橋下徹氏(時事通信フォト=写真)
どうしたら聞き手を感動させることができるのか。誰もが聞いたことのある名スピーチから、押さえるべきポイントを探っていく。

■欠落した主人公をどう演出するか

企業の役員や幹部社員であれば、社内外でスピーチする機会も多いはず。しかし、スピーチで人の心を掴むのは難しく、密かに悩んでいる人も多いのではないか。そんなときに役立つのが、歴代の「演説の名手」のテクニックを取り入れることだ。

これまで私は、古今東西の政治家や経営者の演説を分析してきた。その中でも圧倒的にうまいなと思ったスピーカーの1人が大阪維新の会前代表の橋下徹さんだ。特に大阪府知事から転身し、大阪市長に当選した頃の演説はすごかった。彼の演説は、よい意味でも悪い意味でも、ビジネスリーダーにとって非常に参考になる内容だ。

そして、橋下さんの演説テクニックの中心軸をなすのが「ストーリーの黄金律」の活用である。人を感動させるスピーチや物語には普遍的な法則が存在し、私はそれをストーリーの黄金律と呼んでいる。人類共通の「感動のツボ」といい換えてもいい。

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▼聞き手を感動させてやまない「ストーリーの黄金律」(川上徹也氏作成)
(1)何かが欠落した、もしくは欠落させられた主人公が、
(2)何としてもやりとげねばならない遠く険しい目標・ゴールを目指して、
(3)数多くの障害・葛藤・敵に立ち向かっていく

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具体的なストーリーの黄金律は、(1)何かが欠落した、もしくは欠落させられた主人公が、(2)何としてもやりとげねばならない遠く険しい目標・ゴールを目指して、(3)数多くの障害・葛藤・敵に立ち向かっていく――という3つの要素から成る。

とりわけ重要なのが(1)だ。主人公が大切なものをなくしたりしている状況であることを最初に示すと、聴衆は感情移入しやすくなる。そこで彼らの心を鷲掴みにしてしまう。すると、後は自然に応援したくなってくるもの。特にその目標が達成困難なほど、応援にも熱が入る。『巨人の星』など人気のあるスポーツ漫画も、実はこのストーリーの黄金律を踏まえているのだ。

では、橋下さんの例を解析してみよう。2011年の大阪府知事・大阪市長のダブル選挙で、大阪府知事の職をなげうって、市長候補として出馬(1)。しかも、「大阪都構想」という壮大な政治目標を掲げ(2)、自民党や共産党といった既存政党をすべて敵に回して、選挙戦に臨んだ(3)。そのストーリーを選挙民に繰り返し訴えた結果、不利との事前予想を覆し、現職市長に23万票近い大差をつけて圧勝したわけだ。

最近では、小池百合子さんの7月の東京都知事選が好例だ。小池さんは衆議院議員の椅子を投げ捨て、本人いわく「崖から飛び降りる覚悟」で候補に名乗りを上げた(1)。そして「都政改革」という難題の公約を掲げ(2)、都議会与党の自民党都連が推す候補と真正面から対決した(3)。まさに、小池さんはストーリーの黄金律を踏まえた“ヒロイン”として都知事選に挑んだのだ。結果はご存じの通りである。

このストーリーの黄金律はビジネスの現場でも十分に応用が可能で、重要な(1)の自分のプロフィールや立場を表明する際には、「現在→過去→未来」の流れで考えるとよい。たとえば、不採算部門の立て直しの責任者として着任したら、最初の挨拶では次のように。

「私は自ら望んでこの職場に来ました。いまは不採算部門とはいえ、この職場はかつての花形部署で稼ぎ頭だったからです。皆さんには直面する課題と、その解決方法が見えているはずです。ただ、それを実行に移す機会がなかった。これから私がそのチャンスをつくります。一緒に改善・改革を行い、稼ぎ頭に返り咲きましょう」

どうだろう。けれんみなく、欠落した主人公を演出しつつ、聞き手の心を揺さぶってはいないだろうか。聞き手を感動させてやまないテクニックとして、ぜひ覚えておいてほしい。

■3つ並べて生まれる心地よいリズム

橋下さんのスピーチのうまさは、スピーチの黄金律の活用だけにとどまらず、複数のテクニックを駆使している点にある。そして、それらをまとめたものが「橋下徹流・人を取り込むスピーチ術10カ条」だ。これらは他の名演説家が使っている手法も多く、もちろんビジネスでも転用ができる。

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▼橋下徹流・人を取り込むスピーチ術10カ条 川上徹也著『独裁者の最強スピーチ術』より
(1)1人称を「僕」にして、無駄な敬語は省く
(2)「みなさ〜ん」と何度も呼びかけ、連帯感をつくる
(3)3つ並べる
(4)サウンドバイトで心に噛みつく
(5)似た構文をリフレインしていく
(6)偽悪的に振る舞う
(7)聴衆によって言葉遣いや内容を変える
(8)実施する政策が歴史的大事業だと思わせる
(9)聴衆を自分たちの側に巻き込んでいく
(10)1度チャンスを与えてくださいとお願いする

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まず、1カ条目が「1人称を『僕』にして、無駄な敬語は省く」だ。橋下さんは公的な場以外での演説では、自分のことを「私」ではなく、「僕」と呼ぶ。スピーチをありきたりな型にはめないためだ。そうすると、形式ばったいい回しをする政治家が多い中、聞き手に清新な印象を与えられる。あなたが顧客の式典に招待され、「本日はお日柄もよく」と切り出すようなら、その時点でスピーカーとして失格だ。

次が「『みなさ〜ん』と何度も呼びかけ、連帯感をつくる」。その場の連帯感を強めるのは、聴衆の関心を集めるため。さらに橋下さんは、大阪市内での演説なら「船場のみなさ〜ん」といった具合に、その土地の名前を加え、聴衆を引きつける工夫もしている。

そうした“ご当地ネタ”の演説の名手が、自民党の小泉進次郎衆議院議員だ。山梨県に行けば、「武田信玄は甲斐の虎でしたね。私は自民党の客寄せパンダです」と自虐ネタも絡めて、笑いを取る。支店回りの際の挨拶などで、参考にしてみたらどうだろう。

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ご当地ネタの達人
小泉進次郎●衆議院議員

「武田信玄は甲斐の虎でしたね。私は自民党の客寄せパンダです」

(共同通信イメージズ=写真)

 

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3カ条目が「3つ並べる」だ。橋下さんは「ヒト・モノ・カネを大阪に集める」といったように、関連するワードを3つ並べる手法も好んで使う。「3」という数字は“マジックナンバー”で、言葉を3つ並べると、語呂がよくなって心地よいリズムが生まれ、聞き手の頭にすっと入る。吉野家の「うまい、やすい、はやい」のように、企業のキャッチフレーズでもよく使われており、その効果の大きさがわかる。

小泉進次郎さんの父で名スピーカーとして知られる小泉純一郎元首相も、この手法が得意だ。04年に自身の年金未納問題を国会で追及されたとき、「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」と発言したのを、いまでも覚えている人が多いだろう。

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3つ並べる名手
小泉純一郎●元首相

「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」

(共同通信イメージズ=写真)

 

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■サウンドバイトを繰り返すわけ

そして、特にビジネスパーソンにマスターしてほしいのが4カ条目の「サウンドバイトで心に噛みつく」だ。

サウンドバイトは、刺激的で歯切れがよい短いフレーズのこと。橋下さんの「大阪都構想」「すさまじい権力闘争」「大阪市役所をぶっ壊す」などがそれで、橋下さんは何度も繰り返し叫んだ。所詮、人の記憶にはワンフレーズくらいしか残らない。だから、単純なフレーズを繰り返し聴かせて、聴衆の脳裏に刻み込むのだ。

ビジネスの世界におけるサウンドバイトの達人といえば、スティーブ・ジョブズ氏だろう。代表例が「1000曲をポケットに」という有名なiPodのキャッチフレーズだ。聞き手の頭の中で“化学反応”が起きる言葉の組み合わせ、具体的な数字の活用、さらに巧みな比喩という、三拍子揃った秀逸なサウンドバイトといえる。

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サウンドバイトの使い手
スティーブ・ジョブズ●アップル共同設立者

「1000曲をポケットに」

(共同通信イメージズ=写真)

 

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また、数字の活用という点においては、ソフトバンクグループの孫正義社長も巧者で、「豆腐屋のように、1丁(兆)、2丁(兆)と売り上げを数えるビジネスをやる」という創業時のコメントなどが有名だ。

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数字使いの巧者
孫正義●ソフトバンクグループ社長

「豆腐屋のように1丁(兆)、2丁(兆)と売り上げを数えるビジネスをやる」

(時事通信フォト=写真)

 

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ちなみにネットニュースの「ヤフーニューストピックス」には、「全角相当13文字程度」というタイトルの制限がある。しかし、その簡潔な表現で何十万、何百万ものページビューを稼いでいるわけだ。どのようにしたら刺激的で歯切れのいいフレーズがつくれるのかを勉強するのに、うってつけの素材といえるだろう。

続く5カ条目が「似た構文をリフレインしていく」である。「(対立候補は)すべての権限とお金を握り続けたい。大阪市役所を守りたい。大阪市の職員組合を守りたい……」といったように、橋下さんの演説は耳当たりがとてもいいのが特徴なのだが、語尾に注目してほしい。すべて「〜たい」で終わっていることがわかる。このように語尾が似た言葉をつなげるレトリックを、結句反復(エピフォーラ)という。実は似た構文を繰り返していくと、話す言葉にリズムが生まれ、耳に心地よく入ってくるものなのだ。

結句反復の逆で、文頭の語句を合わせる修辞法を首句反復(アナフォーラ)という。米国のバラク・オバマ大統領は、無名の上院議員だった04年の民主党全国大会の演説で、「希望」という言葉で始まるフレーズを繰り返し、リズムのある演説を組み立てて、一躍有名な政治家の仲間入りを果たした。

また、「対句法」という表現技法もある。意味が関連した語句を並べることで、文章に味わいを持たせる方法で、最近の例で私が特に感心したのは、リオデジャネイロ五輪での白井健三選手だった。体操男子団体総合で優勝し、記者会見でそのときの感想を求められて、「人生で1番心臓に悪い日でしたが、1番幸せな日でした」と当意即妙のコメントをしたのだが、見事な対句になっている。

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若き「対句」使い
白井健三●金メダリスト

「人生で1番心臓に悪い日でしたが、1番幸せな日でした」

(時事通信フォト=写真)

 

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6カ条目は「偽悪的に振る舞う」で、実際に橋下さんは「独裁者橋下、ここに誕生せり」「けっこうけだらけだ!」などと自分をおとしめることが多い。それもストーリーの黄金律の「欠落した主人公」に仕立て上げるためなのだ。そして、実際にそういわれると聴衆は、「なんやこいつ、自分のこと、ちゃんとわかっとるやないか」と感じて、信頼を寄せるようになる。

とりわけ偽悪者ぶりが板についていたのが、最近再び脚光を浴びている田中角栄元首相だ。ロッキード事件のあと、「このネクタイ、誰かから貰ったんですけど、ロッキードから貰ったんじゃないですよ!」と演説でかまし、聴衆を爆笑させて自分の懐に取り込んでしまった。それができるのも、「自分を客観視」して聴衆の関心事を察知できるからなのである。名スピーカーたるもの、聴衆だけでなく自分自身にも目を向けていないと、「感動のツボ」を押すことなど到底無理だ。

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板についた偽悪者ぶり
田中角栄●元首相

「このネクタイ、誰かから貰ったんですけど、ロッキードから貰ったんじゃないですよ!」

(時事通信フォト=写真)

 

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次が「聴衆によって言葉遣いや内容を変える」であるが、これは橋下さんに限らず当たり前のことで、ビジネスパーソンも上司と部下、顧客と仕入れ先ではいい方を変えているはず。ただ、誰彼かまわず「タメ口」をきく一部の若手もいるようで、注意すべきポイントとして理解しておきたい。

■二者択一で加える心理的な圧迫

8カ条目は「実施する政策が歴史的大事業だと思わせる」。橋下さんは大阪都構想について、「明治維新も1つの地方から、大きな変革が始まったんです」と、歴史的大事業になぞらえたが、自分たちの政策が価値あるものだと、聴衆に感じさせるためだった。

ビジネスでは政策を「商品」「サービス」に、歴史的大事業を「暮らしの転換」に置き換えたらよい。たとえば、ジャパネットたかたの創業者である眦通世気鵑蓮業務用がメーンだったICレコーダーの売り込みで、「うっかり忘れてしまう。私だってよくあることです。そこでICレコーダーに言葉を吹き込んでおくのです」と斬新な提案を行い、高齢者の市場を一気に広げることに成功している。

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暮らし大転換の伝道者
眦通澄ジャパネットたかた創業者

「うっかり忘れてしまう。(中略)そこでICレコーダーに言葉を吹き込んでおくのです」

(時事通信フォト=写真)

 

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そして9カ条目が「聴衆を自分たちの側に巻き込んでいく」で、橋下さんは「この大阪の地から皆さん、いっぺん挑戦しませんか」といったように、問いかけを巧みに使って、聴衆を当事者の立場へ引き込んでいった。また、「このまんま衰退する大阪のまんまでいいのか?現体制がいいのか?新しい体制に移るのか?」といったように、二者択一を迫ったりもしている。人はどちらかを選べといわれれば、その場の雰囲気で選んでしまうもの。ビジネスでも有効な手段になるだろう。

残る1つの10カ条目が「1度チャンスを与えてくださいとお願いする」である。「よろしくお願いします」といった、通りいっぺんの表現を使わないところがミソ。あえてへりくだることで相手を自分より上の立場に置き、プライドをくすぐるわけだ。

結局のところスピーチで最も大切なのは、「聞き手の心に刺さり、いつまでも頭に残るフレーズをつくること」といえる。「崖から飛び降りる覚悟」「大阪都構想」「1000曲をポケットに」しかり。でも「そうはいうが、簡単に思いつくわけがない」という声が聞こえてきそうだ。

フレーズを捻り出すためのコツは、既知の言葉を新しく組み合わせること。まだ記憶に新しいトヨタ自動車のCM「こども店長」だが、「こども」と「店長」は、ありふれていながら、相容れない言葉である。それをあえてドッキングさせたところが新鮮なわけだ。

著名人の名言を、そのまま受け売りするだけでは芸がない。でも、そこに自分なりの経験や考え方を盛り込めば、オリジナルの「自分の言葉」になる。毎日1つでも2つでもいい。考え続けることが遠回りのようであるが、実は聞き手の「感動のツボ」を突く名スピーカーになる近道なのだ。

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川上徹也(かわかみ・てつや)
大阪大学卒業後、大手広告代理店勤務を経て、コピーライターとして独立。「ストーリーブランディング」の第一人者で、湘南ストーリーブランディング研究所の代表も務める。『1行バカ売れ』『独裁者の最強スピーチ術』ほか著書多数。
 

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(コピーライター 川上 徹也 構成=野澤正毅 撮影=市来朋久 写真=時事通信フォト・共同通信イメージズ)