会見を子細に見ると立ち位置の違いが浮かんでくる(写真:ロイター/Kevin Lamarque)

4月18日未明に行われた安倍晋三首相と米国のドナルド・トランプ米国大統領の共同記者会見は、珍しく見ごたえがあった。ワーキングランチ終了から1時間余りたっての会見だった。この間、両国政府の担当者が首脳の冒頭発言を用意するとともに、記者からの質問に対する発言も用意する。その作業にいつも以上に時間がかかったのであろうか、記者会見は予定より遅れて始まった。

一般的にこの種の会見では首脳同士が成果を強調し会談の成功をアピールする。今回も官僚が用意したであろう冒頭発言は、互いに相手を褒め讃える美辞麗句であふれていた。しかし、カメラが流した二人の発言や表情、振る舞い方は、これまで「蜜月関係」を誇示していた安倍首相とトランプ大統領の間に変化が生じ、すき間風が吹き始めていることを物語っていた。

貿易問題では、お互いに相手を無視して自己主張

貿易問題についての両者の対立はすでに多くのメディアで報じられているとおりだ。そして会見での二人の発言を詳細に分析すると、正面衝突を避けるためか意識的に相手の言葉を無視し自己主張を繰り返している。

成果の一つであるはずの閣僚による新しい協議の開始について、安倍首相は「公正なルールに基づく自由で開かれたインド・太平洋地域の経済発展を実現するため」のものであると、「インド・太平洋地域」という言葉を繰り返した。二国間協議に持ち込みたくない安倍首相は、新しい協議の場が単に日米間の貿易不均衡解消のためだけではないということを前面に出したのだ。

トランプ大統領が「インド・太平洋地域」にまったく興味がないことは言うまでもない。安倍首相の発言を無視して、具体的な対日貿易赤字の数字を挙げたうえで「できれば遠くない将来によい合意に至ると思っている」と、早期に日米間でFTA(自由貿易協定)の合意にこぎつけたい意欲を見せた。

図らずも合意したはずの新しい協議の場について、二人が考えていることはまったく異なっていることが表面化した。したがって、協議開始後は議題や期限などを含め綱引きが展開されることは間違いないだろう。

会見中のトランプ大統領の振る舞いの変化も興味深かった。北朝鮮問題に言及するときは用意された紙を慎重に読み上げたが、貿易問題になると背筋を伸ばし記者団の方に顔を上げて、「TPP(環太平洋経済連携協定)に戻ることはない」「二国間の貿易協定のほうがいい」「米国の労働者にとってもそのほうがいい」などと、滔々とよどみなく得意の身振りを交えながら自説を展開した。ここでも安倍首相の主張は完全に無視されていた。

日米の首脳が記者会見の場で貿易問題について対立することは珍しくない。少し古い話だが1993年4月に行われた宮澤喜一首相とビル・クリントン大統領の共同記者会見でも火花が散った。まずクリントン大統領が「分野ごとに(貿易赤字解消のために)どういう合意を目指すべきかで、首相との間に食い違いが残っている」と発言した。すると宮澤首相が「日米両国の経済繁栄は深い経済的相互依存関係にも続いており、自由貿易の原則に基づいた協力の精神によってこの関係を慈(いつく)しまなければならない。管理貿易や一方的措置の脅しによっては実現しない」と言い切ってしまった。知的で争うことを嫌う政治家として知られる宮澤氏にしては珍しくとげとげしい物言いだった。

後日、この発言の背景を聞く機会があった。宮澤さんは「普通、会見では対立点は出さないものです。しかし、クリントン大統領がそれを破ったのですよ」と語った。自分の息子ほど年齢が離れたクリントン大統領の言動に我慢ができなかったため説教めいた物言いでクリントン大統領をいさめたのだった。

北朝鮮問題で、安倍首相は「すり合わせ」を強調

もう一つの大きなテーマである北朝鮮の核・ミサイル問題と予定されている米朝首脳会談についてのやり取りも、一見すると外務省が強調しているとおり、「両者の意見は完全に一致した」ようだ。しかし、子細に見るとそう単純ではなさそうだ。

そもそも今回の首相訪米は、トランプ大統領が突然、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との首脳会談に応じることを決断したため、慌てた安倍首相が要請して実現したものだった。安倍首相にしてみればトランプ大統領が何を言い出すか不安でならない。米国の安全だけを考えて、北朝鮮が示すICBM(大陸間弾道弾)の廃棄など中途半端な対応に満足して合意しかねない。それは日本にとっても安倍首相にとっても「悪夢」でしかない。あくまでも核兵器とミサイルの完全廃棄を求め、核兵器については「完全かつ検証可能で不可逆的な解体」(CVID、”complete, verifiable and irreversible denuclearization”)を求めるという基本方針を堅持してもらわなければならない。

安倍首相はこの目標を達成できたようで、記者会見でもCVIDで合意したことを明言し「非核化に向けて具体的行動を実際に実施するよう求めていくと、確固たる方針を改めて完全に共有した」と、くどいほど両国の一体感を強調していた。一方のトランプ大統領も安倍首相と同じトーンで語ったが、慎重に紙を読み上げるだけで、CVIDには言及しなかったあたりは少々気になった。

そんな中、安倍首相の発言に注目に値する部分があった。「私たちは(米朝首脳会談について)さまざまな展開を想定し、具体的かつ相当突っ込んだ形で、方針の綿密なすり合わせをした」という部分だ。安倍首相は同じ趣旨の発言を2度した。また、「北朝鮮に見返りを与えるべきではない。具体的な行動を実施するよう求めることを共有した」とも述べている。

この発言の意味するところは、安倍首相とトランプ大統領が向き合って、米朝首脳会談で北朝鮮がどういう提案をしてくるか、どんな譲歩案を示してくるかについて、さまざまなケースを想定して、それぞれにどう対応するかを「すり合わせた」ということだ。また日本政府関係者の一人は「これまでの首脳会談では、北朝鮮の問題になるとトランプ大統領は聞き役に徹していた。今回も北朝鮮問題についてはほとんど安倍首相が話していた」と話してくれた。

北朝鮮の核問題は金正恩委員長が核廃棄を宣言すれば解決するというような単純なものではない。すでに完成した核兵器、あるいは核兵器の材料となるプルトニウムなどを作る施設がどこにあるのか。それらを一つ一つ査察し、解体・廃棄し、国外に持ち出さなければならない。そのための手続きや実際の作業はIAEA(国際原子力機関)などの国際機関も絡む複雑で時間のかかるものだ。

静かに聞いただけのトランプ大統領の危なっかしさ

会談でこの問題に強い関心を持ってきた安倍首相が問題の複雑さを説明し、朝鮮半島問題にそれほど詳しくないトランプ大統領が静かに聞いていた様子が想像できる。その一端が記者会見での安倍首相の発言に出ていたのだ。

トランプ大統領は世界中の指導者の中でも予測不能な言動をとる代表的な人物だ。一方の金正恩委員長も予測不能という意味ではほとんど同じだ。日本政府は米朝首脳会談でトランプ大統領が思いつきでとんでもない約束をしたり合意をしてしまいかねないという不安にかられている。また米国は米朝首脳会談に向けて韓国や中国など対北政策が日本と異なる国とも事前調整を進めている。トランプ大統領は安倍首相の話だけに耳を傾けているわけではないのだ。

実際、21日に北朝鮮が核実験場の廃棄などを宣言すると、トランプ大統領は短時間に2度にわたって「北朝鮮と世界にとってとてもいいニュースだ。大きな前進だ。首脳会談が楽しみだ」とツィッターに流した。北朝鮮の発表文をよく読むと、「我が国に対する核の脅威や核による挑発がない限り、核兵器を絶対に使用しない」とも述べており、核兵器やミサイルは保持し続けることも明示している。にもかかわらず手放しで喜んでいるあたりに、トランプ大統領の危なっかしさがある。

だから、首相は具体的に突っ込んだ「すり合わせ」をしなければならなかった。しかもその事実を記者会見の場で公表することで、トランプ大統領の行動にタガをはめようとしている。「安倍―トランプ」の関係はそういうレベルであるということが、図らずも会見で露呈したのだった。

首脳会談の後の共同会見は往々にして首相らが自国民に会談の成功を誇示する場であり、互いを褒め合い傷つけない舞台のようなものでもある。宮澤元首相が語ったように、両者の主張の違いや意見の対立が露呈することは珍しい。

しかし、国が違えばそれぞれの国益が異なるのは当然である。それを受けて首脳間の対立や違いが国民の目の前にさらされることは、決して悪いことではない。日米関係もさまざまな課題を抱えている。そうした現実の一端が会見の場で明らかになり国民に広く共有されることは、国民が政府の外交政策を理解し評価するためにも重要なことである。

美しく飾り付けられた外交の姿を見せられるより、はるかに意味のある会見だったといえるだろう。