40人に3人はLGBT当事者


週刊ダイヤモンドが「国内市場5.7兆円 LGBT市場を攻略せよ!」という特集を組んで「LGBT」という言葉がにわかに注目され始めたのが2012年。今年の6月にはアメリカの最高裁が同性婚を認めたり、日本でも東京の渋谷区や世田谷区が同性のパートナーシップを認めたりと、LGBTを取り巻く環境も大幅に変わってきた。

まだLGBTという言葉に馴染みのない人のために簡単におさらいをすると、LGBTとはレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字を取った言葉で、性的少数者のことを言う。

電通ダイバーシティー・ラボの2015年の調査によると、人口におけるLGBTの比率は7.6%で、市場規模も約5.9兆円とビジネス上でも無視のできない属性となっており、ダイヤモンドオンラインや東洋経済オンラインなどのビジネス媒体でもLGBT特集が目につくようになってきた。

そうなると企業経営者や人事担当者にとって気になるのが、会社としてLGBTにどう向き合っていくかということだ。統計的にいえば40人いるオフィスなら3人はLGBT当事者ということになるのだから、マーケティングの話だけではすまされない。

LGBTというだけで解雇も



とはいえ労務におけるLGBT問題は日本においては比較的新しい話題で、各企業も対応に苦慮している。

「企業の人事の方とお話をしていると、職場に関してのLGBTの本はないのですか、と聞かれることがよくありました」

そう話すのは先に『職場のLGBT読本:ありのままで働ける環境を目指して』(実務教育出版社)を出版したLGBT支援NPO法人グッド・エイジング・エールズの柳沢正和さんだ。

同書ではLGBTに関する基本的な知識から、1,815名(1,290名の当事者と495名の非当事者)への大規模な職場環境アンケートの結果や企業の取り組みの最新事例やその担当者へのインタビューが掲載されている。

もちろん性的指向によって差別が行われてはいけないというのは当然だが、実際には当事者はカミングアウトできず相当苦しんでいたり、カミングアウトした後に差別的言動に苦しめられたりしている。なかには「机やロッカーに虫の死骸を置かれた」というような程度の低いいじめに合ったことのある人や「解雇するか迷ったが、そのまま雇ってあげるのだから、人一倍頑張って」ということを言われたり、ひどい場合には実際に解雇されてしまうケースもあるという。

何気ない一言がLGBTを傷つける


勿論そういった極端なケースは一刻も早く根絶しなければいけないが、悪気のない言葉が気付かぬ内に同僚を苦しめているケースもある。

たとえば当事者にとっては「付き合っている人いるの?」とか「好きな芸能人は誰?」という何気ない日常会話が苦痛になることもある。カミングアウトできずに苦しんでいる人に取っては、性的指向が明らかになりかねない質問だ。しかし悪気のないこうした会話の潤滑油のような質問も迂闊にしてはいけないのだろうか?

「子ども生まないの? と女性に聞くのと同じだと思うんです。以前は誰も気にすることなくされていた質問でも、その質問によって苦しめられる人が大勢いるというのが明らかになっているのなら避けたほうがいいのではないでしょうか。特に職場ではわざわざ聞かなくてもいい質問なのではないかと思います。苦しんでいる人がいるというのを気にかけてあげる思いやりを持って頂けると嬉しいです」

大企業でもあるLGBT差別


では同僚レベルではなく、会社としての取り組みはどうなっているのだろうか?

「LGBTに関する勉強会を行ったり、LGBTフレンドリーを打ち出す企業も出てきていますが、全体としてはまだまだ始まったばかりです」

本書でも日本IBM、ゴールドマン・サックス、野村證券、大阪ガスなどLGBT問題に積極的に取り組んでいる企業の事例が紹介されているが、そういった企業は総じてポリティカル・コレクトネス(PC)意識が高い傾向にあるが、それ以外の企業でゼロから始めていくのは難しくはないのだろうか?

「確かに外資系の場合はすでにグローバルで施策を導入済みで 、日本では降りてきたポリシーを実践するだけでハードルが高くない傾向があります。ただ大企業だからといってLGBTフレンドリーとは限りません。ある人気の大企業で、新卒入社の社員が配属になった生産工場でひどい差別があって、辞めざるをえなくなったケースもあります。他方中小企業で、積極的に取り組んでいるところもあります。一般的な傾向としては、女性や外国人など他のセグメントでの多様化が進んでいる東京などの大都市部ではLGBTへの許容度も高いのですが、地方にはLGBTという言葉も知らない人も多く理解が進んでいないところが多いようです。企業の規模よりも地方格差の方が大きいかも知れません」

支援するなら意思表明を


また柳沢さんによれば、大企業でも経営陣や人事のトップを巻き込んで取り組んでいるところはまだほとんどないという。当事者や関心のある人のいる部署で少しずつ支援が拡大していっている状況のようだ。実際には当事者の周りから少しずつ理解が深まっていくことも多いという。

「とにかく始めにLGBTのことを正しく知って欲しいと思います。たとえばゲイだからといって女装しているわけではないという基本的なところも含めて。その上で、LGBTであることを気にしないとか、支援するという態度を表明してもらえると嬉しいです」

そのようにLGBTの支援を表明する人は「アライ」と呼ばれる。「アライ(ally)」とは協力者を意味する英語で、LGBTが臆することなく普通に生活するためのキーになる。

「仮に当事者が5%だとすると、95%が非当事者ということになります。この人たちが世の中が変わるように思ってくれないと、何も実現しません。そしてその一歩がアライであることを口に出すことなんです」

自分では常にリベラルな態度を撮り続けており、LGBTに対してもフレンドリーであることは明白であると自負しているような人でも、口に出していない場合は当事者からLGBTに対して友好的な人だとは思わないはずだと柳沢さんはいう。彼らがそれまでの生活で受けてきた差別や攻撃があまりにも強かったため、人は基本的にはLGBTに敵対的だというのをデフォルトに考えて生きるようになってしまっているのだ。

しかし聞かれもしないのに「僕はLGBTフレンドリーです!」とやぶから棒に職場で宣言するのもハードルが高い。自らがLGBTに対して偏見を持っていないことをどのように表明すればいいのだろうか?

「たとえばレインボー・シールを自分のパソコンに貼っておいたり、Facebookのプロフィールの画像をレインボー加工したりするなどの方法があります。とにかく気にしていないということを発信し続けて意思表明して欲しいですね」

そうしたシールや企業向けの研修に関心があるという人は、グッド・エイジング・エールズやNPO法人虹色ダイバーシティなどのようなNPO法人に問い合わせると相談に乗ってくれるという。


差別のない職場は非当事者も勤続意欲が高い


LGBTを許容するということは、多様性を許容するということに他ならない。育児しながら働き続ける女性や外国人を受け入れるのと本質的には変わらない。ただたまたま性的指向(決して「嗜好」ではない)が人と違うというだけだ。

「なかにはことさらにLGBTを持ち上げる報道もありますが、当事者には優秀な人もいれば、そうでない人もいます。ストレートの人と一緒です。ただこれまで多くの企業はLGBTをどのように扱っていいかわからず、腫れ物扱いやお荷物扱いしてきました。そうした差別がなくなるように、5%の当事者は95%の非当事者が声を上げてくれることを待っています」

同書にも掲載されている調査によると、ダイバーシティ意識が高い職場では当事者のみならず、非当事者の勤続意欲も高い。またLGBTに対する差別的言動がない職場の方が非当事者の中でも勤労意欲が高い。


1986年に男女雇用機会均等法が施行されてから、産休育休の制度が整備されたり、セクシャル・ハラスメントに対する意識が高まるなど、道半ばとはいえ女性が働きやすい職場環境が少しずつ整いつつある。

同様に、そろそろ企業も現前するLGBTから目を背けるのではなく、正面から取り組んでいかなければいけない時期が来ているのではないだろうか。
(鶴賀太郎)