東海バネ工業は多品種微量オーダーメイド受注生産で特殊バネを製造販売する。

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■手間のかかる「完全受注生産」に特化する企業

自社製品にバネを大量に使用するのは自動車や家電、情報通信などの業界で、市場の約85%を占める。こうした取引先を持つバネメーカーは、大量生産体制を取る。残りの15%は、発電所の安全弁バネや船舶機関部用バネに代表される特殊用途向けの市場になる。

特殊用途向けのバネ市場で独自性を発揮し、進化している企業が東海バネ工業(株)(渡辺良機代表)だ。同社は大阪市西区に立地し、売上高22億2000万円、粗利益率約35%、営業利益率は10%を超える社員数82人(2017年1月現在)の企業だ。

同社のバネは東京スカイツリーの制振装置用や小惑星探査機「はやぶさ」と「はやぶさ2」に使用され、さらに宇宙航空研究開発機構(JAXA)が「こうのとり」を打ち上げるH-IIBロケットの皿バネ、「しんかい6500(有人潜水調査船)」や明石海峡大橋などにも採用され、バネ職人の手による完全受注生産(平均注文数は5個、平均受注金額は6万円前後)で、高品質なバネを顧客に提供している。

■経営戦略は「多品種微量オーダーメイド受注生産」

東海バネ工業(株)が創業した1934年頃はすでに多くのバネメーカーが存在し、同社は後発メーカーとして参入した。先発メーカーとの競合を避けるため、同社は手間のかかるバネの少量オーダーメイド受注に特化した。しかし収益を高める仕組みをつくれなかったため、1970年代に標準品や中量受注に手を広げて失敗してしまう。そこで再度オーダーメイドに特化したバネメーカーとしての経営に軸足を置いた。

大量生産できない特注品は、職人の手作業のためにコストがかかり、販売価格は高くなる。しかし顧客からは値下げを要求され、それに応じていたため、同社の収益性は低かった。

渡辺社長が視察でドイツに訪れた際に、値引き要求に現地のバネメーカーはどう対処しているかを尋ねたところ、「価格が折り合わなければ注文を受けない」と言われ、職人による手作業の仕事は「値引きせず」、「言い値」で購入してもらうことが必須だと気づいた。

そこでどうすれば顧客に「言い値」で購入してもらうかを考え、他社が対応していない方法を模索し、「多品種微量オーダーメイド受注生産」体制を確立していく。

現在の東海バネ工業は市場の15%にあたる特殊用途向けに「多品種微量オーダーメイド受注生産」を根幹にすえて、
○価格競争を行わず、値引き販売を一切行わない
○機械に依存せず、職人の技術で製作する
○微量の注文だけを受ける。100〜200の数なら同社は設計だけを行い、製造は提携した企業に委託し、それ以上に大量の注文は引き受けない。
○納期が守れる注文だけを引き受ける
という経営スタンスを堅持している。

■「言い値」販売を実現した「製造履歴管理システム」

同社は1970年代に中小企業にもコンピュータが必須になるといち早く気づき、多くのコンピュータ会社に「言い値」販売を実現するシステムづくりについて相談した。しかし当時の日本は省力化と合理化の発想が主流で、担当するSE(システムエンジニア)は経営にうとく頓挫していた。

そんな時に大手コンピュータ会社から独立してITベンダーを立ち上げた人から、大阪にある酒屋のシステムを見せてもらう機会を得る。このシステムは顧客リストが縦列に配列され、横列には今日売る商品が書き込まれ、この表を基に営業マンが商品を車に積んで取引先を回る仕組みになっていた。40年前の当時に、こうしたシステムを運用していることに衝撃を受け、同社も「製造履歴管理システム」の構築に着手する。

当時の取引先数は約500社でおよそ20人の営業員が分担していた。既存顧客から過去に受注したことがある同じバネのオーダーが入ると、営業員は図面を探して生産現場とやり取りし、価格と納期がいつになるかを回答していたためタイムラグ(時間のずれ)が生じていた。

同社の顧客は、設備や機械の故障や製品の試作など、急いでバネを調達する必要に迫られている特徴があった。顧客から問い合わせが入った段階で速やかに価格と納期が提示できれば、値引きよりも歓迎され、「言い値」で顧客は購入してくれると同社は考えた。

そこで考案した「製造履歴管理システム」は、既存顧客から電話による問い合わせが入ると、顧客情報と受注履歴がモニター画面に表示され、材料の在庫確認と工場の稼動状況を踏まえ、納期と価格が自動計算されて顧客に提示できる仕組みだ。

このシステムはその後、継続的に改善して受注生産の効率化を高め、納期については約束納期遵守率99.97%、クレーム発生率は0.1%を誇るまでに進化した。既存顧客への迅速な対応を実現し、さらに値引き販売を一切行わない企業姿勢を貫いたことで「言い値」販売体制が実現した。

■HPとネット受注を活用して営業体制を強化

同社では長年にわたり特殊用途向けバネの市場を開拓してきた実績があり、その需要はほぼ開拓済みだと思い込んでいた。ところが2003年1月にネット受注システムを加味してHPを稼動させてみるとアクセス数が急増し、1年間に約100社の新規顧客を獲得できた。同社を必要とする顧客は潜在的にまだ多いことが明らかになった。

当初、約500社だった取引先数は、受発注業務のシステム化を図ったことで900社、3万件に増大し、逆に窓口業務の営業担当者は20人から10人に減らすことに成功した(2016年12月期)。

同社の顧客は1回当たりの注文個数が少なく、注文する頻度は低く、不定期という特徴がある。そうした顧客の数は多く、その受付窓口としてはHP上のネット受注システムが最も採算性がよくなっている。

■リアルとバーチャルによる営業活動と受注方法

東海バネ工業の顧客維持率は非常に高く、受注の8割以上は既存顧客だ。同社の営業活動にはふたつの方法がある。ひとつはネットによる集客だ。

門外不出だった設計技術者が必要とするバネの設計方法や応力(バネの力)の計算方法、バネ業界の製造ノウハウなどバネの技術情報を積極的に同社HP上に掲載し、企業の研究開発部門や大学の研究室からのアクセスを増やし受注につなげている。

他方は商品別に専門性を備えたスタッフによって構成される「営業グループ」が発電所や宇宙開発関連の研究所や組織を訪れ、同社が持つバネに関する情報提供を行う人的営業活動だ。

販売(受注)方法は、電話とネットのふたつがある。

顧客からの技術や設計の相談は、「技術サービスグループ」と呼ばれる専門スタッフが対応する。Webサイトがきっかけでつながった注文は、2016年時点で年間取引件数の約40%を占める。

同社は過去の取引や発注量などによって価格に差をつけることはなく、新規顧客も含めてすべての顧客が上顧客という方針で臨んでいる。

■「販売方法の進化」経営を推進する4つのポイント

時代を超えて求められる企業になるには、
(1)市場
(2)顧客
(3)意味(用途・役割)
(4)製品(商品)
(5)価格
(6)ブランド
(7)サービス
(8)課金方法
(9)販路
(10)販売方法
(11)コミュニケーション
という11の領域で経営を進化させ、経営全体を最適化することだ。

進化経営の詳しいプロセスは、『価値づくり進化経営http://www.jmca.jp/prod/2433』(日本経営合理化協会刊)に譲るが、今回は(10)販売方法の進化に取り組んだ東海バネ工業の事例から、企業が取り組むべき新たな販路の開拓を通じて、経営を進化させていくポイントを4点抽出する。

(1)4つの経営方針を明確に定め、その方針を実現する仕組みを考え出す

東海バネ工業は
「価格競争と値引き販売を一切行わない」
「機械に依存せず、職人の技術で製作する」
「微量の注文だけを受ける」
「納期が守れる注文だけを引き受ける」
という4つの経営方針を明確化し堅持している。

この4方針に沿って社内の仕組みをつくり上げ、企業の独自性と強みを創造した。「何をするか」を考える前に、『何をしないか』を決めることが、強みの源泉になる。

(2)顧客への対応を高度化させ、「言い値」販売を実現する

東海バネ工業は顧客が望んでいるのは価格よりも「スピード」にあると判断。顧客から問い合わせが入ると、見積もりと納期を即座に提示できるシステムをつくり上げ、さらにシステムを継続的に高度化させた。

「価値」を求める顧客は、「特注」「オーダーメイド」「故障による緊急性」「機会損失(チャンスロス)」「既製品では代替が利かない」「要求する品質が高い」「顧客の仕事の質が高い」といった傾向を備えている。こうした顧客に最適な仕組みと販売方法を用意することだ。

(3)顧客が必要に迫られてネット検索する場面に狙いを定め、ネット上にコンテンツを用意する

顧客が必要に迫られてネット検索する場面を洗い出し、そこに狙いを定めて自社の情報をネット上から絶えず発信(更新)すれば、潜在需要は顕在化できる。顧客がネット検索する際に、自社を探す検索キーワードは何かを特定し、ホームページのコンテンツに連動させる取り組みが必要だ。

(4)リアルとバーチャルを組み合わせて、販売方法を工夫する

コストのかかる人的営業(訪問営業・巡回営業)と、人が対面しない非人的営業(ネットやFAXや電話注文)を、既存顧客と新規顧客、さらに顧客単価と購入頻度によって組み合わせ、最適な仕組みを構築する。

新規顧客を増やすには、他社では入手できない専門的な情報を定期的に自社のHP上に掲載し、アクセス数を高める取り組みも必要になる。競合他社にない優位性を発揮するには、自社の立ち位置を明確化し、モノづくりの体制から販売方法まで独自性を発揮し、仕組みをつくり上げることに尽きる。

高収益企業は卓越したモノづくりに加え、新たな販売方法の開拓と受発注の仕組みづくりにも注力しているのだ。

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酒井光雄(さかい・みつお)
1953年生まれ。学習院大学法学部卒業。日本経済新聞社が実施した「経営コンサルタント調査」で、「企業に最も評価されるコンサルタント会社ベスト20」に選ばれたマーケティングのコンサルタント会社、ブレインゲイト代表取締役。著書に『価値づくり進化経営』(日本経営合理化協会)、『全史×成功事例で読む「マーケティング」大全』『成功事例に学ぶ マーケティング戦略の教科書』(共にかんき出版)、『コトラーを読む』『商品よりもニュースを売れ! 情報連鎖を生み出すマーケティング』(共に日本経済新聞出版社)、『中小企業が強いブランド力を持つ経営』『価格の決定権を持つ経営』(共に日本経営合理化協会)、『図解&事例で学ぶマーケティングの教科書(マイナビ 監修)』など多数ある。日経BP社日経BP Marketing Awards(旧名称 日経BP広告賞)の審査委員を務める。

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(ブレインゲイト 代表取締役 酒井 光雄)