と不安に思ったところ、2通目が「当初はADHDとお伝えしていましたが、心理テストの結果、ASDと診断されました」という文面だった。とりあえず、取材を続行できることに安堵した。


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湯川さんは吃音症でスムーズに話せないとのことで、事前にびっしりと書いていただいたヒアリングシートをもらっていた。そのヒアリングシートを基に、どうしても言葉が出てこないときは筆談を交えての取材となった。

小学生の頃はとにかく忘れ物と不注意が多い子どもだった。消化器系の持病があったため、給食ではなく弁当を持参していたのだが、週に1度は弁当箱を学校に忘れ、夜の学校に取りに行っていた。宿題もやったのに持っていくのを忘れるパターンが多かった。勉強もケアレスミスや計算ミスが多く、今の仕事でも単純な事務処理でミスをすることが多い。

「子どもの頃は『変わっている』と言われることが多かったです。集団で遊ぶよりも1人で遊んだり行動したりすることが好きで、『天然』と言われることもありました。自分では変わっているという意識はなかったのですが、そう言われることは特に気にしてはいません」(湯川さん)

これらのエピソードからはASDだけでなくADHDの傾向が強いように思われるが、診断する医師によって見解が違う場合もある。もしかするとADHDとASDを併発している可能性もありそうだ。

高校生活は地獄 いじめを乗り越えて国立大学に進学

湯川さんがADHD、もしくはASDの症状が顕著に表れるようになったのは高校(進学校)のときだった。衝動性と不注意で勉強に集中できない。また、地方には予備校が少ないため、進学校では朝から晩までみっちりと学校側が受験の指導を行う。

筆者も地方の進学校だったため、高校の頃は朝7時半から夜19時頃まで学校で大学受験対策の課外授業。土日も模試で一日中学校に閉じ込められ、学校に行かない日は月に1回あるかないかくらいだった。湯川さんもそのような状態で受験勉強に励み、拘束時間が長いことが苦痛で仕方なかった。

またこの頃、クラスメートから「気持ち悪い」など言われて陰湿ないじめを受け、学校が地獄だった。しかし、母子家庭でもあり、母親を悲しませたくないと我慢して通った。「今思うと、定時制の高校に行って高校生活を楽しみたかった」と、湯川さん。

「自動車の開発や研究に携わりたかったので、大学は国立大学の工学部に進学しました。経済的余裕がなかったので、授業料免除の制度を利用し、半免を受けていたこともあります。母子家庭でも大学に通えたので、大学側には今でも感謝しています。しかし就職に関しては、自分の健康問題や震災が起こった影響もあり、行政の道に進むことにしました」(湯川さん)

現在は公務員として役所に勤務している湯川さん。業務の上でいちばん困るのが電話だ。何しろ、吃音症でなかなか言葉が出てこない。

「電話相手から『大丈夫ですか!?』と心配されたり、ひどいときは『何と言っているのかわからない。ほかの人に代わってください』と言われます。電話が終わった後は背中にびっしょり汗をかいていたり、息切れを起こしていることもあります。仕事にならないので、電話に関しては人事部に配慮してもらって、できるだけほかの人に出てもらうように職場内で協力してもらっていますが、協力してくれない人もいます。

プライベートで電話をかける必要がある際は、イタズラ電話と勘違いされることもあります。先日は、どうしても某ネットバンキングに連絡を取らなければならない用事があって憂鬱になっていたのですが、チャットサービスがあり大変助かりました」(湯川さん)

ADHDの傾向のある症状に関しては、基本的に落ち着きがない。仕事中、どうしても衝動的に動きたくなったら、慌ててトイレに駆け込んでいったん気持ちを落ち着かせてからデスクに戻るようにしている。

電話以外でも、吃音症により日常生活全般で困っている。たとえば、飲食店でまともに注文ができないので、メニューを指差して注文することが多い。実際、インタビューを行ったカフェでも、湯川さんはメニューを指差してドリンクを注文していた。

一時期、マクドナルドがレジ前のメニュー表を外したことがあったが、その時期はマクドナルドから足が遠のいてしまったという。また、どうしても声を出さなければならない際はスマホに文字を打って見せたり、郵便局には筆談用の小さなホワイトボードがあるので、それを活用したりしている。

吃音症は幼少期から青年期にかけて発症するパターンが多いが、まれに大人になってから発症することもあるそうだ。湯川さんは後者のタイプで、社会人3年目のときに発症した。吃音症はまだ原因や治療法が明らかになっていない部分が多く、最近になって厚労省が本格的に調査し始めたところだ。

「声が出にくいなと感じたのが発症に気づいたきっかけです。当時の仕事が完全にオーバースペックだったので、かなりストレスを感じて鬱になってしまい、精神科に通院し始めた頃です。それまでは登山やスキーといったアウトドアが好きだったのですが、休みの日は引きこもるようになりました。そして、声が出にくいことを意識し始めたら本当に声が出てこなくなりました」(湯川さん)

吃音症により友人も失った。同期で仲良くしていた友人が数人いたが、その中の一人が湯川さんの吃音症をバカにしてきたのだ。それ以来彼らとは絶縁している。

「私はネット上で吃音症当事者とつながり、何度か当事者の会にも参加しました。そこでは、吃音が原因となって学校でいじめを受けたり、中退したり、この空前の売り手市場の中の就職活動で1社も受からなかったりと、さんざんな目に遭っている人がいることを知りました。吃音は発達障害の一つと国が位置づけていて、精神障害者保健福祉手帳を取得できる障害です。当事者の苦しみを知っているからこそ、吃音を笑うという行為がどうしても許せませんでした」(湯川さん)

仕事の内容次第では驚異的な能力を発揮することも

吃音症についてはまだまだ世間の認知度は低い。しかし、ADHDやASDについての認知度は上がってきている。それでも、発達障害に関し偏見や誤った知識も飛び交っている。そんな状況を湯川さんはこう語る。

「偏見は仕方がないと思います。発達障害がメディアに取り上げられることも増え、知名度は上がりましたが、知らない人もまだ多いはずです。より多くの人に知っていただき、理解がある人を増やしていけたらと思います。否定的な人たちには、たまたまあなたの子どもが『正常』なだけで、もし自分自身や親しい人が発達障害だったらどう思いますか?と聞いてみたいですね」(湯川さん)

「これは余談になりますが」と湯川さんは続ける。時折、発達障害当事者で芸術やIT、科学などで驚異的な能力を発揮する人がいる。スティーブ・ジョブズ氏やトーマス・エジソンなども発達障害であったと言われている。

実は湯川さんは、全人口のうち上位2%しかいない高IQ(知能指数)を持つ人の団体、JAPAN MENSAの会員だ。IQは知能検査の結果の表示法のうちの1つで、湯川さんのIQはなんと130台後半。一般的に東大生のIQの平均が120と言われているので、彼はかなりの高IQ、いわゆる天才ということになる。


湯川さんはJAPAN MENSAの会員だ(筆者撮影)

「Facebook上でJAPAN MENSAの会員と接していると、ここの方々は、(可能性も含め)発達障害のある率が、世間より多いように感じます。これは私見の域を出ませんが、会社などで無能と思われている人でも、別の仕事をさせたり、仕事場を変えたりすることにより、信じられないような能力を発揮する場合があるのではないかと考えています。米シリコンバレーでは、発達障害者を積極的に採用している世界的なIT企業が少なからずあることが、その可能性を裏付けるものとなっていますね。

そのため、日本企業の人事部局には、グレーゾーンの人も含め、発達障害で能力が発揮できていない方の積極的な配置転換を検討してほしいと思います。実際のところ、私の場合も教室でぎゅうぎゅう詰めになって挑んだ大学受験では、望みどおりの結果にはなりませんでしたが、自由に勉強できた公務員試験に関しては、全国模試で1ケタ順位を複数回とりましたし、本番も筆記に限ってはほぼ全勝でした。高校生活がもっと自由で気楽なものだったら、今見ている景色は違ったのかもしれません」(湯川さん)

自由にしゃべれないのがいちばんきつい

高IQの湯川さんでも今の日本の社会は生きづらい。吃音症にASD、もしくはADHDの症状が加わるとさらにつらい。

「自由にしゃべれないのがいちばんきついので、普通の生活をするのがしんどいです。今の事務仕事が向いていないので、仕事を辞めて自分のペースで生きていくか向いている職業に就きたいのですが、現実は厳しいですね。本音を言うと、たまに死にたくなることもあります」(湯川さん)

湯川さんは吃音症の生きづらさを軽減させられるよう、社会への啓発や当事者同士だからこそわかり合える、悩みを共有し合える場の提供を行っている団体に、積極的に協力したいと考えている。「仕事柄、行政の内部事情はある程度わかっていますので、行政の橋渡しという点では幾分お役に立てるのではないか」と、湯川さん。今年7月には広島で、吃音症の世界的なシンポジウムが開催されるので、それにも参加する予定だ。

この日、東北の自宅から深夜バスで首都圏まで来ていた湯川さん。てっきり新幹線を使っていると思っていたので驚いて「長時間のバス移動ってきつくないですか!?」と聞くと、ニコッと笑いながら「ケチなので」と紙にサラッと書いてくれた。

ASD×ADHDの傾向×吃音症という三重苦を抱える湯川さんの「普通の生活をするのがしんどい」という言葉が、いつまでも頭に残っている。これまでこの連載ではASDやADHD、そしてそれらが原因に起こる鬱や自律神経失調症などの二次障害を多く取り上げてきたが、吃音症も発達障害の一つであると、もっと認知されればと思う。