自主トレを行うマーリンズ・田澤純一【写真:佐藤直子】

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自身も前人未到の道に挑戦、やりがいと難しさを知る右腕

 今季メジャー移籍10年目を迎えるマーリンズ田澤純一投手。2009年に海を越えてアメリカに渡って以来、2013年にレッドソックスで世界一に輝いた一方で、初年度はマイナーの2Aからスタートし、右肘靱帯再建手術を経験しながら、地道にキャリアを積み上げてきた。渡米当時は23歳。日本人メジャー選手の中では誰よりも若かった右腕だが、今ではヤンキース田中将大、ドジャース前田健太ら“後輩”もできた。「彼らは日本で結果を残してきた選手。僕が学ぶことも多いです」と、その姿勢は飽くまで謙虚だが、今季から新たにメジャー入りする“後輩”の動向は気になるようだ。

「大谷(翔平)君の二刀流がアメリカで成功したら面白いなって思いますね。最近のメジャーでは誰もやっていないことなんで、チャンスがあれば挑戦した方がいいと思います」

 大谷の代理人を務めるCAAのネズ・バレロ氏は、渡米から田澤をサポートし続けてきた代理人でもある。「たまたま同じエージェントなので、チームは違いますけど会う機会はあるのかな」と話す田澤自身も、日本球界を経ずにメジャー球団と契約を結ぶという前例のない道を歩んだ。当時はもちろん、応援と批判の両方の声が耳に飛び込んできた。自分が下した決断には、今でも後悔はないし、自分が負うリスクは厭わない。ただ唯一心を痛めているのが、意図せずに生まれた“田澤ルール”により、それ以降のアマチュア選手がメジャーを目指しにくい環境が生まれてしまったことだ。

 何か新しいことに挑戦するやりがいと難しさを知る右腕は、同時にアメリカが驚くまでにドライな契約社会であることも、メジャーとマイナーを行き来した9年間で身を持って経験してきた。だからこそ、大谷の二刀流挑戦を心から応援しつつも、「チャンスをしっかり与えられるのかな、という純粋な疑問はあります」というメジャー選手ならではの視点も持っているようだ。

契約社会のメジャーで“二刀流”実現はスムーズに進むのか…

 メジャーでは、選手が結ぶ契約の中に「インセンティブ」と呼ばれる出来高が含まれることが多い。その種類はさまざまで、野手であれば打席数や出場試合数、投手であれば投球回数や登板試合数などが対象になる。例えば、ドジャース前田健太投手の場合、15試合に先発すれば100万ドル(約1億800万円)、投球回が90イニングを超えると10イニング増えるごとに25万ドル(約2700万円)が発生するというインセンティブがついている。

 大谷が二刀流に挑戦した場合、先発が6人ローテになれば必然的に1人あたりの先発登板試合数や登板イニング数は減る。同時に、野手出場をするとなれば、出場試合数や打席数に影響が出る。その結果として、インセンティブとして手にできたかもしれない収入が手に入らないケースが生じる可能性がある。エンゼルスでは、投手面では先発6人ローテを試し、野手面では昨季主にDHだったプホルスが一塁での出場を増やす見込みだが、田澤は「周りの人がどういう反応を見せるのかな」と思いやる。

 だが、新しいことにチャレンジする意義とやりがいの大きさは何事にも代え難い。

「おそらくエンゼルスは、そういったことも全て踏まえて二刀流挑戦をサポートするって言ってくれているんだと思います。自分の力を試したり、可能性を試すのはいいこと。チームがしっかりサポートしてくれて、チャンスを与えてくれるのであれば、間違いなく挑戦した方がいいと思います」

 たとえ所属チームは違っても、新たな道を切り拓いた先輩と同じ代理人を持つことは、大谷にとって幸いとなるかもしれない。メジャーでプレーする楽しさも苦しさも、そして応援の声も批判の声も知る田澤は、必要とあらばいつでも自分の経験を共有してくれるだろう。(佐藤直子 / Naoko Sato)