米アマゾンの会員制サービス「プライム」は、今や世界16カ国にまで広がっている(写真:Amazon

ネット通販(EC)世界最大手、米アマゾンの中核を成す会員制サービス「プライム」。会員数は米国で8500万人超、日本でも800万人規模に膨らんでいると推計される。配送の利便性や動画・音楽の無料ストリーミングサービスを武器に、今後も拡大が続きそうだ。
一方、日本ではアマゾンと配送業者との軋轢がたびたび取り上げられ、直近ではアマゾンが取引先のメーカー等に要請した「協力金」を巡り、独占禁止法違反の疑いで公正取引委員会が調査していることが話題となった。プライムのサービス拡大は、パートナー企業との関係に生じた”ひずみ”と無関係ではないだろう。
この先、プライムはどこへ向かうのか。また、アマゾンは自社、顧客、取引先という3者の利益のバランスをどう取るのか。米国本社でプライム事業を統括するバイスプレジデント、ジャミル・ガーニ氏に聞いた。

国ごとにサービスを細かくカスタマイズ

――プライムサービスの展開は、16カ国にまで広がってきました。現状の手応えは。

米国、日本をはじめとする既存の展開国では順調な成長を遂げられている。加えて、2017年前半に進出した中国、インド、メキシコについては、現在も顧客のニーズを探りカスタマイズを続けているが、非常に高いパフォーマンスに満足している。


アマゾン米国本社でプライム事業を率いるジャミル・ガーニ氏は、展開国での実績に手応えを感じている(撮影:尾形文繁)

アマゾンの基本の理念は、競争力のある価格で、豊富な品ぞろえ、高い利便性を提供すること。それを買い物、配送、エンタメというそれぞれの領域で追求しており、新しく進出した各国でも多くの顧客に共鳴してもらっている。

直近では、シンガポールでプライムを開始した。ここでは最短1時間以内に届ける超速便サービス「プライムナウ」も同時に始めた。また、品ぞろえを拡大するために米国からの商品購入も簡単にできるようにした。立ち上げからまだまもないが、順調に会員を増やしている。

欧州ではオランダ、ベルギーの一部地域、ルクセンブルグが新たにプライム展開国に加わった。ここでは欧州における既存のサービス網をフルに生かしている。さらにオーストラリアで2018年中旬にプライムを導入すると発表しており、準備を進めているところだ。

――特徴的な需要があったり、ユニークな対応を行っている国や地域はありますか。

前提として、品ぞろえ、価格、迅速な配送の3点に対する要求は各国共通で、アマゾンはここに多大な投資をかけて利便性の向上に努めてきた。そうした小売りの根本的価値に加えて、たとえば配送なら速さだけでなく受け取り方法の多様性が求められたり、プライムデーのような会員限定セール、ビデオや音楽などのエンタメコンテンツも求められたりする。

これらの要素を、各国のニーズに沿って組み合わせ、細かくカスタマイズしている。たとえば日本では唯一、プライム会員の支払いに携帯キャリア決済(通信料金と一緒に支払う方法)を使えるようにしたほか、ポイント付与のプログラムを他国より充実させている。一方、越境ECの需要が大きい中国では、プライム会員向けに4つの国から購入できるサービスを設けた。


プライムサービスはエンタメも重要な柱だ。音楽聞き放題サービスの「アマゾン・ミュージック・アンリミテッド」は、プライム会員なら割引価格で利用できる(撮影:尾形文繁)

――プライムは米国での開始から13年、日本での開始から10年が経ちました。アマゾンの経営の中で、プライムの果たす役割は変わりましたか。

もともと、プライムは非常にシンプルなアイデアから始まった。「配送方法の選択に悩む必要がなければ、顧客は商品の比較など、本来時間をかけるべきことに集中できるのではないか」という考えだ。この思想やプライムの果たす役割は現在も変わっていない。

プライムではちょっとだけ余分にコストを負担すれば、そのコストをはるかに超えるたくさんの価値を得られる。アマゾンの総力を結集した「最強プログラム」になった。今後も配送だけでなく、ショッピングやエンタメなどさまざまな分野で追加的なサービスを投入していく。

大型買収でプライムはどう変わるか

――高級食品スーパーの「ホールフーズ」、家庭用セキュリティ機器の「リング」など、アマゾンとして大型の買収が続いています。プライムサービスの拡充に、これらの買収はどのように寄与しますか。

まずホールフーズについて。日常的な食品ECへのニーズが高まる中、われわれはプライムナウや、生鮮食品を配達する「アマゾンフレッシュ」のサービスで対応してきた。ここに世界的なプレミアム食品スーパーのブランドが加わることで、まずはアマゾンの品ぞろえを拡充することができた。


アマゾンは昨年以降、大型買収を続けている。高級スーパーのホールフーズ(右)のほか、監視機能を持つスマートインターホンを手掛けるリング(左)を買収した(写真:Ring、Whole Foods)

プライム会員がホールフーズの店頭で受けられる特典も増やしている。サンクスギビング用のターキー、バレンタイン用のバラの花束などを、プライム会員向けに特別価格で販売している。自社ブランドのクレジットカードを用いて決済すると、買い物額の5%が戻ってくるという仕組みも導入した。

リングについては、プライムとの関連で具体的に話せることはまだない。ただ、ひとつ言えるとすれば、アマゾンはデバイス領域にかなりの投資をかけている会社だ。今後のビジョンとして、プライムとアマゾンデバイスを一緒に使ってもらうことでさらに大きな価値を発揮する、という状態を目指していく。

――スマートスピーカーの「アマゾンエコー」が世界的にヒットしました。具体的なプライムサービスとの相乗効果は。

エコーの使われ方として最も一般的なのが、音楽を聞くこと。私自身、自宅に複数台のエコー端末を置いており、1歳の娘は、毎日のように会員向けの音楽配信サービス「アマゾンミュージック」でディズニーの音楽を聞いている。もうひとつの価値は、音声による買い物だ。エコーに話しかけるだけで、思いついたときにすぐ、ほかの動作なしに買い物リストに商品を追加することができる。


アマゾンエコーは3月30日から一般販売がスタート。自社ECサイト上のほか、全国の家電量販店でも取り扱う(写真:尾形文繁)

プライムとエコー。これほどパワフルな組み合わせはないと自負している。われわれはプライムを通じて、顧客の生活を毎日少しずつでもよくしたい。買い物だけではなく、見る、読む、聞く、さまざまなサービスを提供するうえで、デバイスが活躍する範囲は広がっていくだろう。

――プライムの会員費は各国で異なります。日本の価格(年間税込3900円)は破格ともいわれますが、これを見直す可能性はありますか。

ほかのどんなビジネスもそうだろうが、価格改定の議論や意思決定はものすごく慎重に行っている。もし会員費の値上げがあるとすれば、それで得た資金はプライムのサービスをさらに拡充するために使わなければならない。われわれにとって、顧客と長期的なリレーションを築くことが最も重要だからだ。

アマゾンはこれまでも、サービス向上のために多大な投資を行ってきた。その意味においては、決して頻繁に起こることではないが、価格を再評価することもあり得る。ただ、たとえ改定を行ったとしても、顧客が払う価格の何倍もの価値、見返りを提供し続けることは変わらない。

アマゾンと取引先との関係は今後どうなる

――日本ではアマゾンに対する公正取引委員会の立ち入り調査が話題となっています。プライムサービスの拡大は、出品者、仕入れ先メーカーといったステークホルダーとの関係にひずみを生んでいないでしょうか。


ジャミル・ガーニ(Jamil Ghani)/アマゾン・ドット・コム プライムインターナショナル担当バイスプレジデント。ハーバード大学大学院卒業後、米小売り大手ターゲットやウォルト・ディズニーなどを経て現職(撮影:尾形文繁)

公正取引委員会の調査については、私が回答することは適切ではないと思っている。一般化して話すと、まず大原則として、アマゾンにとって最も重要なのは、顧客だ。われわれはメーカーや配送業者と一緒になって、顧客によりよいサービスを提供しようと考えている。その活動を通して、すべての当事者がプラスを得られる関係性を目指している。

2017年のプライムデーでは、大手から中小まで多くの出品者が、おしなべて多大な販売実績を上げた。これ以外にもベンダーや出品者とうまく協業できているケースが無数にあり、アマゾンとしてパートナー企業の商売の拡大に貢献できていると信じている。

――配送業者との関係はどうですか。

出品者のケースと同様だ。顧客に質の高いサービスを提供するため、配送パートナー各社との協業は一層進んでおり、相互にビジネスを拡大できていると思っている。日本の配送は非常に成熟度が高く、特にラストワンマイルの配送効率やスピードで学ぶ点が多い。「もっと早く届けてほしい」という全世界的な強いニーズがあるので、それに応えていきたい。