「あれ、私、何のために働いているんだっけ?」
「いつから新しいことに挑戦しなくなった?」

仕事に慣れてくると、このようなモヤモヤを感じることもあるはず。

「私も、1年かけて行った提案のフィードバックがなかった時、仕事って何だ、とモヤモヤしました。会社に行くことが仕事になっている気がしたんです。もう辞めてしまおうかとかなり悩みました」と話すのは、東芝の技術企画室 主務の千木良康子(ちぎら・やすこ)さんです。

ウートピでは全3回に渡り、千木良さんにインタビュー。東芝という大企業の中でなぜ新しいことにチャレンンジしようと思ったのか、理想を形にするためにどのような壁を乗り越えてきたのか、周囲の信頼を得てアイデアを形にするにはどのようにしたらいいのかを紹介します。

スタートアップ制度で“つけ爪”のプロジェクトをスタート

--千木良さんは、新卒で入社後、東芝のデザインセンターに所属したのち、スタートアップ事業へ。自身でもスタートアップ制度に応募し、2017年5月に「オープンネイル」をローンチしました。大手企業の中での新規事業を立ち上げるのは、従来の決まり事や慣習など、さまざまな壁があったのでは?

千木良康子さん(以下、千木良):壁、いろいろありました。何でも聞いてください。

--まず、東芝がネイルチップを作るということに驚きました。どんなプロジェクトなんですか?

千木良:オープンネイルは、3Dプリンターを用いて自分の爪にぴったり合うネイルチップを作るというものです。3Dスキャナーで撮影した指先のデータを、東芝の画像認識の技術を応用してネイルチップのベースを作成します。その後、協力企業であるmichiのネイリストが作成されたチップにネイルアートを施し、完成品が自宅に届くというものです。

プロのネイリストが装飾を手がける

--ネイルに興味があっても、なかなか時間がないから、忙しく働く女子にとって助かるサービスですね。

千木良:そうですね。ネイルサロンに行くのは時間を捻出するのが大変だし、自分で塗るのは面倒。と言って既製のネイルチップではサイズが合わなくて外れやすい。そこで自分の爪にぴったりのネイルチップならそんな課題を解決できると思ったんです。それに、まだ構想の段階ですが、単なる装飾だけでなく、ICチップを埋めたり、モニターとして使ったり、爪先が新たなデバイスになる可能性も。

イケてない製品を見て、活躍できる可能性を感じた

--発想がすごい。昔から、「どんどん道を切り拓いていきます!」という感じだったんですか?

千木良:いいえ。実は私、ちょっとしたトラウマがあって。小学校の高学年の時って、ちょっと勉強ができると「あの子またテストでいい点とって」「私たちとは違うよね」ってコソコソ言われたりしませんでしたか?今なら笑い飛ばせるけど、当時は「勉強をすると嫌われるんだ」というのがショックで。

--子どもの頃は、賢い子は嫌われるって雰囲気になりやすいですよね。人の目が気になってしまうとか。

千木良:はい。それがきっかけで勉強よりお菓子に熱中しはじめて。手作りのお菓子を配って、みんなが喜んでくれるのが嬉しかったんですよね。目の前の人が喜んでくれることで自尊感情が満たされた。だから、人を喜ばせる仕事がしたいなって思っていたんです。

東芝に入社したのは、当時東芝の家電デザインがかなり注目されていたから。いろいろなデザイン賞を取るなどワクワクする格好いいデザインが目立ってました。一方で私から見ると、ちょっとイケてないなって思うものもあって。この余白があるなら、未熟な自分にも成長と活躍のチャンスがあるはずだ、と。また、いろいろな事業があるので、歳を重ねても常に自分の関心のあることにチャレンジし続けられるはずだと思って入社しました。

入社5年目、やっとやりがいを感じたけど…

--思い描いていた通りに働けましたか?

千木良:数年は戸惑ってばかりでした。デザインセンターに入って最初に配属されたのは音楽プレーヤーのデザイン。その後もいろいろなジャンルに携わったのですが、テレビなど売上規模が大きな製品になるほどガッチリ組織化されていて。自分はこうしたいという意見はまったく通りませんでした。

--組織の一部でしかない、と。

千木良:でも、5年目にアイロンを任せてもらったことが転機になりました。アイロン事業は社内では比較的小規模だったので、ひとりで製品だけでなく、パンフレットや店頭の飾り台のデザインもさせてもらったんです。その時にすごくやりがいを感じました。トータルでコンセプトを考えて最初から最後までやり通すということがこんなに楽しいことなんだって。

でも直後に、東日本大震災が起こりました。デザインセンターとしても何か被災地支援をしよう、ということで1年間被災地に通って、できることを練って会社に提案を出したんです。でも、何もリアクションをもらえず……。

アリバイ作りのような仕事をしていてもいいの?

--それが、冒頭で話していただいた“モヤモヤ”につながるわけですね。

千木良:もっと粘るべきだったのかもしれませんが、あの時は、誰に何を聞いたらいいのかわからなくて、やる気が折れてしまいました。どうしてだめだったのかもわからないし、会社のリソースを割いておきながら結果が出なかったのに咎められるわけでもない。誰かに喜んでもらえるモノを作るために入社したのに、そのためのゴールに近づいている感じがなかったんです。このまま会社に通うだけみたいな仕事を続けるのはつらいなと、会社を辞めたいと思いました。でも、「今辞めても私、外の誰に拾ってもらえるのかな。本当にやりきったって言えるのかな」と悶々として。

--仕事との向き合い方を考えた?

千木良:はい。これまでは与えられた仕事に対して、その枠の中で“デザイナーとしての私の領域はここまで”と空気を察しながらやっていたと気づきました。だから、「もういいや!」と思って。デザイナーとしての私でなくてもいい。そういう枠を超えた意識で仕事をしよう、と。

--そこから、どのようにオープンネイルの事業の立ち上げに?

千木良:デザインセンターで新規性あるアイデアの出し方を学び、実行を試みては失敗するということを繰り返すうちに、自分自身が新規事業開発部に行かなければ新しいアイデアは実行できないと思うようになっていました。そこにちょうど、本社に新規事業開発部が発足するタイミングでメンバー募集があり、当時の上司にも推薦してもらい異動が決まりました。プロダクトデザイナーとしての仕事を辞めて、新しいことに挑戦する仕事への異動でした。

そこから、千木良さんはオープンネイル事業に着手。しかし、事業化の道を塞いでいたのは「会社」でした。次回は、オープンネイル事業を世に出すまでの話を聞いていきます。

(取材・文:ウートピ編集部・安次富陽子、写真:池田真理)