サザコーヒー本店の外観

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■なぜ“喫茶店”は30年で半数以下に減ったのか

カフェが好きな人の中には、「昔からあった店が閉店してしまった」という経験を持つ人が多いかもしれない。コンビニのイートインなど「コーヒーを飲む場所」は増えたが、カフェ・喫茶店の数はこの30年で半数以下に減っている。最盛期に15万4630店(1981年)あったが、最新データ(2014年)では6万9983店となっている(総務省調査をもとにした全日本コーヒー協会の発表資料)。

特に減ったのは個人経営の店(個人店)で、大手チェーンの進出によりお客を奪われた例も多い。大手は国内店舗数を増やしており、1位の「スターバックス」は1245店(2016年12月末現在)、2位の「ドトールコーヒーショップ」は1117店(2017年1月末現在)、3位の「コメダ珈琲店」は735店(同現在)もある。

かつてドトールが店舗拡大を続けた頃、当時の経営者は「ウチが1店出せば周辺の喫茶店100店に影響が出る」と豪語した。事実その通りで、ドトール進出で街の喫茶店が激減していったが、近年はその潮流も変わった。全国各地には大手よりも人気の高い個人店がある。その1つが、茨城県ひたちなか市に本店がある「サザコーヒー」だ。市内にあるスタバやコメダ以上の集客を誇る同社の強さの秘訣を、2回に分けて分析したい。

■マニアックに「コーヒー」にこだわる

サザコーヒーは1969年、創業者で現会長の鈴木誉志男氏が国鉄(現JR)勝田駅前に「且座(さざ)喫茶」(当時)の名前で開業した。「且座は『座って茶を楽しみましょう』という意味」(同氏)で、中国の僧で臨済宗の開祖・臨済義玄の言葉だという。20代から40代まで茶道を学んだ鈴木氏が、その思いを店名に込めた。現在は茨城県内を中心に13店を展開し、東京都内のエキュート品川、二子玉川ライズといった商業施設にも出店している。

多店舗展開する現在でも、徹底してコーヒーにこだわるのが特徴だ。たとえば本店でメニューを開くと、「お勧め ネルドリップコーヒー」「フレンチプレスコーヒー」「自信作、サザのブレンド」「サザ契約栽培コーヒー」「逸品揃い。世界のコーヒー」と書かれた20品以上のコーヒーメニューが並ぶ。店で販売するコーヒー豆も人気で、自家用・土産用に買うお客も多い。次回紹介する「徳川将軍珈琲」「五浦(いづら)コヒー」など独自開発した商品もある。

開業当初、喫茶店店主(マスター)のバイブルと言われた『月刊 喫茶店経営』(柴田書店)を愛読していた鈴木氏は、同誌に載った銀座の名店「カフェ・ド・ランブル」(1948年創業)店主・関口一郎氏(御年100歳を超えた業界最長老)の記事で「自家焙煎」を知り、興味を持つ。それ以来、コーヒー豆の栽培から焙煎まで独自に学び続け、海外のコーヒー生産地に足を運んで店の味を高めてきた。本店にはドイツ製と米国製の大型焙煎機も備えている。

こだわり方はマニアックだが、店の流儀を押し付けることもなく、来店客は思い思いに過ごす。コーヒー以外のドリンクも充実し、自家製ケーキやパンメニューもある。ドリンクとフードを頼むと1000円を超えるので安くはないが客足は絶えない。本店にはテラス席もあり、気候のよい日には特等席となる――と、店の特徴を紹介したのには理由がある。

昭和時代から、コーヒーを探究する喫茶店マスター(鈴木氏もその1人)はいたが、多くの店は残っていない。理由はさまざまだが「コーヒーの蘊蓄にこだわり過ぎた一面もあった」(フードコンサルタント)という意見もある。専門的に深めるのは大切だが、メニュー内容を広げて居心地を高めないと、多くのお客に長年支持される店にはならないのだろう。

同社は南米コロンビアに直営農園「サザコーヒー農園」も持っている。UCCやドトールなど大手はともかく、地方の個人店では珍しい。アンデス山脈のふもと、コロンビアのポパイアン地区で直営農園を始めたのは1998年で、まもなく20年となる。

一般にコーヒーの味は「豆の種類」「生産方法」「収穫」「焙煎」「淹(い)れ方」で決まる。鈴木氏によれば「豆はティピカ種とブルボン種をシェイドツリー(陰をつくる樹木)の近くで栽培し、収穫したら天日干しをするのが理想」だという。その理想を満たすために当地を選んだ。2016年は良質のコーヒー豆を多く収穫できたが、土壌や品種にこだわり、生産も効率性を求めずに減農薬で栽培するため病虫害に弱く、これまで2回全滅したという。

自社農園以外にも「グアテマラのアンティグア」「エルサルバドルのコルダ」「北スマトラのマンデリン」「コロンビアのグロリアス」など、世界各地からコーヒー豆を買い付けており、現在は息子で副社長の太郎氏を中心に各国を回る。大人気銘柄「パナマ ゲイシャ」の優勝豆(同国品評会で優勝したコーヒー豆)は、毎年オークションで高価格で落札し、特選珈琲として販売する。若い頃は父に反発した太郎氏だが、東京農業大学卒業後、グアテマラのアンティグアにあるスペイン語学校、コロンビアの国立コーヒー生産者連合会の味覚部門「アルマ・カフェ」でも学んだ。そのためスペイン語も堪能で外国人の友人・知人も多い。スタバやUCCも同様の活動は行うが、経営者が現地に直接足を運ぶというのは個人店の強みだ。太郎氏は話す。

「コーヒーは『手間ひまをかけて、おいしくする』をモットーに、きれいな水で洗い、味と香りにこだわってきました。スターバックスの豆も高品質ですが、当社の豆はさらに品質が高い。それをネルドリップで抽出し、苦みのなかに感じる甘みも重視しています。店舗数が増えたのでバリスタ(コーヒー職人)育成もしていますが、抽出に微妙な個人差が出るので、それを高いレベルで平準化することが今後の課題です」

社員の本間啓介氏が昨年9月に実施された「ジャパンバリスタチャンピオンシップ2016」で準優勝に輝くなど、人材育成も花開きつつある。

■地元への出店で協調関係を築く

店舗が拡大しても茨城県中心が同社の流儀だ。本店には創業時から通うお客もおり、店内で鈴木氏を取材中に「あら、会長久しぶり」と常連客の女性から声がかかることもあった。そうした地元密着が評価されて県内各地から出店要請が増えているという。今回、筆者は茨城大学の図書館内にある「サザコーヒー茨城大学ライブラリーカフェ」を訪ねた。2014年4月に同店をオープンした理由は、「大学からの熱烈なラブコールがあったから」という。取材時に店内で資料を読んでいた同大人文学部の清山玲教授は、店の効果をこう話す。

「この店ができたので、他の大学から来られる方にも自慢できるようになりました(笑)。当大学でシンポジウムを開催しても、その後に行く場所に困ったのですが、そうした面も解消されました」

カフェの存在は図書館のイメージアップにもなっているようだ。2人連れだった人文学部2年生の女子学生は「今日はココア(480円)を頼みました。学食に比べると安くはないのであまり来ませんが、イスの間隔も広く、落ち着いた雰囲気がいいですね」と教えてくれた。茨城大とは商品開発でも連携しているという。

冒頭で紹介した「30年で店舗数が半減」は、実は数字の裏にもう1つ本質がある。昭和時代の「喫茶店のマスター」、平成時代の「カフェのバリスタ」に象徴されるように、昔も今も「カフェ・喫茶店を開業したい人」は多く、人気業態なのだ。だが3年続く店は少なく「多産多死の業態」とも言われる。繁盛する店に共通するのは、リピート客をがっちり押さえていること。商品・接客・価格・雰囲気など「何の」「どこに」こだわり、顧客を獲得するかだ。次回は“茨城愛”も生かした商品開発など、同社の仕掛けを紹介したい。

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高井 尚之 (たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(プレジデント社)がある。これ以外に『カフェと日本人』(講談社)、『「解」は己の中にあり』(同)、『セシルマクビー 感性の方程式』(日本実業出版社)、『なぜ「高くても売れる」のか』(文藝春秋)、『日本カフェ興亡記』(日本経済新聞出版社)、『花王「百年・愚直」のものづくり』(日経ビジネス人文庫)など著書多数。

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(経済ジャーナリスト・経営コンサルタント 高井 尚之)