なぜサンテレビは、そこまでしてタイガース中継をするのか(写真:gootaro / PIXTA)

全国の地上波放送局の中で、中継回数トップに輝いた兵庫県神戸市のサンテレビは、兵庫県、大阪府の全域と近隣の6府県の一部など、阪神タイガースファンの本拠地の1719万人、749万世帯をカバーする独立局だ。

本拠地甲子園球場で開催されるホームゲームだけでなく、ビジターゲームも追いかけ、阪神タイガース戦の生中継回数は毎年60回以上。2017年シーズンの中継回数はクライマックスシリーズ1試合を含め合計65回。まさにテレビ界のデイリースポーツといえる。

スコアブックが書ける中継

サンテレビの看板番組であるタイガース戦中継番組「サンテレビボックス席」最大のセールスポイントは、試合開始から終了まで、一球たりとも逃さず放送する完全生中継。ヒーローインタビューや監督談話、タイガースの勝利後に応援団が行う、いわゆる「2次会」風景も含め、文字どおり最初から最後まで中継する。


サンテレビの中継席の様子、2013年の試合で(写真:サンテレビ)

CMは60秒もしくは90秒と短く設定し、CMから中継に切り代わったらすでに次の回が始まっていたということがないよう配慮、「スコアブックが書ける中継」を自負する。その短いCMも7回表終了後は入れない。今や甲子園の風物詩となっている、ラッキーセブンのジェット風船飛ばしを放送するためだ。

歴代の解説者は大半がタイガースOBで、ゲストもプロの解説者。芸能人を呼ぶことはない。データも少なめにし、余計なことはしない。野球をよく知るタイガースファンのための放送に徹している。

何時に終わるかわからない完全生中継に、番組スポンサーの理解は欠かせない。スポンサーは番組単位に付くので、ゲームが長引いて不利益を被るのは後ろの番組のスポンサー。場合によっては番組そのものが飛ぶこともあるが、「サンテレビボックス席」の後ろの時間帯とはそういうものであることを、スポンサー側も理解しているのだろう。

中継時間過去最長は1992年9月11日のヤクルトとの首位攻防戦。9回裏の八木裕選手の本塁打の判定をめぐる抗議で37分中断したうえ、延長15回まで戦って引き分けた。番組が終了したのは日付が変わった午前0時41分。放送時間は6時間41分と、放送界史上最長となり、この記録はいまだに破られていない。

完全生中継は1969年の開局当時からの方針で、「中継は9時前で終わるものと思っていたので、とても新鮮に感じた」と、当時はまだ小学校6年生だった浮田信明プロデューサーは振り返る。

キー局系列の中継が終わったあとを引き継ぐ「リレー中継」もサンテレビならでは。

水曜と日曜のテレビ中継優先契約をタイガース球団から獲得している朝日放送からの依頼で、朝日放送の中継終了後、試合終了までを引き継ぐ「ABCリレー中継」を開始したのは1985年。タイガースが21年ぶりにリーグ優勝、球団史上初の日本一になった年である。

2017年シーズンは合計10試合をリレー中継した。キー局系列下にある朝日放送は番組編成上の制約があり、ゲームが終わっていなくても放送時間を延長できないことが多い。が、ファンは当然最後まで見たい。そのニーズを酌んだのがリレー中継で、系列でもなく、資本関係もないテレビ局同士がこうした形で連携している事例はほかにない。実際、朝日放送以外の在阪局とのリレー中継は行われていない。

サンテレビが中継を引き継いだあとも、番組制作は朝日放送のスタッフが引き続き行い、解説や実況もそのまま。朝日放送が制作した映像を通信回線でサンテレビに送り、サンテレビが電波に乗せる。緊迫しやすいゲーム終盤の中継になるだけに、「最高の場面を中継できることもある」(浮田プロデューサー)という。

全国各地に行く大型中継車

タイガース戦の放映権は人気が高く、キー局系5局+NHKとの7局での競合になる。開局からの49年間で、3000試合以上のタイガース戦を中継してきたサンテレビといえども、特別待遇は受けられない。一応、全試合申し込んではいるが、放映日程は球団がシーズン前に割り当ててくる。

特に開幕直後は競合が激しく、2017年シーズン、サンテレビに割り当てられた最初の放送日はホーム開催7試合(中止1回含む)目の4月14日。しかも単独ではなくNHKとの並行放送だった。だが、5月に入るとキー局系列局の放送が減っていくので、放映権を獲得できる日が徐々に増えていく。


サンテレビの大型中継車(写真:サンテレビ)

また、雨天で中止になったゲームの放映権を持つテレビ局は、再試合の場合も優先権を持つが、放送しない場合はサンテレビが譲り受けるようにしている。ビジターゲームの放送回数が多いのもサンテレビの特徴だ。2017年シーズンはサンテレビの単独放送が27回、朝日放送のリレー中継が1回、合計28回ビジター中継を実施しており、これは全テレビ局中ダントツの1位。2位は広島東洋カープのビジター中継を16回実施したテレビ新広島だ。

高頻度のビジター中継を可能にしているのは、サンテレビ自慢の大型中継車である。この大型中継車は北は横浜から南は九州まで、リーグ戦にも交流戦にも行く。

【2月26日15時13分追記】記事初出時、「北海道から九州まで」と記述しましたが誤りでしたので、「北は横浜から南は九州まで」に訂正します。

大型中継車を出していない球場には基本的に現地の制作会社に頼み中継車を借りている。実況、解説やディレクター、技術スタッフは神戸から派遣している。中継車で番組に仕上げ、通信回線で神戸の本社へ送り、電波に乗せる。天候などで交通機関が乱れ、中継車がたどりつけず、やむなく現地の制作会社に中継車の出動を依頼するなど、綱渡りになることもある。

一方、中継車を出していないのは東京ドーム、神宮、札幌ドーム、楽天生命パーク宮城、ZOZOマリン、メットライフドームの6カ所。札幌ドームと楽天生命パーク宮城は、地元の制作会社に小型の中継車を出してもらっている。パ・リーグ球団は球団制作の基本映像に、サンテレビ独自の音声と映像をミックスするだけなので、小型中継車で足りる。

メットライフドームとZOZOマリンは、それぞれ同じ独立系のテレビ埼玉と千葉テレビから番組販売を受けて放送しているが、東京ドームは日本テレビが放映権を独占しており、「過去に東京ドーム開催の巨人・阪神戦を中継したことは一度もない」(浮田プロデューサー)という。

神宮に中継車を出さない理由は東京ドームとはかなり異なる。神宮は学生野球の聖地であり、プロ野球の開催が年間70試合前後であるのに対し、学生野球は400試合近く行われている。このため、基本的に学生野球ファーストなのだ。

神宮では日中に大学野球の試合をやり、入れ替わりでプロ野球の試合を開催している。大学野球終了からプロの試合開始までの時間が極端に短いため、中継車は朝一番に入り、カメラのセットも大学野球が始まる前までに完了させ、大学野球をやっている最中はカメラが見えてもいけないので、カバーをかぶせておく。

放送ブースも大学野球をやっている間は使っているので、必要な機材をセットできるのは終了後。すべてが綱渡りなのだ。しかもゲームが終了すると、敷地内からすべての車両は追い出される。ナイター中継が終わったあと、中継車を神宮の駐車スペースに置いたまま、スタッフがホテルに宿泊して翌日運転して帰るということができない。

このため、やむなく東京の制作会社に頼んで中継車とオペレーションスタッフを出してもらっているのだ。

甲子園は、かつて閑古鳥が鳴いていた

ところで、みなさんは、関西出身者から「関西では昔はどのチャンネルを回してもタイガース戦を中継していた」という話を聞かされたことがないだろうか。筆者はまったく別の2人の関西出身者から同じ話を聞かされているのだが、どうやら筆者は担がれたらしい。

しかし、2局並行での放送は1980年代後半から1990年代初頭にかけては頻繁に実施されていたそうで、「2局合計で視聴率が30%を超えることもあった」(浮田プロデューサー)という。

近年は10%に乗るかどうかという水準に落ちているらしいが、今もタイガースは球界屈指の人気球団だ。だが、1970年代の甲子園球場は、巨人戦以外は1万人も集まらない、閑古鳥が鳴く球場だったらしい。江夏豊投手がノーヒットノーランを達成し、サヨナラ本塁打を放った1973年8月30日の中日戦の入場者数はわずか9000人だった。

人気は長期的かつ継続的な露出があってこそ。サンテレビが今日のタイガース人気に大きく貢献していることは間違いないだろう。