JR東海は10月24日、8両編成の「N700S」の確認試験車を報道陣に公開した(撮影:尾形文繁)

「以前は計測されたデータが紙で出てきた。乗車するスタッフもずっと多かった。時代が大きく変わりましたね」と、JR東海(東海旅客鉄道)の技術スタッフが昔を振り返った。

JR東海の新型新幹線「N700S」確認試験車が10月24日、同社の浜松工場で報道陣に公開された。N700Sは2020年度に営業運転を開始する予定だ。その前に試験走行を行って量産化に必要なデータを収集するのが今年3月、一足先にデビューした確認試験車の役割だ。


N700Sの確認試験車の車内。パンタグラフの集電性能や走行安全性を測定する(撮影:尾形文繁)

営業用車両と違い、この列車には走行安全性や集電性能を測定する検査機器が設置されている。センサーが車輪にかかる荷重や圧力を測定し、車輪の状態を車内の機器で解析する。データはモニターに映し出されるが、この日、それを見ているスタッフは1人だけだった。昔のように大掛かりではなくなったが、新しい列車が新しい区間を安全に走るためには欠かせない作業だ。

さまざまな編成で運行が可能に

パンタグラフの集電性能を大幅に高めたのもN700Sの特徴の1つだ。確認試験車ではカメラやセンサーを使ってパンタグラフと架線の接触状況をチェックする。東海道新幹線では1編成当たり2つのパンタグラフを使って架線から電気を取り入れているが、集電性能の向上により1つにできれば、パンタグラフが発する摩擦音や風切り音が半減し、騒音問題の改善につながる。

走行安全性も集電性能も重要な改善だが、利用者の目には見えにくい。しかし、N700Sにはずっとわかりやすい特徴がある。本来の16両編成から基本設計を変更することなく6両、8両、12両といった短い編成にすることが可能なのだ。この日登場したN700Sも8両編成だ。


16両編成を8両編成としたため、9号車の隣は6号車となっている(撮影:尾形文繁)

従来の新幹線では中間車両の外観は同じに見えるが、床下に配置されているインバーター・コンバーター、変圧器などの組み合わせは車両によってまったく違う。しかし、N700Sでは床下機器の小型化が進み、機器配置の柔軟性が高くなったことで、床下機器の配置による中間車両の違いは従来の6種類から2種類へと大幅に減った。そのため、N700Sは基本設計を変更しなくても、6両、8両、12両などさまざまな編成で運行することが可能となった。


九州新幹線の「さくら」はN700系の8両編成(撮影:梅谷秀司)

JR西日本やJR九州の区間では8両編成のN700系や「700系」が走っているが、これらは床下機器配置などについて設計変更が行われている。加えて、JR西日本区間では8両編成の「500系」も走っているが、これは1997年のデビュー当時16両編成だった車両を改造したものだ。両社がこれらの列車を将来、新型車両に置き換える場合、基本設計の変更が必要ないN700Sなら、その分だけ開発コストを節約できるというメリットがある。

では、JR東海のメリットは何か。新幹線鉄道事業本部の上野雅之副本部長は「東海道新幹線がさまざまな編成に対応する必要性はある」と述べたが、東海道区間を8両編成や12両編成の列車が走る可能性については、「現在のお客様のご利用状況を見るとまったく考えられない」と断言した。

確かに現在16両編成で走っている東海道新幹線に8両編成の列車が入ってきたら、混雑度が増してしまう。リニア中央新幹線が開業する2027年以降であれば、リニアへのシフトで東海道新幹線の利用者が減り、短い編成を導入する必要性が出てくるかもしれないが、ずっと先の話だ。

ドクターイエローの開発が容易に

ただ、上野氏は「ドクターイエローは7両編成だ」と語り、ドクターイエローの次期車両がN700Sをベースに開発される可能性に含みを残した。


JR東海のドクターイエローは7両編成。デビューから18年が経過(撮影:尾形文繁)

線路の歪みや架線の状態などを測定しながら走行する事業用車両のドクターイエローは、16両編成の700系をベースとして開発され、2001年にデビュー。正式名称は新幹線電気軌道総合試験車という。700系は2019年度末までに東海道新幹線から引退するが、「ドクターイエローはその後も引き続き運行を続ける」と、JR東海は表明している。

とはいえ、製造から20年以上経てばいずれ引退は免れない。最近ではJR九州のように新幹線の営業車両に測定機器を搭載して架線や線路の状態をチェックする手法もある。効率面を考慮すれば、次期車両を製造せず営業車両に行わせるという見方もできる。この点について上野氏は「まだ検討段階であり、製造するかしないかも決まっていない」としながらも、「700系を7両化したときと比べ、容易に開発できる技術をN700Sは確立した」と胸を張る。


東洋経済オンライン「鉄道最前線」は、鉄道にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら。

このほかにもJR東海のメリットとして、「当社が技術協力しているアメリカ・テキサス州の高速鉄道計画は8両編成、また台湾の高速鉄道は12両編成であり、N700Sをベースにすれば開発が容易になる」と上野氏は話す。


台湾新幹線「700T」は700系をベースに開発された(記者撮影)

特に台湾で高速鉄道を運営する台湾高速鉄路は2016年の延伸後、車両数が不足気味だ。当初は4編成の製造オプション契約を持つ川崎重工業に発注するとみられていたが、キャンセルとなってしまった。その理由はいくつかあるが、中には700系をベースに開発した台湾新幹線「700T」の価格が、開発費用が含まれている分だけ700系に比べて割高だったこともある。

その後、国際入札による調達に方針が変わり、現在は諸条件を詰めている段階だ。台湾高鉄の担当者は「現在、当社として公表できるものは何もない」と述べるにとどまるが、現地報道によると2024年までに8編成、その後に4編成の計12編成を調達するという案が検討されているもようだ。

現在、台湾を走る高速鉄道車両はすべて日本製だけに、日本としては新たな車両も絶対にものにしたい。700系と違い12両化への基本設計が不要なN700Sはその分だけコスト面での不安要素が減ったことになる。

工場内の移動が容易に?

N700Sの特徴はほかにも数多くある。この日公開されたのは列車に搭載された小型・大容量のリチウムイオン電池。地震発生などによる長時間の停電時に、バッテリー駆動でトンネルや橋梁から自力で脱出できるシステムを高速列車では世界で初めて搭載した。「駅から駅へ移動するのは無理だが、トンネルを抜け出して近くの安全な場所まで移動するくらいの距離は走れる」とJR東海の技術開発担当者は説明する。


N700Sに搭載されたリチウムイオン電池(撮影:尾形文繁)

また、このシステムを車両の検査や整備作業時に活用することも検討中。パンタグラフから電気を取り入れたり、作業用車両に牽引されたりすることなく、自力で工場内を移動できるのであれば、作業の効率化にも貢献するだろう。

「バッテリー自走システムを搭載できるようになったのは、床下機器を小型化したことで新技術を搭載するスペースができたためだ」と、JR東海の担当者は明かす。また、「中間車両の種類が減ったことで量産時のコスト低減も期待できる」という。これらを総合して考えると、短い編成が可能になったことよりも、新技術の搭載や量産効果、作業の効率化といった点においてJR東海自身のメリットは大きそうだ。

外観こそ現在のN700系とさほど変わらないが、数多くの特徴を備えたN700S。はたして海外でその勇姿を見ることはできるだろうか。