ミラン番記者の現地発・本田圭佑「自らが渇望していたゴールをついに――。今や誰もがケイスケに夢中だ」
物語のタイトルは「みんなケイスケに夢中」。そんなところだろうか。
しかし、どこかで見たようなストーリーだ。それもそもはず、すでにこの物語はシーズン3に突入している。そしてこのドラマは毎回、ほぼ同じ流れだ。
最初は監督をなかなか納得させることができず、不遇の時期が続く。しかし、それでも忍耐強く練習を続けるうちに、信頼を勝ち取っていく。クラレンス・セードルフしかり、フィリッポ・インザーギしかり、そして今のシニシャ・ミハイロビッチしかり。
いつもこんな流れなのは、ライバルの存在以上に、この「HONDA車」がディーゼルエンジンだからかもしれない。つまり、力を発揮するまでに時間がかかってしまう。しかし、一度温まってしまえば、突如として高い性能を発揮しはじめるのだ。
率直に言って、11試合連続でベンチスタートだった頃(9月下旬から12月中旬)、本田がミランの主役に返り咲くと予想する者は、一人もいなかった。それどころか、監督やクラブ方針を非難した10月の爆弾発言のあとは、もう「完全に終わり」だとさえ思われていた。
ミハイロビッチの目に本田の姿はほとんど映っておらず、彼の中の選手ヒエラルキーで背番号10は最下位。試合終盤にたまに起用しても、満足のいくパフォーマンスを見せることはなかった。
しかし、覚えているだろうか。この“暗黒の時期”でも、私はこのコラムでこう主張し続けてきた。それでも本田は今の状況を覆せる根気を、必ずまた信頼を取り戻せる能力を持っている、つまり主役に返り咲くことができる――と。
だからこそ、周囲がどんなに騒いでも、私は本田が1月に退団しないと信じていたし、実際にそう主張してきた。この夏に向けては、残留よりも退団の可能性のほうが高いと言われているが、それはまた別の話だ。シーズン終了までの残り3か月間は、落ち着いてプレーできるだろう。
とにかく、今は誰もが本田に夢中だ。2月14日のジェノア戦は、誰がどう見てもマン・オブ・ザ・マッチだった。試合後、ミハイロビッチはテレビカメラや記者の前でもその喜びを隠さなかったし、ほんの2か月前には本田がボールを触る度、交代を告げられてピッチを後にする度にブーイングをしていたサン・シーロの観衆も(とくに年始ので降り注いだブーイングは、ミランの歴史の中でもっとも酷いレベルのものだったと言われた)、彼に惜しみない拍手を送った。
当然だ。ジェノア戦の勝利は、全て彼がもたらしたと言っても過言ではない。5分のカルロス・バッカの先制点は、本田が放ったシュートで得たCKの流れから生まれており、左足で上げたそのクロスは実質的なアシストだった。そして、64分の本田自身のゴール。この3つのプレーがなければ、ミランがジェノアに勝利(2-1)できたか分からない。
それにしても、本田の喜び方はちょっと変わっていた。先制点の場面ではピッチの反対側まで走ってバッカをハグしたというのに、自身の今シーズンのセリエA初ゴールの時はもっとずっと控えめだった。
しかし、ボールがゴールネットを揺らした瞬間は、本田も感動したことだろう。なにしろセリエAでは16か月ぶり、実に55試合(出場試合のみなら42試合)ぶりのゴールだったし、見事なミドルシュートだった。実際、待望のゴールを決めた本田の表情は、安堵と解放感に溢れていた。
ゴール後に本田は、胸に縫い付けられたクラブ・エンブレムに口づけをしていた。この意味を3ワードで表わすとすれば、ミランへの「愛情」、「帰属意識」、そして「感謝」といったところだろう。
実際、このゴールは好調を維持する本田の最終的な仕上げでもあった。イタリアではこれを「ケーキの上のさくらんぼ」と呼ぶ。
新年を迎えて以降の本田は、たとえゴールを奪えなくても、献身的なディフェンスなどその他のプレーでミハイロビッチを納得させていた。そのうえでゴールまで決めたのだから、監督により良いイメージを与えるどころか、完璧に信頼を得ることができるだろう。
だからこそ本田は、何が何でもゴールを決めたかったはずだ。そうでなければ、あんな距離(ゴールまで約35メートル)からミドルシュートを狙わないだろう。
本田はよい左足を持っているが、これまでミランでシュートを打ってきたのは、いつも他の選手だった。バッカ、エムバイ・ニアング、マリオ・バロテッリ、ジャコモ・ボナベントゥーラ……。FKも同様だ。本田は優れたプレースキッカーにもかかわらず、直接狙える位置のFKをいつも他の選手に譲ってきた。だからこそ本田は、自分でチャンスを作るしかなかったし、今回は見事にそれをモノにした。
このゴールのおかげで本田は、ミハイロビッチの構想の中で不動のレギュラーの座を得ることができた。長い目で見た本田の未来にどう影響してくるかは、まだ分からない。しかしそれでも、その効果のほどは試合後の関係者のコメントからも窺える。
アドリアーノ・ガッリアーニ副会長が「久々のゴールだったね。本田とジャック(ボナベントゥーラ)が中盤に素晴らしいバランスを与えてくれる。ブロンゼッティ(今年2月2日に亡くなった移籍コンサルタント)に感謝したい。彼が本田をミラン入りに決定的な存在だったんだ」と語れば、主将のリッカルド・モントリーボは「本田は信頼できる選手の一人だ。ボールが外に出ない限り、彼はいつも動いている。絶対的なタレントはないかもしれない。でも、こういう選手がいれば、チームは目標を達成できるんだ」とコメント。そして、ミハイロビッチは笑顔でこう言った。
「本田は素晴らしい試合をした。彼のためにも本当に嬉しい。かつてはブーイングを受けていたが、今は賞賛されている。ちょっと前に私は、“今のようなプレーを続けるなら、ずっと起用する”と約束したはずだ」
昨年12月20日のフロジノーネ戦後の約束を引き合いに出したミハイロビッチは、かなり満足げだった。
ちなみに、ミランのオフィシャルサイトには、本田のゴールを祝ってこんな言葉が載せられていた。
本田がゴールを決めれば、ミランは決して負けない――。
本田はここまでミランで10ゴールしており、その9試合の結果は8勝1分け。このジンクスが今後どこまで続くかはわからないが、間違いなく良いデータだろう。
文:マルコ・パソット(ガゼッタ・デッロ・スポルト紙)
翻訳:利根川晶子
【著者プロフィール】
Marco PASOTTO(マルコ・パソット)/1972年2月20日、トリノ生まれ。95年から『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙で執筆活動を始める。2002年から8年間ウディネーゼを追い、10年より番記者としてミランに密着。ミランとともにある人生を送っている。
しかし、どこかで見たようなストーリーだ。それもそもはず、すでにこの物語はシーズン3に突入している。そしてこのドラマは毎回、ほぼ同じ流れだ。
最初は監督をなかなか納得させることができず、不遇の時期が続く。しかし、それでも忍耐強く練習を続けるうちに、信頼を勝ち取っていく。クラレンス・セードルフしかり、フィリッポ・インザーギしかり、そして今のシニシャ・ミハイロビッチしかり。
いつもこんな流れなのは、ライバルの存在以上に、この「HONDA車」がディーゼルエンジンだからかもしれない。つまり、力を発揮するまでに時間がかかってしまう。しかし、一度温まってしまえば、突如として高い性能を発揮しはじめるのだ。
率直に言って、11試合連続でベンチスタートだった頃(9月下旬から12月中旬)、本田がミランの主役に返り咲くと予想する者は、一人もいなかった。それどころか、監督やクラブ方針を非難した10月の爆弾発言のあとは、もう「完全に終わり」だとさえ思われていた。
ミハイロビッチの目に本田の姿はほとんど映っておらず、彼の中の選手ヒエラルキーで背番号10は最下位。試合終盤にたまに起用しても、満足のいくパフォーマンスを見せることはなかった。
しかし、覚えているだろうか。この“暗黒の時期”でも、私はこのコラムでこう主張し続けてきた。それでも本田は今の状況を覆せる根気を、必ずまた信頼を取り戻せる能力を持っている、つまり主役に返り咲くことができる――と。
だからこそ、周囲がどんなに騒いでも、私は本田が1月に退団しないと信じていたし、実際にそう主張してきた。この夏に向けては、残留よりも退団の可能性のほうが高いと言われているが、それはまた別の話だ。シーズン終了までの残り3か月間は、落ち着いてプレーできるだろう。
とにかく、今は誰もが本田に夢中だ。2月14日のジェノア戦は、誰がどう見てもマン・オブ・ザ・マッチだった。試合後、ミハイロビッチはテレビカメラや記者の前でもその喜びを隠さなかったし、ほんの2か月前には本田がボールを触る度、交代を告げられてピッチを後にする度にブーイングをしていたサン・シーロの観衆も(とくに年始ので降り注いだブーイングは、ミランの歴史の中でもっとも酷いレベルのものだったと言われた)、彼に惜しみない拍手を送った。
当然だ。ジェノア戦の勝利は、全て彼がもたらしたと言っても過言ではない。5分のカルロス・バッカの先制点は、本田が放ったシュートで得たCKの流れから生まれており、左足で上げたそのクロスは実質的なアシストだった。そして、64分の本田自身のゴール。この3つのプレーがなければ、ミランがジェノアに勝利(2-1)できたか分からない。
それにしても、本田の喜び方はちょっと変わっていた。先制点の場面ではピッチの反対側まで走ってバッカをハグしたというのに、自身の今シーズンのセリエA初ゴールの時はもっとずっと控えめだった。
しかし、ボールがゴールネットを揺らした瞬間は、本田も感動したことだろう。なにしろセリエAでは16か月ぶり、実に55試合(出場試合のみなら42試合)ぶりのゴールだったし、見事なミドルシュートだった。実際、待望のゴールを決めた本田の表情は、安堵と解放感に溢れていた。
ゴール後に本田は、胸に縫い付けられたクラブ・エンブレムに口づけをしていた。この意味を3ワードで表わすとすれば、ミランへの「愛情」、「帰属意識」、そして「感謝」といったところだろう。
実際、このゴールは好調を維持する本田の最終的な仕上げでもあった。イタリアではこれを「ケーキの上のさくらんぼ」と呼ぶ。
新年を迎えて以降の本田は、たとえゴールを奪えなくても、献身的なディフェンスなどその他のプレーでミハイロビッチを納得させていた。そのうえでゴールまで決めたのだから、監督により良いイメージを与えるどころか、完璧に信頼を得ることができるだろう。
だからこそ本田は、何が何でもゴールを決めたかったはずだ。そうでなければ、あんな距離(ゴールまで約35メートル)からミドルシュートを狙わないだろう。
本田はよい左足を持っているが、これまでミランでシュートを打ってきたのは、いつも他の選手だった。バッカ、エムバイ・ニアング、マリオ・バロテッリ、ジャコモ・ボナベントゥーラ……。FKも同様だ。本田は優れたプレースキッカーにもかかわらず、直接狙える位置のFKをいつも他の選手に譲ってきた。だからこそ本田は、自分でチャンスを作るしかなかったし、今回は見事にそれをモノにした。
このゴールのおかげで本田は、ミハイロビッチの構想の中で不動のレギュラーの座を得ることができた。長い目で見た本田の未来にどう影響してくるかは、まだ分からない。しかしそれでも、その効果のほどは試合後の関係者のコメントからも窺える。
アドリアーノ・ガッリアーニ副会長が「久々のゴールだったね。本田とジャック(ボナベントゥーラ)が中盤に素晴らしいバランスを与えてくれる。ブロンゼッティ(今年2月2日に亡くなった移籍コンサルタント)に感謝したい。彼が本田をミラン入りに決定的な存在だったんだ」と語れば、主将のリッカルド・モントリーボは「本田は信頼できる選手の一人だ。ボールが外に出ない限り、彼はいつも動いている。絶対的なタレントはないかもしれない。でも、こういう選手がいれば、チームは目標を達成できるんだ」とコメント。そして、ミハイロビッチは笑顔でこう言った。
「本田は素晴らしい試合をした。彼のためにも本当に嬉しい。かつてはブーイングを受けていたが、今は賞賛されている。ちょっと前に私は、“今のようなプレーを続けるなら、ずっと起用する”と約束したはずだ」
昨年12月20日のフロジノーネ戦後の約束を引き合いに出したミハイロビッチは、かなり満足げだった。
ちなみに、ミランのオフィシャルサイトには、本田のゴールを祝ってこんな言葉が載せられていた。
本田がゴールを決めれば、ミランは決して負けない――。
本田はここまでミランで10ゴールしており、その9試合の結果は8勝1分け。このジンクスが今後どこまで続くかはわからないが、間違いなく良いデータだろう。
文:マルコ・パソット(ガゼッタ・デッロ・スポルト紙)
翻訳:利根川晶子
【著者プロフィール】
Marco PASOTTO(マルコ・パソット)/1972年2月20日、トリノ生まれ。95年から『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙で執筆活動を始める。2002年から8年間ウディネーゼを追い、10年より番記者としてミランに密着。ミランとともにある人生を送っている。