日本大学の宮川泰介選手は300人を超える報道陣に囲まれ深々と頭を下げた(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

「ついに」と言うべきか、「ようやく」と言うべきか。

5月6日に行われたアメリカンフットボールの日本大学と関西学院大学の定期戦で起きた騒動に、大きな進展がありました。関学大の選手に悪質なタックルを仕掛けて負傷させた日大の選手が、都内の記者クラブで記者会見を開いたのです。

この会見で、日大の監督やコーチが、「1プレー目で相手のクォーターバックをつぶすのなら出してやる」「ケガをして秋の試合に出られなかったら、こっちの得だろう」「できませんでは済まされないぞ」「日本代表に行くな」などの発言をしていたことが明らかになりました。

監督、コーチとしての指示というより、強制的な命令であり、絶対服従。パワハラのレベルを超えて、脅迫に近い怖さを感じた人も少なくないでしょう。

すでに、反則行為に至る経緯や、それが監督、コーチの指示だったことなどは報じられているため、ここでは詳細は省き、会見の当事者と取材者の是非をつづっていきます。

スポーツマンらしい勇気と全力の謝罪

日本記者クラブに集まった報道陣は実に358人。大谷翔平選手がメジャーリーグ挑戦会見を開いたときの255人を大幅に上回りました。しかし、騒動が大きくなっているため見落としがちですが、今回の件は学生スポーツの中で起きたこと。しかも大きな大会ではなく、定期戦での出来事でした。「本来守られるべき存在である学生が、矢面に立たなければいけない」という点に異様さを感じてしまいます。

「20歳の学生に無数のフラッシュが浴びせられる」という酷な状況に、名前と顔を明かして臨み、答えられるすべてのことを話した宮川泰介選手は、これで一定の許しを得られるのではないでしょうか。

少なくとも、「すべて私の責任です」とざっくり話しただけで、「(指示があったかは)ここでは控えさせていただきます」と語らなかった内田正人監督と比べると、印象の差は一目瞭然。傷害罪としての責任を問われる可能性こそ残っていますが、相手選手が復帰間近なこともあり、被害者側と加害者側、双方の関係者が宮川選手を守るのではないでしょうか。

「非を正直に認める」のはクライシス・コミュニケーション(危機管理広報)の基本ですが、20歳の若者は、果敢にそれを完遂しました。世間から批判を受けたとしても、所属する大学や部を敵に回したとしても、「事実を明らかにした上で、自分の悪かった点を謝りたい」というスタンスを貫いたのです。

この点は「宮川選手の今後を守る上で、これがいちばんいい」とアドバイスしたであろう周囲の大人たちの判断力も光っていました。特に、「まだ学生である息子が謝罪会見の場にさらされる」、両親にとっては大きな決断だったことが推察されます。

「復帰は考えていない」と言い切った潔さ

また、話は変わりますが宮川選手は、先月の会見で山口達也さんが、「席がそこにあるなら、またTOKIOとしてやっていけたら」と漏らしたような、「今後の希望を語ってしまう」というミスもしませんでした。それどころか、「選手としての復帰は考えていない」と言い切る潔さを見せたのです。「勇気を出さなければいけない」「全力で謝りたい」というストレートな思いが、会見を見た人々の心を打ちました。相手の選手には気の毒ではあるものの、宮川選手がこのような心境になれたことで、「教育の一環としての学生スポーツ」という存在意義は、ギリギリのところで守られたのではないでしょうか。

それとは対照的に、疑問を抱かざるを得なかったのは、会見を取材したメディアの姿勢。

会見冒頭、弁護士が「まだ学生であるため、顔のアップは映さないように配慮してほしい」と要望したにもかかわらず、各番組は会見の大半をアップで映していました。芸能人ではなく、社会人でもない20歳の学生であることを踏まえると、これは過剰演出。司会者や弁護士を含む登壇者全員が映る引いたアングルなどでもできたはずだけに、各メディア横並びの無慈悲さが露呈されました。

もう1つ気になったのは、質問者たちの姿勢。「ミヤネ屋」(日本テレビ系)の中山正敏リポーター、「とくダネ!」(フジテレビ系)の伊藤利尋アナ、「スッキリ」(日本テレビ系)の大竹真リポーター、「NEWS ZERO」(日本テレビ系)の小正裕佳子キャスター、「プライムニュース」(フジテレビ系)の木村拓也アナ、読売テレビの春川正明解説委員長が順に質問し、その後も「ゴゴスマ」(TBS系)、「モーニングショー」(テレビ朝日系)、「ビビット」(TBS系)らの番組関係者が続きました。

いずれも常識や人間性を求められるテレビ局のスタッフなのですが、「会見を開いてくれてありがとうございます」と感謝しつつも、質問の内容は発言を誘導するようなものばかりだったのです。

今回の会見で宮川選手は、「これ以上話すことがない」と言ってもいいほど、詳細にわたる経緯を語りました。また、宮川選手が語ろうとしていたのは謝罪と事実であり、監督やコーチの問題点ではありません。

怒りや憎しみを引き出そうとするメディア

しかし、各局のスタッフたちは、「監督、コーチはそれだけ怖い存在だった?」「監督、コーチの指示は『つぶせ』という内容だった? やらなかったらやらなかったでフットボールをやれない状況が生まれていた?」「監督、コーチはどんな存在?」「監督、コーチに信頼はあった?」「監督、コーチから理不尽も多々あった?」

「部内で監督、コーチの責任という声はあがっていた?」「コーチは『できませんでは済まされないぞ。わかってるな?』そういうことを言う人物?」「いまだに監督が指示のことを言わない事態をどう思う?」「誠意ある謝罪をしようという空気は感じない?」と、監督やコーチに関することばかり執拗に聞き続けました。

各局のスタッフたちは、20歳の学生に「監督やコーチに対する怒りと憎しみを引き出そう」とする誘導的な質問を続けたのです。勇気を振り絞って経緯の詳細を語ったにも関わらず、「まだ足りない」「もっと決定的な言葉を引き出そう」と似た質問を浴びせ続けるのは、配慮に欠けるとともに、番組の都合を優先させているだけではないでしょうか。

このような質問ラッシュは、不祥事を起こした芸能人、ビジネスパーソン、政治家などを追い込みたいときの常とう手段。しかし、今回の相手は、保護者や学校から守られてしかるべき学生であり、すでに言えることはすべて言っていただけに、メディアが寄ってたかって拷問をしているように見えてしまったのです。

そのほかにも、「新監督や部のメンバーに伝えたいことは?」「(今後も)アメフトやったほうがいいんじゃないですか?」などと若者を試すような無神経な質問もありました。そんなメディアの悪意に引きずられず、「今は考えられません」「その立場にありません」と答え続けた宮川選手が立派に見えたほどです。

各局のスタッフたちが、「それが私たちの仕事」「これはジャーナリズム」と思っているとしたら、首をかしげざるを得ません。もし番組のプロデューサー(スポーツの監督に近い立場)やディレクター(コーチに近い立場)からの指示でこのような質問をしたのなら、程度の差こそあれ、「日大アメフト部の図式と似ているのではないか」とすら感じてしまいました。

関学大OBの有馬キャスターが見せた配慮

ただ一人、「TOKYO MX NEWS」のメインキャスターである有馬隼人さんは、ほかの人とは異なるスタンスでした。「最初に反則をしたプレーで、(プレー終了を伝える審判の)笛は聞こえていましたか?」と尋ね、宮川選手が「(相手の選手が)投げ終わっていたのは気づいていました(プレー終了は認識していた)」と答えると、落胆を隠さなかったのです。有馬さんは、「プレーが終わっていたということは、認識していたと……(言葉を飲み込んで)。わかりました。ありがとうございます」と質問を誰よりも早く終わらせました。

有馬さんは関学大アメフト部のOBであり、負傷した選手と同じクォーターバックの名選手でした。今も社会人リーグのチームでヘッドコーチを務めているだけに、宮川選手のことを最後まで信じていたのではないでしょうか。同じアメフトを愛する者だからこそ、「『故意にケガさせる』という一線は絶対に越えてはいけない」と責めたい気持ちもあったはずですが、学生であり、すでに拷問状態だった宮川選手をおもんぱかったのです。有馬さんの対応を見ても、「ほかのスタッフたちがいかに、無慈悲な上に意味が薄いことを繰り返していたか」がわかるのではないでしょうか。テレビ局に限らず各メディアのスタッフが今後、宮川選手を追いかけないことを願ってやみません。

まだわからないところはあるものの、今回の会見で、監督やコーチ、引いては学校に、体質的な問題があることが明らかになりました。会見での宮川選手の姿を見て、内田監督と井上コーチは、何を感じ、どんなファーストアクションをするのでしょうか。2人の合同会見があっても驚きませんが、多数の部員や大学にも関わることでもあり、先行きは不透明です。

当然ながら日大も、学校組織として、教育現場としての誠実な対応を問われるでしょう。実際、会見から数時間後、広報部が文書でコメントを発表しました。しかし、それは再び首をかしげざるを得ないものだったのです。

「誤解」「言葉足らず」日大広報部の苦しい釈明

「コーチから『1プレー目でクォーターバックをつぶせ』という言葉があったということは事実です。ただ、これは本学フットボール部においてゲーム前によく使う言葉で『最初のプレーから思い切って当たれ』という意味です。誤解を招いたとすれば、言葉足らずであったと心苦しく思います」「宮川選手と監督・コーチとのコミュニケーションが不足していたことにつきまして、反省いたしております」

誤解、言葉足らず、コミュニケーション不足……これらは謝罪文で最も使用してはいけない類のフレーズ。しかも一部のみを抽出し、それ以外のところでも宮川選手を追い詰めていたことに関して言及していません。

文書での中途半端な釈明に留めたことも含めて、日大に対する風当たりはますます強くなっていくでしょう。拙速な対応の数々を見る限り、クライシス・コミュニケーションの専門家がアドバイスしているとは思えないだけに、今後にも暗雲が垂れ込めています。

今回の騒動は少し目線を変えれば、「企業における社員の内部告発」に置き換えられるのではないでしょうか。ビジネスパーソンのみなさんにとっても、個人と組織、それぞれの責任の取り方を学ぶ機会とも言えるのです。