6月から施行される酒税法などの改正法。別名「酒の安売り規制案」とも呼ばれているこの法案の施行により、大型酒店などが現在行っているビールなどの「原価割れ販売」が厳しく規制されます。無料メルマガ『店舗経営者の繁盛店講座|小売業・飲食店・サービス業』の著者で店舗経営コンサルタントの佐藤昌司さんは、これにより街の小さな酒店などは救われるのではという見方を示しながらも、その後に控える「受動喫煙防止法案」などを挙げ、「居酒屋にとっての苦境は当面続く」と記しています。

居酒屋文化は消えてしまうのか。酒の安売り規制とアルコール規制の影響

佐藤昌司です。酒の安売り規制は街の酒店や居酒屋を救うのでしょうか。6月から酒税法などの改正法が施行されます。仕入れ代に販管費(人件費など)を加えた「総販売原価」を下回る原価割れ販売を続ける事業者に対し、免許の取り消しを含めた厳しい罰則が課されます。

背景には、大型の小売店が客寄せのためにビール類を原価割れ販売する不当廉売があります。酒類のメーカーや卸は小売店にリベート(販売奨励金)を支払い低価格販売することで販売量を伸ばしてきました。大量に販売できる大型の小売店はリベートが優遇されます。大型の小売店は手厚いリベートがあるため、原価割れ販売しても利益を確保できる仕組みとなっていました。

一方、小さな小売店は販売量が限定的なため、大型店ほどのリベートの恩恵を受けられません。そのため、大型店と比べて高い価格になってしまう傾向があります。消費者はより低価格で販売する大型の小売店に流れてしまうため、街の小さな酒店は苦境に立たされていました。

そこで、全国約10万軒の酒店が加盟する「全国小売酒販売組合中央会」が自民党の議員連盟「街の酒屋さんを守る国会議員の会」に業界の要望を提出する形で働きかけを行いました。そして、同議員連盟は酒税法などの改正案を国会に提出する動きに出ました。こうして酒の安売りに規制がかかるようになったのです。

今回の法改正では、原価割れ販売は厳しく罰せられます。そのため、大型の小売店と街の小さな酒店の酒類の販売価格差は縮まることになるでしょう。

酒税法などの改正法は街の小さな酒店に大きな影響を与えそうです。さらに、居酒屋にも大きな影響を及ぼしそうです。居酒屋は「家飲み」需要の拡大という危機にさらされているからです。

日本政策投資銀行が2012年に発表した「酒類業界の現状と将来展望(国内市場)」によると、2010年の「家飲み」による酒類の国内消費量の推計は2005年と比べて5%増となる39億リットルで増加傾向を示しています。一方、「外飲み」は19%減の37億リットルで減少傾向を示しています。居酒屋を中心とする「外飲み」は苦境に立たされていることがわかります。

また、経済産業省は「酒類関連産業の動向と飲食消費行動の変化」を調べた調査で、「家飲み」のための酒類の購入先を購入金額を元に世代別で順位づけしています。1位は全ての世代が「スーパー」で、2位は多くの世代で「ディスカウントストア・量販専門店」となっています。安売りしている業態が上位にきていることがわかります。

こうした調査結果から、居酒屋などで「外飲み」するのではなく、スーパーなどで安売りされている酒を購入して「家飲み」する人が増えているという消費者の実態が浮き彫りとなっています。

居酒屋は、大型の小売店による酒の安売りの脅威にさらされていました。今回の酒税法などの改正で居酒屋も救われる形になるでしょう。しかしそれでも、酒の安売りや若者の酒離れ、家飲み市場の拡大といった脅威が消えるわけではありません。引き続き厳しい状況が続くでしょう。

さらに、厚生労働省は居酒屋などの飲食店や公共の場での喫煙を全面禁止する「受動喫煙防止法案」の今国会での成立を目指しています。顧客の喫煙者の割合が大きい居酒屋業態の売り上げの減少は甚大と推測されています。

加えて、政府はアルコールの規制強化にも動いています。2014年に「アルコール健康障害対策基本法」が施行され、昨年5月に「アルコール健康障害対策推進基本計画」を策定しました。アルコール依存症や未成年者の飲酒、妊婦の飲酒など不適切な飲酒をなくすことを目的としています。

そうしたなかで物議を醸しているのが、2010年にWHO(国際保険機関)総会で採択された「アルコールの有害な使用を減らすための世界戦略」です。このなかで、国が取りうる介入策として「価格規制」など10項目を示しています。価格規制における1つの介入策として「酒の安売り規制」や「均一料金による飲み放題」を挙げているのです。

「飲み放題」は基本的に儲かります。よほどの大酒飲みの利用がなければ原価割れすることはありません。消費者にしてみれば飲み放題はお得感を感じることができるサービスです。日本では習慣的なサービスとして育っています。もし政府がWHOの採択に従って飲み放題を規制することになれば、居酒屋は大打撃を受けることになるでしょう。

ただ、WHOの採択は法的拘束力がないため、必ず実現しなければならないものではありません。日本の実情に鑑みた場合、飲み放題をなくすことはかなり高いハードルがあるといえます。飲み放題がなくなることは考えにくいといえるでしょう。

しかし、飲酒の強要や過度のアルコールの摂取に対する厳しい視線が強まっていくことは間違いありません。居酒屋業界にとって追い風にならないことだけは確かです。

居酒屋は苦境に立たされています。酒の安売り規制で救われる形になりそうですが、アルコール規制や消費者のライフスタイルの変化などによる需要の低迷の波に抗うことが難しい状況です。近年では飲食店の「ちょい飲み」という新たな脅威も現れています。日本の居酒屋文化に危機が訪れているといえそうです。

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著者/佐藤昌司 記事一覧/メルマガ

東京MXテレビ『バラいろダンディ』に出演、東洋経済オンライン『マクドナルドができていない「基本中の基本」』を寄稿、テレビ東京『たけしのニッポンのミカタ!スペシャル「並ぶ場所にはワケがある!行列からニッポンが見えるSP」』を監修した、店舗経営コンサルタント・佐藤昌司が発行するメルマガです。店舗経営や商売、ビジネスなどに役立つ情報を配信しています。

出典元:まぐまぐニュース!