松本和也(まつもと・かずや) マツモトメソッド代表取締役。1967年、兵庫県生まれ。91年京都大学経済学部を卒業後、NHKに入局しアナウンサーとなる。2003年からは「英語でしゃべらナイト」を担当。その親しみやすいキャラクターでブレイク。2007年からは、2年連続で紅白歌合戦の総合司会を務めあげた。その後「のど自慢」の司会として全国を行脚したのち、2016年にNHKを退局。独立して現職。マツモトメソッド http://matsumotomethod.com/

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■あがらない極意とは?

大きな会場でも、少人数の場でも、人の前に出て何かをするというのは緊張し、ときにはあがってしまうことがある。この“あがる”というのはそもそもどういうことだろうか。

人は社会的動物であるため、どうしても他人からの評価が気になってしまう。だから「失敗したら」「うまくいかないかも」→「ダメな人だと思われる」と委縮して、自分を守るために「防御反応」や「逃走本能」が働きだす。

それにも関わらず「逃げずに戦え」となると、攻撃から身を守るために体が硬直して手足が震え、ドキドキと鼓動は速くなる……肉食動物の餌食になるわけではないけれど、本能からなんとか自分を守ろうとする。これが“あがる”メカニズムの一例だ。

「上手くやろうと、かっこつけちゃダメなんです。『下手でも頑張るからさ』くらいの気持ちで大丈夫。間違えたら謝ればいいんです」と元NHKアナウンサーの松本和也さん。

前回(http://president.jp/articles/-/21357)に引き続き、マツモトメソッド代表の松本和也さんに、長年培ってきたコミュニケーション術についてお話をうかがった。「NHK紅白歌合戦」の司会進行など大舞台をこなしてきた経験から、当然あがることなどないだろうと思っていた。

「あがることはしょっちゅうですよ。でも、『ごめんなさいね、下手なんです』と開き直ることが大切なんです」

人前で話すプロでもあがることは多いというから、私たちはなおさらだ。ここで松本さんが言うあがらないためのポイントは、次のようなところにある。

■自分をさらけ出すことが結果につながる

あがらないために大切なのは、「下手だ」といった攻撃から身を守るために“防御”などはしないこと。最初からすべてをさらけだして、とって食おうとどうぞご自由に料理してください、くらいに開き直ればいいのだ。松本さん自身も、“英語できないキャラ”として登場した『英語でしゃべらナイト』では、その親しみやすい人柄をふんだんに出して人気を博している。

うまくやろうと体に力を入れるより、自分をリラックスさせればいい結果につながるものだ。具体的には、たとえば手足を伸ばして体を広げるだけで、自信のホルモンが分泌されるという、社会心理学者のエイミー・カドリー氏らの実験もみられる。体を開くだけでも、気分的に解放されるはずだ。

松本さんは、ここでもひとつ大切なことを教えてくれた。

「あがらないために『お客様をカボチャだと思え』みたいな方法だけは、絶対にやめたほうがいいです」

人前に立つときによく言われるのが、この「人が大勢いると思うからあがる。観客はイモやカボチャだと思え」といった言葉。ところが、これでは“物”を相手にして、人の反応を見ないことになってしまう。

それは失礼だからしてはいけないという以上に、自分の話をよりよくするための、こんな理由によるのだという――。

■話し手が絶対にやってはいけないこと

「話し手としてやってはいけないのは、相手の反応を無視すること。反応は絶対に見たほうがいいです」と松本さん。一人ひとりの顔を見るようにして話すことが常だという。

「宇宙空間にポーンとボールを投げても、手ごたえが感じられないでしょう。同じように、話す時も手渡すように言葉を伝えるんです。相手の顔を見たほうがいい。顔が見えないときには相手を想定して話したほうがいいですね」

相手のうなずきや表情を見ていると、理解できているか、その話やトーンでいいのかなどが自然とわかってくる。それこそが、話を磨き上げてくれる大切な素材。一人ひとりの反応を大切にして、自分の言葉を選び、相手を話に引き付けるのが松本流だ。

「私は相手がうなずいてから次を言うようにします。それで、話をするちょうどいいスピードがわかります」

なるほど、相手のうなずきと呼吸のタイミングが、今日の話の速さを決める手がかりになるという。だから、カボチャ畑でひとり演説をするようなまねは、決してしてはいけないのだ。

以前にこの連載でふれたが、聞き手の中には必ず話に好意的な人はいるものだ。緊張しそうなら、反応を見てうなずいてくれる人を見つけたらこっちのもの。その人を見ていれば、自分を受け入れてもらえたように感じられるから、これも緊張をやわらげるひとつの方法だろう。もし目を見たら緊張するなら、顔のあたりの、どこか目のあわないところを見ればいい。これで呼吸も読めるうえに緊張もほどけるので、一石二鳥というわけだ。

さらに場を盛り上げるため、自分の緊張も話すことで聞き手を話の「共同作業者」として巻き込んでしまう方法もある。

■雑談のネタはその場で見つかる

たとえば「同じ経験がある方、手を挙げてください」のように、聞き手を「話の共同作業者」として引きつけてみる。みんな「自分も何か役割をもたされるかもしれない」と感じることで、これから起こることに耳を傾け、神経を研ぎ澄ますようになるだろう。

松本さんは、まず会場の人たちと話をして、その場の雰囲気を見ておくという。すると、とっさの話のネタになりそうな話題を拾い、そこにある空気を感じることができるからだ。

「『外を歩いていたら、新しい店がありましたね。もう行かれた方?』などと、見たもの、聞いたことを話の入口にすると、みんなと通じることができます。地道な作業ですが、かなり生かせるものです」

難しい話の合間に、会場に少しネタを振るだけで、眠かった人たちも急に目がさえるかもしれない。それも、聞き手の身の回りの話であるほどに、注意がふっとこちらに向くものだ。

「雑談のネタは覚え込むものではなく、その場で見つけるものです。『お、かっこいい手帳をお使いですね。私、仕事用に使い勝手のいい手帳を探しているんです。どこのものをお使いか教えてもらえますか』とか、趣味でもなんでも偶然に共通項が見つかったらそこが突破口。話のつかみは成功したようなものです」

少し話をしておくだけで、まったく見知らぬ人ではなくなり、気持ちが近づくもの。だから、その場にいる人とあらかじめ会話をして共通項を見つけることは、情報収集に加えて自分の緊張をほぐすことにもつながるわけだ。

さて、ときにはこうした緊張によって「頭の中が真っ白になる」ことがある。そう、覚えた原稿がパッとすべて飛んでしまうような状態だ。回避する方法は、松本さん曰く「話すことを原稿に書いてはいけないんです」ということだ。なぜか? そのあたりは、また次回。

(松本和也、上野陽子=談 上野陽子=文)