インフルエンザなどの感染予防を期待して使用していた薬用石けん。何が起こっているのか。

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2016年9月2日、米国食品医薬品局(FDA)がトリクロサン等19成分を含有する「抗菌石けん」を、米国において1年以内に販売停止する措置を発表した。それを受けて9月30日、厚生労働省は日本化粧品工業連合会、日本石鹸洗剤工業会に、これらの成分を含有する「薬用石けん」に関し、含有しない製品への切り替えに取り組むよう、会員会社に要請した。現状、国内でのトリクロサン等を含有する薬用石けんによる健康被害は報告されていないという。

そもそも抗菌石けん、薬用石けんとは何か、トリクロサン等を含有する抗菌石けんにはどのような問題があるのか……。安全性の観点から、使うべき石けん、使ってはいけない石けんについて、洗浄と洗剤の専門家である横浜国立大学大学院環境情報研究院教授 大矢勝(おおや・まさる)氏に聞いた。

■なぜ、米国は規制を設けたのか?

ドラッグストアはもちろん、今やコンビニにも様々な効果をうたった石けん類が並ぶ。一体何を基準に選べばよいのかと、しばし商品棚を前に頭を悩ませることもある。

大矢氏によると、抗菌石けんとは菌を抑える成分を配合し、衛生面を向上させる効果をもつ石けんを指す。今回問題となったトリクロサン等の成分は、抗菌剤として含有されているものだ。一方、薬用石けんは薬事法で医薬部外品に該当し、何らかしらの薬用成分を配合した石けんを指す。肌の殺菌消毒を目的としたものの他、肌荒れの防止を目的として保湿成分が配合されたものなどがある。薬用石けんが必ずしも抗菌であるとは限らない。

ではなぜ、米国は抗菌石けんの販売停止という規制を設けたのか。トリクロサン等19成分が配合された抗菌石けんにはどのような問題があるのだろうか。

「今回の米国の規制を簡単に説明しますと、トリクロサン等の抗菌剤を配合せずとも、一般的な石けんで十分に菌を抑制できるということが明確になり、あえて抗菌剤を配合する必要がないと判断されたということです。その一方で、抗菌石けんを長期に渡って使い続けることにより、菌に対して影響(抑制)のある成分が、人体に悪影響を及ぼさないとは言い切れないという懸念があります。また、抗菌剤を使うことで、耐性菌が増えるリスクもあります。以上のことから今回の規制が設けられたのです」(大矢氏)

大矢氏は、石けんはその成分云々よりも、洗い方そのものが重要であるという。手のひらだけでなく、指先や指の間、手の甲までもしっかりと石けんで洗い流すことで、大抵の菌は抑制することができる。つまり今回の規制は、「一般的な石けんで十分に菌を抑制できるため、長期的な安全性が科学的に証明できない成分をあえて使う必要はない」という理由による、いたってシンプルな決断なのである。

■「手作り石けん」にも危険性が……

では、その他の石けんはどうだろうか。近年、よく目にするようになった「手作り石けん」。自宅で簡単に作れるとあって、ナチュラルなライフスタイルを実践する女性たちを中心に人気を集めている。身体にも地球にも優しいといったイメージを持つ「手作り石けん」ではあるが、大矢氏は「手作り石けんには良い面と悪い面がある」と、素人による石けん作りに警鐘を鳴らす。

「石けんを手作りすることを安易に考える方が多いですが、実は一部の製造工程には、大変危険な化学反応が含まれています。一般的な作り方としては、油を強いアルカリ(苛性ソーダ)で化学変化させるのですが、このときアルカリ物質が十分に反応せずにいると、出来上がった石けん自体に強いアルカリが残り、肌荒れなどを起こす場合があります。そのため、手作り石けんを使う前にPh試験をするなど安全対策が必要です。また、強いアルカリ(苛性ソーダ)が誤って目に入ると、最悪の場合、失明の危険性も否めません」(大矢氏)

環境によいとされるオーガニック成分配合の石けんについては、「オーガニックそのものを意識として大切にすることは大変重要であり、植物原料を使った石けんなどは、今の時代のひとつの方向性として肯定されるべきものだ」と大矢氏はいう。

ただし日本では、配合された複数の成分のうち、1種類でもオーガニック成分を使っていれば「オーガニック」と名乗れてしまうため、安全性は商品によって異なるということを知っておいた方がよいとも。

■本当に安全な石けんを選ぶためには

冒頭に触れた石けん選びに関して、本当に安心安全な石けんを見極めるためのコツはあるのだろうか?

「石けんは基本的に弱アルカリ性の物質ですので、化学的な性質から判断すると、皮膚を洗う場合は、できれば弱酸性や中性の洗浄料を使うのが好ましいことになりますね。肌や毛髪洗浄剤を選ぶ場合、最も重要なのは、自分の感覚を大切にすることです。香りや洗ったときの感触、洗い上がりなどを一番よく感じられるのは自分自身なのです。過剰な広告や製品のキャッチコピーにうたわれている効果効能を鵜呑みにして使い続けることは、避けた方がよいでしょう。

また、化学物質などのアレルギーがある場合は、できるだけピュアなものを選ぶことをおすすめします。実は皮膚のトラブルの原因となるのは、界面活性剤よりも香料などの化学物質が多いのです。

いずれにしても自分の身体の感覚を信じて、これがよさそうだなと思ったら使うというのがよいと思います。その上で、身体に異変があった場合は、そこに共通する成分を突き止め、その成分が含まれていない製品を試してみる。それを繰り返し、本当に自分にあった石けんを見つけ出すことが一番信頼できるやり方ではないでしょうか」(大矢氏)

生活するうえでの必需品、石けん。効果効能などの商品情報だけで判断するのではなく、本来人間に備わった“感覚“を優先させて選ぶ、という大矢氏からのメッセージは、石けんだけに限らずあらゆるものに当てはまりそうだ。

米国から始まった今回の規制は、さまざまな製品・サービスをよりシンプルにミニマムにしていくという点からも、他の産業に一石を投じることになるのではないだろうか。

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大矢勝(おおや・まさる)
横浜国立大学大学院環境情報研究院 人工環境と情報部門 教授。洗浄と洗剤に関する研究を行う。著書に『図解入門よくわかる最新洗浄・洗剤の基本と仕組み』(秀和システム)、『環境情報学 地球環境時代の情報リテラシー』(大学教育出版)などがある。

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(横浜国立大学大学院環境情報研究院教授 大矢勝 構成=富岡麻美)