黒いビニールハウスで覆われた工房

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 朴槿恵スキャンダルで、2015年末の日韓「慰安婦合意」に暗雲が立ち込めている。日本大使館前に建てられた元慰安婦のモニュメント「少女像」の撤去を巡る問題も、店晒しのまま。それどころか、目下、この少女像が次々と“他国へ輸出”されようとしているのだ。ジャーナリスト・織田重明氏がレポートする。

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 慰安婦問題における日韓の捻れを象徴するようになった少女像を作り続け、韓国の市民団体の間で英雄視されるキム・ウンソン、ソギョン夫婦が慰安婦問題と関わるようになった経緯について、夫のキム・ウンソン氏は、韓国のニュースサイト「オーマイニュース」のインタビューにこう答えている(2016年11月7日)。

「2011年1月に、日本大使館の前を通り、水曜集会(毎週水曜日に行われる抗議活動)を見て驚いたのです。『こんな集会を今までやっていたのか』と思った瞬間に、とても申し訳ない気持ちになりました。

 すでに水曜集会が始まるようになって20年ですが、未だにこの問題は解決されていませんでした。申し訳ない気持ちで挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)を訪ね、『私たちができることがありませんか。すまないという気持ちを減らしたいと思っています』と話したのです」

 自ら協力を申し出てきた夫妻に、当初、挺対協は日本大使館前に設置する記念碑の制作を提案した。

 夫婦が石碑に文字を刻もうと、デザインを考案したところ、「大使館の前に石碑を建ててはいけない」と日本側から圧力がかかった。

 反発した夫妻は、再び挺対協を訪ね、あらためて別の計画を提案したとインタビュー記事にある。それが、文字を刻んだだけの石碑ではなく、より慰安婦の被害を強調できる彫像ではどうか、というものだった。

「そうすれば、日本に謝罪と反省をより強く求めることができる」(同)

 2人の提案に、挺対協は喜んで、後押しを約束する。

 当初の構想では元慰安婦のハルモニの像とする案もあったが、妻のキム・ソギョン氏は15歳前後の少女の姿にすることを決め、彼女たちは男性によって性暴力を受けたとの考えから、制作も妻が担当した。

 かつて朝鮮半島で一般的だった三つ編みでなく、ざくざく短く切った髪型にしたのは、無理矢理連れ去られたことを表し、握りしめた手は一日も早く日本政府から謝罪を勝ち取るという気持ち、そして裸足は被害を受けた元慰安婦のハルモニたちの苦労をそれぞれ象徴しているという。

 費用の拠出にはすべて挺対協が関わっている。挺対協をめぐっては、あまりにも鮮明な反日姿勢を掲げ頑なに日本政府に謝罪と賠償を要求してきた経緯から、韓国国内でも批判が少なくない。

 2015年には元慰安婦からも、「当事者の意見も聞かず、日本との協議を拒否している」と、その活動方針を批判されてきた。

 そうした市民団体からの依頼と資金で少女像を制作し続けることは、本当に慰安婦問題の解決につながるのか。

 筆者が取材した関係者によると、夫婦は今後、さらにカナダやオーストラリア、さらにブラジルに設置するための作品を制作中だという。さらに別の関係者からこんな驚くべき情報を得た。

「釜山の日本総領事館前に少女像を設置する動きが進んでいて、設置予定日は12月28日。釜山向けの少女像は既に完成済みでやはり夫婦の手によるものです。日本外務省は韓国側に対して、設置に許可を出さないよう圧力をかけていますが、もはや政府が機能していないので予断を許しません」

 12月28日とは、ちょうど日韓合意を発表した日である。その一年後に企画されたこの設置運動は、実行されれば暴挙と言うほかない。

 工房を訪ねる直前、夫婦に電話で取材を申し込んだところ、当初は予定が空いていれば喜んで受けると言い、日程を確認して折り返すとしていた。しかし、しばらくすると「日本のメディアは歪曲報道をするので取材に応じられない」とメールで連絡してきた。

 工房の前で二日間待っていたが、結局、夫婦は現れなかった。夜の帳が下りると、半島特有の厳しい寒さが身を襲う。慰安婦問題解決の道が再び閉ざされないよう願うばかりである。

※SAPIO2017年1月号