反原発デモに身を投じるも、その実態に幻滅した元アイドルの千葉麗子さんが上梓した『さよならパヨク』が大きな話題となっています。無料メルマガ『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』で、その内容が詳しく紹介されています。

反原発運動の正体 〜 千葉麗子『さよならパヨク』から


『さよならパヨク』千葉麗子・著 青林堂

『さよならパヨク』という本が売れている。発売3週間ほどで、もう3刷決定という。「パヨク」とは「劣化した左翼」の意で、元アイドル千葉麗子さんが、故郷・福島の原発事故を契機に反原発運動に参加したが、その活動に疑問を持ち、「パヨクやめた、全部ぶちまけます!」と、この本をまとめた。

「パヨクやめた」という場面は、次のように描かれている。

…こっちが必死で「原発反対」ってシュプレヒコールを叫んでいる横で歌や踊りに興じられるのは、はっきり言つて迷惑であり、不愉快でした。いきなり沖繩民謡が始まったり、サンバが始まったりした時は、踊りに興じる連中を見て本気で怒りを感じたものです。沖繩民謡もサンバも福島に何の関係もありません!

そのうちに、デモへの一般参加者も減り、ついには共産党の機関紙『赤旗』に首都圏反原発連合のチラシを挟んで配布し始めた。これでは共産党の運動そのものになってしまうと、千葉さんは「やめてほしい」と申し入れたが、聞き入れられなかった。

一体自分は今まで誰のためにここまで体を張って頑張ってきたのか、福島のためと始めた行動が共産党に利用されたのかと、最後の方は本当に悔しくなってきました。

 

その時100〜200人くらいが集まった国会前で、マイクを握っていましたが、「こいつらのためにやってんじゃない!」「もうやってらんねぇよ!」とマイクをポーンって投げました。

しかしパヨった私のやらかしたことについてはこの約2年間そうしてきたように、そして現在の私が100倍以上の貢献をもってけじめをつけたいと思っています。そしてそれはパヨクに対する1000倍以上のダメージになると確信しています。

今回は千葉さんの足跡を追いながら、反原発運動の正体を見てみたい。

次ページ>>サークル活動? 総理との写真を嬉しそうに発信するあきれた面々

「とにかく福島のために何かしたい」

千葉さんの父親は福島市役所の公務員だったので、16歳の頃まで福島市で育った。当時の友だちや先生の中には原発から20キロ圏内に入る南相馬市に住んでいる人たちもいた。原発建て屋の水素爆発の映像をテレビで見て、ショックを受けた。

そんな中、経産省前に集まる人々の姿をネットで見たのです。当時はまだ運動全体が組織化されていなくて、首都圏反原発連合もありませんでした。それぞれがそれぞれの立場で集まっているという感じでした。

 

であれば一度どんなものか行ってみよう、行動というほどのことではないのですがとにかく街に出てみて、どんなことをしているのか見てみようと思って現場に足を運んだのです。…

 

その時に集まっていた人は、共産党とか左翼という感じはしませんでした。本当に福島の原発事故に驚いて来ている人も多かったと思います。…

 

次第に共産党や中核派などの極左系らしき組合や団体の幟を見かけるようになり、議員もやってくるようになりました。…でも誰が来ようと関係ない、私はただ、とにかく福島のために何かしたい、何かしなければという思いだけでとった行動だったのです。

初めて街頭に立ったのは震災のあった平成23年の夏だったと記憶しています。その頃から運動も大きくなっていき、平成23年9月には首都圏反原発連合が立ち上げられました。抗議活動に行くと、首都圏反原発連合の中心メンバー達からも「シュプレヒコールをあげてほしい」とお願いされたのです。…

 

そんな形でマイクを握っ私ですが、あくまで福島を守りたいという一心での参加であり、活動そのものに参加しようということではなかったので、首都圏反原発連合のコア(中心)メンバーによる会議などには出ませんでした。もちろん報酬や交通費なども一切もらっていません。

こうして、千葉さんは反原発運動の最前線に立ったのだった。

「まるでサークルの思い出作りのような」

しかし、原発事故が峠を越えると、参加者は急速に減っていった。一般参加者が減るにつれて、共産党関係者、それも高齢者の占める割合が増えていった。彼らは表に出ない安全な場所にいて、身元のばれない若手を前面に立てた。

デモ参加者が機動隊に突っ込もうとすると、マイクで「この運動が終わりになってしまいます。皆さん時間にもうなったのでお帰りください」なとどいう。燃えたぎっていた参加者は、拍子抜けになった。

また、リーダーたちは首相官邸に入っていっても、当時の野田総理に厳しい要求をつきつけるでもない。一緒に写真を撮って、「首相官邸で総理と面談!」みたいに嬉しそうに発信する。千葉さんは毎回真剣にマイクを持って、シュプレヒコールを担当していただけに、リーダーたちの、まるでサークルの思い出作りのような行動に不信を感じた。

共産党が幅を効かせるようになって、デモに音楽や踊りを取り入れるようになった。学生運動の華やかりし頃、日本共産党傘下の日本民主青年同盟(民青)は、「歌って踊って日共民青」などと揶揄されたように、大学のサークルのように勧誘をしていたので、その一つ覚えだろう。

次ページ>>善意のカンパの驚くべき「使いみち」

「もうわけがわからない」

デモでは物販もしていた。日本共産党の参議院議員・吉良よし子のフォトブックも売っていて、「なぜ吉良よし子氏だけ? もうわけがわからないというか我慢の限界でした」と千葉さんは思った。

カンパもたくさん集まっていました。…特に高齢者の参加者が千円札や五千円札をカンパ袋にどんどん入れてくれるんです。

 

もちろんカンパした人は善意からなんですが、受け取る方には、そのお金で生活している人がいるっていうことを聞きました。最初は耳を疑ったのですが、デモに入り浸っている人には、確かにきちんとした仕事をしていない人もいて、どうやって食べていくかとなると、カンパをあてにするしかないということらしいです。

コアメンバーには交通費も出ていて、千葉さんは清算用紙も見たことがある、という。共産党の丸抱えの運動だったわけである。

千葉さんが、さらに反原発運動に疑問を持つようなったのは、日章旗を持って反原発運動に駆けつけたグループを、当初から排除したことだった。愛する美しい日本の山河を守りたい、あるいは国防の視点から危険な原発をなくしていきたいという理由などから、日章旗を持って駆けつけた人々だった。

今にして思えば、すでに共産党系の人間が多数入り込んでいた現場で、日章旗は認められるはずもなかったということですが、ただ原発をなくし、福島を取り戻し、日本の故郷を守りたいと考えていた私には、主義主張の違いで人を排除するということが理解できませんでした。

「復興の足かせとなるようなことは、もうやめてほしい」

原発事故が落ち着いてきても、反原発派はこの問題にしがみついていた。たとえば福島原発の地元の井戸川克隆・前双葉町長は、福島にいると鼻血が出ると語って有名になった人物だ。こういう人物をイベントに呼ぶ。

井戸川前町長が登場した、ある漫画では、登場人物が原発構内の見学後に鼻血を出した、というシーンがある。

産経新聞は、原発見学中に受けた放射線量は0.01ミリシーベルトで、東京-ニューヨーク間を飛ぶ際に受ける量の10分の1だった、という記事を載せている。原発を見学しただけで鼻血が出るなら、東京-ニューヨーク便の乗客全員が鼻血を出していなければならない。

こうした反原発派の姿勢を、千葉さんは次のように批判する。

福島県内には農家をやっている友達も大勢います。皆震災の後、農産物が売れなくて収入が激減し、生活がきつかったと言っていました。今は放射線量も落ち着いて、政府も安全だと言っています。

 

それに納得せず、現在でも危険だと言って福島の人をこれ以上傷つけてほしくありません。いたずらに風評被害を広げ、復興の足かせとなるようなことは、もうやめてほしい、本当にやめてほしいと思います。

次ページ>>「原発」の次は「差別」。使えるものは何でも使う

「原発やめろ」が行き詰まってくると「差別をやめろ」

いよいよ反原発運動では一般人を集められなくなると、彼らは衣替えをした。平成25(2013)年の春、「レイシストをしばき隊」が登場。この団体は「在日特権を許さない市民の会」などの活動に対抗すべく結成された市民団体である。

しばき隊のリーダーは首都圏反原発連合でも中枢にいて、かなりのコアメンバーは同じだという。千葉さんは反原発連合のメンバーに連れられて、一度だけ「しばき隊」のイベントに行ったことがあるが、首都圏反原発連合のマークをつけた拡声器をそのまま使って「原発やめろ」と同様に、「差別やめろ」とやっていた。

叫ぶスローガンは違えど、スタイルは全く同じだった。

パヨクはとにかく、呪文のように単純な言葉を繰り返しますね。原発事故の時も「原発やめろ」。それが行き詰まってくると今度は「差別をやめろ」。その次は「戦争反対」「9条守れ」。どれも変な太鼓やらなんやらをけたたましく鳴らして、とにかく大騒ぎ。

反原発」は人集めの手段

反原発運動の正体については、千葉さんの次の指摘が的を射ている。

私が脱原発・反原発のパヨクから離れた理由のひとつに、彼らが本心から原発のことを考えて行動しているわけではないという疑念がありました。原発事故や福島の状況を理解し、共感してでの行動ではなく、原発問題を訴えると注目される、つまり政治的目的などのために脱原発を主張し、その運動に乗っかり、利用しようとしていたのではないかということです。

反原発とは、共産党による人集めの手段であった事は、今まで見てきた経緯から明らかだろう。

左翼は昔から「革命という目的のためには手段を選ばず」を伝統としているが、その手段として「貧困からの解放」から「安保反対」「公害反対」「女性解放」、そして現在では「原発やめろ」「差別やめろ」「9条守れ」と旗印を変えつつ、騒ぎを起こしてきたのである。

次ページ>>SEALDsの背後に見え隠れする「共産党」の存在

パヨクの正体

千葉さんの言う「パヨク」とは、こうした伝統的左翼の、思考能力が退化した末裔のようだ。

便利な現代社会に電気は不可欠で、その思恵を享受しながら代替案なく「原発止めろ」というのはあまりにも無責任です。

 

原発が危険と言うなら、中国はどうなりますか? 脱原発どころかまだまだ造ると言っていますよ。

「歌って踊って」いるだけのパヨクでは、これらの単純明快な質問にも答えられない。

自由民主主義の基盤は、国民一人ひとりが国の行く末について自分自身で自由に考え、それをもとに地方や国の議員を選ぶ、という点にある。「反○○」を掲げつつも、「歌って踊って」ムード的に自分たちの集団に引きずり込んでいくというのは、人々の思考能力を麻痺させる。それはシロアリが家の土台を食いつぶしていくように、自由民主主義の基礎を打ち崩していく行為である。

SEALDsは共産党の傘下にあり、共産党員の子弟が多いと聞きますが、中には共産党と無関係の学生が、シンボルマークやフレーズの格好良さ、音楽やダンスの楽しさに惹かれ、事情を知らずに入ってくる、そんな学生もいるでしょう。

 

SEALDsの学生もよく言えば素直、悪く言えば未熟な人が多いように思います。SEALDs自体はサークルのようなノリなのかもしれません。しかし背後にある共産党の存在を忘れてはいけないと思います。

わが国を中国のような自由も民主主義もない独裁国家にしたくなければ、わが国の青年たちをパヨクから守っていかなければならない。そのためにも、『さよならパヨク』のような内側から見たパヨクの実態を暴いた本書の登場を歓迎したい。

文責:伊勢雅臣

image by: Flickr

 

『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』
著者/伊勢雅臣
購読者数4万3千人、創刊18年のメールマガジン『Japan On the Globe 国際派日本人養成講座』発行者。国際社会で日本を背負って活躍できる人材の育成を目指す。
<<登録はこちら>>

出典元:まぐまぐニュース!