「10分カット」を可能にする独自の研修方法とは何か?(記者撮影)

「値上げの春」が食品・外食などさまざまな業界に訪れている。負担増による客離れも懸念される中、順調な滑り出しを見せている企業がある。ヘアカット専門店で業界最大手のキュービーネットホールディングスだ。パーマもカラーリングもシャンプーもない、ヘアカット専門店のパイオニアであり、北海道から沖縄まで全国560店以上を展開している。

2月1日、同社は、カット料金を税込み1080円から1200円へと引き上げた。当初は、 2月から6月の客数(既存店)が値上げをしなかった場合に比べて6%減ると予想された。が、ふたを開けてみると、客数は2月、3月とも同2%減にとどまり、値上げの影響は限定的だった。

「10分カット」を売り文句に快走を続けるQBハウスの強さの秘密とは何なのか。それを探るべく、3月某日、東京・渋谷にあるキュービーネット本社の一室を訪れた。

すると10人ほどの若手社員が鏡とマネキンの前で、一心不乱にはさみを動かしていた。ここは同社独自のスタイリスト研修施設、「LogiThcut (ロジスカット)」東京校だ。

あえて客の選択肢を絞る

未経験者や専門学校の卒業生だけでなく、ブランクのある元・理美容師に、カットや接客の技術を指導、6カ月でスタイリストとして店頭デビューさせることを掲げている。「研修生が自分で答えを導き出せるように、論理的な考え方(Logical Thinking)を教えている」(トレーナーの高松耕二さん)。研修中も正社員として月給(東京では18.8万円)と残業手当などが支払われる。東京校だけでなく、大阪、名古屋、福岡にも、研修拠点は存在する。

一般的な理美容室では、客の髪型について、「耳周りはどうしましょうか?」などとじっくりカウンセリングをする。だが、ロジスカットで学んだQBハウスのスタイリストは、「耳は出しますか?出しませんか?」と尋ねる。選択肢を2つに絞ることで客を迷わせず、要望を的確に把握しながら短時間でカウンセリングを終えられるのだ。

カットの仕方にも、10分カットの秘訣がある。研修を担う江藤貴祥・事業推進室長は、「個人差の大きい頭の形を正確にとらえて切ることで、ムダな手間を徹底的に省く」と説明する。「(1995年末にキュービーネットが設立されて以来)23年間積み重ねてきた考え方だ。なかなか他社は盗めない」(江藤氏)。実際、同社ほどの規模で、研修事業を展開するライバルはいまだ存在しない。

「もう一度、はさみを握りたい」。研修生の吉田健太郎さん(29)は4年前まで別の美容室で6年間勤務していたが、シャンプーなど連日の水仕事による深刻な手荒れに苦しみ転職。専門商社の営業マンとして働くものの、カットが好きという思いを忘れられず、ロジスカットの門をたたいた。「経験者とはいえブランクがある。いきなり現場に出る自信はなかった」という。研修生の半数ほどがスタイリスト経験者だが、未経験者と同じ研修を受ける。

齊藤謙介さん(22)は美容室でアシスタントとして働いていたが、やはり水仕事による手荒れに悩まされた。そこでシャンプーの仕事がないQBハウスを選択。「美容室での研修は営業時間外の朝か夜のみだが、QBなら1日8時間みっちりできる」(齊藤さん)。


美容師の育成のためQBハウスも躍起だ(記者撮影)

一般的な美容室の場合、スタイリストとしてデビューするまでには2年間以上。一方のロジスカットでは、すきばさみを使ったセニングからバリカンワーク、ソフトモヒカンといった基礎から応用までを、4分の1の6カ月間、約1152時間で学びあげる。その分、日々の研修はハードだ。研修2カ月目の吉田さんは、「とくにショートカットの場合は、少し切っただけで大きく印象が変わるため難易度が高い」と吐露する。

毎年100人ほどの研修生がロジスカットを卒業し店頭に立つ。途中で挫折するケースもあるとはいえ、入校者の90%以上が卒業しているという。

値上げを原資に研修をテコ入れ

キュービーネットは、今回のカット値上げによる増収分を原資に、この独自の研修事業に磨きをかける方針だ。ロジスカットを卒業して店舗で働くスタイリスト向けに、“学び直し”の機会を今年から増やした。「技術水準はまだ上げられる」(江藤氏)。

松本修・取締役管理本部長によると、「時期は未定だが、仙台や北海道で新校舎を検討中」だという。値上げ後の2カ月を何とか乗り切ったキュービーネット。理美容業界の革命児は顧客の心を今後もつかみ続けられるか。ロジスカットの規模を拡大しながら、継続的に人材の質を高めることが求められる。