製薬大手のエーザイは米メルクと抗がん剤「レンビマ」の開発・販売で提携する(写真:エーザイ

最大で6100億円!――3月8日、製薬大手のエーザイがビッグサプライズを発表した。米製薬大手メルクと戦略提携し、自社創製の抗がん剤「レンビマ」を共同で開発・販売促進を行う。エーザイは、開発や販売で両社が決めた条件(マイルストン)が満たされれば、最大で合計約6100億円を得られる。兆円単位の買収が日常茶飯事の製薬業界でも、日本の製薬メーカーがメガファーマと提携し、巨額のカネを手にするのは珍しい。

提携一時金320億円の計上で、当初横ばいを見込んでいた2017年度の純利益予想は前期比40%増の550億円と、152億円引き上げた。発表当日のエーザイの株価は一気に10%もハネ上がり、翌日以降も株価の上昇が続く。株式市場はひとまず提携をポジティブに評価したといえる。

メルクの開発・販売力に期待

提携の第1の柱は、レンビマの共同開発だ。メルクの主力抗がん剤「キイトルーダ」を併用投与した臨床試験(治験)を両社で進める。現在は腎細胞がんのほかに6種類のがん・11の適応で併用治験が進んでいるが、まだ手掛けていない複数のがん種に対しても早期に治験を開始する。適応症の種類を広げ、薬としての競争力を高める。

第2の柱は、レンビマの共同販促だ。メルクは、医師に対し薬の効能や安全性など専門的な情報の提供に当たるMR(医薬情報担当者)を多数抱え、世界中に強力な営業基盤を持つ。そのメルクが、エーザイの手薄な地域・分野でも医師や患者などへの情報提供に走り回る。メルクの営業力を味方につけ、エーザイはレンビマの市場アクセス拡大を狙う。

全世界でのレンビマの売り上げは製造元のエーザイが計上し、単剤療法も含めてレンビマの研究開発費や共同販促にかかる販管費などの費用や利益は両社折半となる。

提携効果は大きい。「単独で開発・販売した場合と比べ3倍の売り上げが見込める」とエーザイの内藤晴夫社長は会見で自信を示した。レンビマの年間売上高は2016年度に215億円だった。これを、2026年に予定される特許切れ直前に、5000億円を目指す。先述した販売マイルストンなども含めた営業利益も年約2000億円のピークに到達するというのが会社の胸算用だ。その3分の2がメルクとの提携からもたらされるというのだ。


ただ、これは両社が共同で進めるレンビマの開発・販促などがすべてシナリオどおりにいったという条件付きだ。特に不確定要素が強いのは提携による想定収入の過半を占める販売マイルストンだ。あらかじめ両社が合意した一定の期間内に、レンビマが一定の販売額に到達した場合にのみ支払われるため、未達なら巨額のカネは絵に描いた餅になる。

しかし、国内大手とはいえグローバルでは売り上げランキング20位にも入らないエーザイが、レンビマの世界での拡販を単独で成し遂げるのは至難の業であることもまた事実である。その点、メガファーマの一角・メルクの力を借りれば、この目標に近づくのは確かだ。エーザイは妙手を打ったということかもしれない。

オプジーボと熾烈な戦いを繰り広げるメルク

メルクがこの提携に大枚をはたく理由は何か。それは、がん治療薬市場が製品開発や販売の両面で、医薬品の世界での主戦場になっているからだ。ここを制さなければメガファーマとて地位は安泰とはいえない。メルクはこの市場では主力薬のキイトルーダを擁し、小野薬品工業などの先発薬「オプジーボ」と、目下最先端のがん治療薬分野「免疫チェックポイント阻害薬」のトップの座をめぐり、つばぜり合いを演じている。
 
エーザイのレンビマとメルクのキイトルーダはがん細胞縮減のメカニズムが異なる。この2つの薬を併用した治験では、先頃、腎細胞がんや子宮内膜がんでそれぞれの単剤治療を大きく凌駕する効果が確認された。腎細胞がんにおける併用療法は、今年1月FDA(米国食品医薬品局)から画期的治療法に認定され、早期承認が期待される。

現在治験中の非小細胞肺がん、肝細胞がんなど7種類のがんをはじめ、近々治験開始を狙うほかの複数のがんにおいても、「血液がんはともかく固形がんなら併用療法で高い成果が期待できる」とエーザイでがん研究のリード役を担う大和隆志執行役は自信をのぞかせる。

ライバルとの競争上、メルクにとってもレンビマとキイトルーダの併用はキラーコンテンツになりうる。自社の強力な営業基盤をフルに動かし、全世界に関係を築く医師やそれを通じて患者に両剤併用のメリットを訴求すれば、レンビマだけでなく、キイトルーダの販売も拡大できる。

裏返せば、他社にエーザイとの提携を許せば、大きなリスクになるということだ。「競争が激しいから、優良な資産を先に囲い込もうということだ」UBS証券の関篤史アナリストはメルクの狙いをそう読む。メルクは、2017年7月にも英アストラゼネカとそのがん治療薬「リムパーザ」などに関する9000億円級の共同開発・商業化の戦略的提携を結んだばかり。狙いは今回と同じく、有力ながん治療薬を先に自陣に入れ競争優位を確保することだ。

エーザイにはメルクとの提携を急いだ別の事情がある。同社ががん治療薬と並びもう1つの柱と狙うアルツハイマー病(AD)治療薬の開発促進、もっと露骨に言えば、その開発資金の捻出だ。

昨年12月、エーザイは米バイオジェンと連名で、両社が共同開発するAD治療薬「BAN2401」(開発品コード)の臨床試験の進捗を発表した。米国での臨床試験の第2段階では、12カ月時点での解析結果が主要項目で成功基準に達しなかった。両社は18カ月時点の最終解析まで治験を継続する方針を表明したが、エーザイの株価は急落。現在先頭を走るエーザイ連合のAD治療薬の開発に対し、市場にくすぶる懐疑心が再び頭をもたげた。 


エーザイの内藤晴夫社長は、米メルク社との提携を機に、抗がん剤のみならず、アルツハイマー病治療薬の開発も加速させたい考えだ(写真:アフロ)

エーザイとバイオジェンは「アデュカヌマブ」(一般名)というAD治療薬も共同開発しており、こちらは臨床試験の最終段階にある。ただ、BAN2401と基本的に同じ仮説をベースに開発しているため、こちらの成否にも疑念が伝播している。市場の疑念の背景には、米ジョンソン・エンド・ジョンソン、米イーライリリー・アンド・カンパニー、2017年にはメルクも臨床試験の最終段階で製品化を挫折するなど「失敗が積み重なった」AD治療薬の開発難渋の歴史がある。

約3200億円まで売り上げを伸ばし、抗認知症薬で世界を席巻したエーザイ。がんと並び世界中で増加し、多くのアルツハイマー患者が待ち望むAD治療薬は、エーザイとしても社運を懸けても成功させたい薬だ。

二兎を追うことができるか

抗がん剤とAD治療薬の開発が重なれば、エーザイの研究開発費がさらに膨張することは必至だ。すでにエーザイの売上高研究開発費比率は20%を超え、日本の製薬大手の中でも高い水準だ。

だが、今回のメルクとの提携では、研究開発費や販促費などレンビマにかかる費用を折半できる。また提携に伴う一時金など2020年度までに前倒しの収入も見込める。会見で、内藤社長は「AD治療薬の研究開発への投資資金も今回の提携で十分得られた」と断言し、提携で得られた資金をAD治療薬開発にも回す考えだ。

レンビマという抗がん剤分野の“虎の子”を差し出し、その将来利益の半分をくれてやっても、がんとアルツハイマーの二兎を追うためにはやむなし。これが今回の提携に隠されたエーザイの本音。エーザイの将来を託した提携がどうなるか、グローバル競争に臨む日本の製薬大手他社にとっても目が離せそうにない。