死ぬまで年収3000万「相談役」は必要か

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日本特有の「相談役」や「顧問」という制度。会社法には定義がなく、職務や報酬を「把握していない」という企業すらある。経済産業省は昨年アンケート調査を実施。上場企業の8割に「相談役・顧問」がいるという実態が明らかになった。報酬の詳細は不明だが、終身で年収3000万円というケースもあるとみられる。これでいいのか――。

■死ぬまで会社に面倒を見てもらう人もいる

サラリーマンの出世の頂点といえば最高権力者の社長だ。欧米企業ではCEO(最高経営責任者)だが、日本では社長の上に会長、相談役、顧問、名誉会長・名誉顧問といった肩書きを持つ人たちがいる。しかもその中には社長以上の権力を振るう人も少なくない。

社長を退いた後の在籍期間も長い。一般のサラリーマンは定年の60歳で退職し、その後は半額程度の給与で1年契約の社員として年金が支給される年齢まで雇ってもらえる人が大半だ。

日本ではこれを「終身雇用」と呼んでいるが、相談役・顧問の中には文字通り、本人が死ぬまで会社に面倒を見てもらっている人がいる。

たとえば、あるアパレル企業では社長を退いた後も、代表取締役会長、取締役名誉会長として経営にかかわり、80歳を超えた現在も名誉顧問として影響を及ぼしている人物がいる。執務室は社長よりも広く、専用の秘書と車も会社から提供されているという。

▼経営陣を操る「院政」の原因になる企業も

粉飾決算事件を起こし、今も会社の存続で揺れている東芝も「社長の上の肩書」を持つ人が“暗躍”することで有名だ。2015年に粉飾を主導した田中久夫社長、佐々木則夫副会長、西田厚聰相談役の歴代3トップが辞任したが、その後を受けて後継社長に就任したのが取締役会長だった室町正志氏だった。じつは当初、室町氏は自分も取締役として粉飾を見抜けなかった責任があると就任を固持したという。

ところが東芝の社長・会長を歴任し、相談役だった西室泰三氏が記者会見で「残るほうが辛いかもしれないが、あなたに期待している、と説得した」と明かし、世間を驚かせた。はからずも東芝では相談役などOBがトップ人事を含む権力を握る「院政」が行われていたことが露呈したのである。

もちろん社長を退き、相談役・顧問になっても利益に貢献するなど、会社にとって重要な役割を果たしているのであれば誰も文句は言えないだろう。

ところが、現実にはいったいどんな仕事をしているのか、任期があるのか、いくら報酬をもらっているのか誰にもわからない“幽霊”のような存在なのである。

■会社法では「相談役・顧問」は存在しない

会社法では「相談役・顧問」という役職は存在しない。

企業における最高意思決定機関は取締役会である。多くの企業では社長が「代表取締役」を務めている。また上場企業は有価証券報告書で取締役の氏名や報酬総額の開示を義務づけられている。

しかし、取締役ではない相談役・顧問の役割や人数、ましてや報酬額などの処遇について多くの企業は開示していない。株主や投資家はもちろんのこと、自社の社員すら相談役・顧問が何をしているのかよくわからない存在となっている。

その実態はどうなっているのか。

昨年、経済産業省が東証一部と二部の上場企業2502社を対象に調査を行い、874社から回答を得ている。回答率は34.9%と高かった。回答を避けたい企業も多かったはずだ。経産省は回答率を上げるために財界や業界団体に事前の「根回し」をしたらしい。

調査によると、約8割(約78%)の企業に相談役・顧問制度が存在し、現に相談役・顧問が在任中の企業は全体の6割(約62%)。そのうち社長・CEO経験者が相談役・顧問に就任している企業は約6割(約58%)に上っている。

▼相談役の仕事内容を把握していない企業も少なくない

では相談役・顧問は会社の中でどんな役割を担っているのだろうか。最も多かったのは「現経営陣への指示・指導」(約36%)、続いて「業界団体や財界での活動など、事業に関連する活動の実施」(約35%)、「顧客との取引関係の維持・拡大」(約27%)の順だった(複数選択)。 

そのほかに「中長期(3年以上)の経営戦略・計画についての助言」(92社)、「年度単位の経営計画についての助言」(85社)などもあった。この設問に回答した企業676社だったので、1割程度の相談役・顧問は経営戦略にも関わっているようだ。

このように、経営のサポート役、財界活動、顧客とのつきあいと大きく3つにわけることができるが、経営のサポート役といっても、取締役でもない人がどこまで口出ししているのかは不透明だ。

中には「本社役員の人事案件についての助言」(39社)、「従業員や関係会社役員の人事案件についての助言」(29社)など人事権にも関与している人も存在する。人事にまで口を出しているとなると、越権行為と疑われてもしょうがないだろう。

驚くのは役割を「把握していない」、あるいは「特になし」の企業が、合計で回答企業の17%(116社)もあることだ。

会社の担当者ですら何をしているのかわからない、あるいは何もしていない人たちを置いている理由もさっぱりわからない、ということだ。

■「個室」「秘書」「社有車」の利用ができる

処遇については報酬が支給されている企業が約80%。3点セットと言われる個室・秘書・社有車利用では「専用の個室が利用できる」(約50%)、「秘書・専門スタッフを利用できる」(約46%)が最も多い。「社有車を利用できる」企業は178社と全体では比較的少なかったが、それでもタクシーではなく、会社の車で送迎してもらっている人が結構いる。

相談役・顧問の任期については、1年以上から5年以上の任期が存在する企業が48%と全体の半数を占めるが。それに対して「任期の定めはない」(28%)、「わからない」(9%)という企業もある。「終身」と回答した企業も2社あった。任期がないということは会社から「辞めてください」と言われて辞めるか、自分から辞めたいと言うまでいつまでも会社にいられることになる。

いくら社長を務めた会社の功労者といえども歳を重ねると心身ともに弱ってくるものだ。ある大企業で80歳の相談役の秘書を経験したことがある元女性秘書はこう語る。

「車で会社に出勤してもとくにやる仕事はありません。現役の経営陣が訪ねてくることはめったにありません。昔の取引先の引退した元社長や会社のOBが訪ねてきて雑談をするぐらいです。PCも使えないので挨拶状などのメールを出すのは秘書の仕事。たまに会社の行事や全国にあるOB会に出席するために出張しますが、その度に新幹線の切符や飛行機のチケットを用意するのも秘書の役割です。正直言って一人では何もできませんし、お守り役が私の仕事でした」

▼会社丸抱えの「優雅な老後」への風当たり

まさに会社丸抱えの“優雅な老後”の日々であり、うらやましい限りだ。

だが、そんな相談役・顧問に対する風当たりが強まっている。株主の信任を得ていない相談役・顧問が会社の意思決定に関与していることは、コーポレート・ガバナンスのうえで問題があるからだ。

大企業の一部では相談役・顧問制度の廃止や見直しを検討している企業も出始めている。

今年6月の安倍政権の成長戦略「未来投資戦略2017」においては「退任した社長・CEOが就任する相談役、顧問について、氏名、役職・地位、業務内容等を開示する制度」を、夏頃を目途に創設し、来年初頭に実施することが盛り込まれた。

それを受けて東証は8月、企業が提出する「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」に元社長・CEOの氏名や役職・地位、業務内容、勤務形態・条件(常勤・非常勤、報酬有無など)、任期、報酬総額などを記載する欄を新たに設けた。実施は2018年1月からである。

■大企業の常勤相談役の平均年収2000〜3000万程度

情報の開示はあくまで企業の自己申告であり、強制力はない。開示制度を設けても曖昧な記載が増えるのではないかという指摘もある。

東証の関係者は「あくまでも努力義務だが、何らかの記載をしないと投資家からその理由を問われるかもしれない。そのため経済団体や業界団体がこう書きなさいといった具体的な開示を回避するマニュアルを出してきて、実効性がなくなる可能性もある」と指摘する。

日本企業特有の慣習として長年続いてきた制度だけに改革は容易ではないだろう。読者のなかには、「雲の上の話」であり、自分には関係ないと思う人がいるかもしれない。だが、多くの社員が定年で辞めていくのに、一方では経営の第一線を退いても会社に居座り、死ぬまで面倒をもらっている人がいるのだ。

前出の経産省の調査によると、約80%の企業が相談役・顧問に報酬を支給しており、報酬の水準については「退任時の報酬ベース」という回答が最も多かった(27%)。産労総合研究所の調査(2015年)によると、役員の平均報酬額は「会長」で3693万円、「社長」で3476万円だという。大企業の常勤の相談役・顧問の平均年収は2000〜3000万円程度と言われる。これに加えて個室・秘書・社用車の「3点セット」付きである。

何人も「相談役・顧問」を抱えているとすれば、その企業のコーポレート・ガバナンスには疑義がつく。ぜひ就職や転職での判断基準に活用してほしい。

(ジャーナリスト 溝上 憲文)