斉藤章佳(精神保健福祉士、社会福祉士)

 「痴漢常習者の中には、より難易度の高い環境で問題行動を成功させることに達成感や優越感を抱き、さらに耽溺(たんでき)していく人がいる」。これは、ある痴漢常習者、いわゆる痴漢依存症当事者の発言である。

 確かに、多くの痴漢依存症者と関わっていると、この発想にはうなずけるところもある。依存症の分類の中でも、その行為に耽溺する「行為依存(プロセス依存)」のメカニズムを考えると、その特徴は「反復的」「衝動的」「強迫的」「貪欲的」「有害的」「自我親和的」「行為のエスカレーション」という七つの特徴があり、防犯カメラの監視機能を凌駕(りょうが)するであろう、さまざまな要素を兼ね備えている。

 痴漢行為が始まって間もないころや初犯のケースの場合、つまり、まだ常習化してない段階では、罰や監視は非常に有効なアプローチであると考えられる。しかし、一方でクレプトマニア(常習的な窃盗行動)同様、罰や監視が本人の問題行動をより亢進(こうしん)するという側面がある。

 つまり、ある種のゲーム性やレジャー感覚をその痴漢行為に求めているものにとって、その対象行為は「ロールプレーイングゲーム」にたとえられ、より困難な環境で問題行動を成功させることでレベルアップしていくという罠にハマっていく。

 中には、手帳に正の字を書くなど「痴漢日記」を毎日つけている勤勉な痴漢もいるぐらいだ。そう、彼らは異常なほど勤勉なのだ。刑務所でも模範囚である。

 では、ここで話を戻すと、今回のテーマである「痴漢の再犯防止に防犯カメラは効果があるのか」という問いに、何らかの答えを出さなければならない。筆者の見解としては、再犯防止に最も効果があるのは治療、つまりエビデンスに基づいた行動変容のための再発防止プログラムである。それについて、ここで治療の全容を書くほどの紙面はないため、筆者が昨年8月に出版した『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)を参照にしていただきたい。 ただ、いくら効果的な治療を行っても、痴漢を繰り返す人の実態を知らなければ、具体的な対策を採ることができない。では、彼らの実態とはいかなるものなのだろうか。

 筆者が勤めるクリニックに、常習的な痴漢問題で受診する人が年々増加している。また、彼らが痴漢行為を始めてから専門治療につながるまでの平均期間は約8年である。その間、彼らは毎日の通勤電車で痴漢行為を繰り返す。単純計算しても、数千人単位の被害者を出していることになる。

 そして、驚くべきことに、受診者で最も多い階層は、四大卒で家庭があるサラリーマンである。つまり、痴漢を繰り返す人は見た目ではわからない、ごく普通に社会生活を送っている男性ということになる。もしかしたら、その人はあなたの職場にもいるかもしれない。

 では、彼らはなぜ痴漢になっていくのだろうか。ここで「なっていく」と表現したのは、彼らは最初から痴漢として生まれてくるわけではない。つまり、先天的、遺伝的要因ではないのだ。

 また、「将来の夢は痴漢です」と答える人がいないように、痴漢になりたいと思って生きているわけではない。彼らは、この日本社会の中で痴漢になっていくのだ。

 つまり、環境やライフスタイルへの適応行動としての痴漢という側面がある。痴漢は学習された行動である。

 最近のケースで、数年前に海外から日本に派遣されてきたあるエンジニアが、「日本に来て痴漢になった」と診察場面で言っていた。母国では満員電車も無いが、痴漢を含む性犯罪をした経歴も無い。 彼は、日本のライフスタイルに適応するプロセスで「CHIKAN」になったのである。当クリニックにたどり着いたころには、既に常習化しており、執行猶予期間中の再犯であった。

 痴漢たちは自らの問題行動を繰り返すために、現実を都合よく歪(ゆが)めて捉えている。これを私たちは「認知の歪み」と呼んでいる。この認知の歪みには多種多様なものがあり、それを私は「痴漢神話」という形でまとめているため、その一部を紹介する。

 ]出の多い服を着ている女性は痴漢されたい(されても仕方ない)人である(女性の性的挑発)。

◆〆能蕕老がる女性が多いが、痴漢されているうちに多くの女性は気持ちよくなってくるものだ(願望の投影)。

 ちょっと触れるぐらいなら気づかれていないし、もっとひどいことをやっている奴はたくさんいる(比較による過小評価)。

ぁ,海舛蕕鬟船薀船藐ている女性は、もしかしたら痴漢されたいと思っているのではないか(自己の願望の投影)。

ァ―性は無意識のうちに痴漢されたいという願望を持っている(女性の被痴漢願望への過度な期待)。

Α]出の多い女性は性欲が強いはずだ(偏った決め付け)。

А〃笋多い(寝ている・飲酒・終電など)女性は触られても仕方がない(自己責任論)。

─〆週も1週間仕事を頑張ったから、自分は痴漢しても許される(自己報酬型)。

 こんなに惨めな気分になったのは全て女性のせいだ。だから痴漢をしても許される(被害妄想的仕返し)。

 女性は男性から痴漢されることで性的満足を得るものである(暴力的な性の容認)。

 痴漢の事件の中にも、美人局(つつもたせ)のように捏造したものもあるから、少しぐらい痴漢しても許される(すり替え)。

 相手から近づいてきたから痴漢してもいいだろう(加害者のパーソナルスペースの歪み)。

 痴漢の多い埼京線だから、やってもいいだろう(環境への責任転嫁)。

 まだ目標人数に達していないから、もう一人ぐらい触ってもいいだろう(ノルマ的思考)。

 10人に1人は痴漢されることを望んでいるのではないか(確率的思考)。

亜ー分も被害にあったことがあるから、時々痴漢してしまうことは仕方ない(加害者における被害者感情)。

院〆覆箸録鑛セックスレスだから、痴漢に走っても仕方がない(妻への責任転嫁)。

押.好ぅ奪舛入り、気づいたら触ってしまっていた(脳の不随意運動)。

魁 崔坿舛枠蛤瓩任后廚箸いΕ櫂好拭爾鮓て、自分のやっていることは少し触るだけで痴漢ではないから犯罪ではない。

粥―性専用車両に乗っていない女性は、痴漢されたいと思っている(願望の投影)。

 いかがだろうか。この病理の一端が垣間見える。

 何度も言うが、彼らはこのように現実を自分の都合よく捉えながら痴漢行為を繰り返す。彼らの頭の中には、怖くて抵抗できない、恐怖で身動きできない女性は痴漢「OK」のサインである。体を震わせていれば感じていると捉え、ふらついて近くにきたら自分から体をすり寄せてきたと捉え、にらんできたらアイコンタクトと捉えるような歪んだ認知である。

 また、痴漢常習者は被害者について、よく勉強をしている。つまり、おとなしそうで泣き寝入りしそうな人を選び、多少痴漢をしても相手が被害を訴えることは稀で、通報するのも10人に1人ぐらいであるという警察庁の調査「電車内の痴漢防止に係る研究会の報告書」(2011)も頭に入っている。

 また、仮に逮捕されたとしても、初犯で容疑が「迷惑防止条例違反」の場合、実刑になることはなく、刑事事件に強い弁護士に頼めば示談にすることも可能だ。法律や刑事手続きについても熟知しているし、情報収集に余念が無い。ということから、実は常習者の場合、痴漢で人生が終わるわけではないのである。

 ここまで、痴漢常習者の頭の中について、その一端を見てきた。果たして、彼らは防犯カメラ設置で、その「生きがい」ともいえる問題行動をやめることができるだろうか。

 仮に、専門治療以外のハード面で痴漢の再犯防止を考えるのなら、防犯カメラの設置だけでなく、被害を訴えやすいようにするためのアプリを活用した防犯ブザーや、満員電車解消のための日本人の働き方改革を考えたほうが現実的である。特に後者は、サラリーマンの出勤時間を変えることで企業側に何らかのインセンティブを与えることができれば、メンタルヘルスにもいいのではないだろうか。 痴漢問題に対して、私たちができることはその正確な実態を理解することだ。痴漢問題を社会問題と捉え直し、他人事(ひとごと)ではなく自分事であると一人ひとりが当事者性を持つことこそ、今必要なことであると考えている。

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