コールセンターが入居するオフィスビル。バンコクのど真ん中にある

写真拡大

 今、タイでは「日本人が日本人を搾取する」、ひいては「日本人が貧困日本人を生み出す」システムが確立されている。

 その筆頭は、日系企業が運営するコールセンターだ。仕事内容は、オフショアの電話対応で、月8日の休み(自由に指定できる)を保証され、管理する日本人上司のパワハラや残業もほとんどなく、多くが一見ホワイト企業である。ただし、給与以外に関しては……という条件がつく。それらのタイの日系企業で働く日本人の平均給与は3万バーツ(約9万円)程度なのだ。

 いくらタイの物価が安いといっても、正直、この金額で暮らしていくには厳しいといわざるをえない。もちろんそれをわかっていて、選ぶわけなので、彼らが騙されているわけでもなんでもないのは事実。しかし、物価はここ2、3年で高騰化し、タイ国民の給料は上がっている。しかし、延々と同賃金で働き続ける日本人にとっては貧窮するのは避けられない。

 月給3万バーツでの生活を説明すると、それはもはやタイ人と同じ生活水準。ちなみに現在、日本語を話すことができるタイ人の給与(新卒)は、平均2万5000バーツ〜3万バーツ。つまり先日まで学生だったタイ人と同じ給与水準となる。食事に関していえば、基本的に自炊か、タイ人と同じように1食40バーツほどの屋台飯などで済まし、コンビニで40バーツほどのビールを買う。たまの日系レストランでの食事は、鼻をのばした駐在員との合コンで堪能するというコールセンター勤務の女性たちも結構いるようだ。

 住まいについては、日本人居住区で暮らすのであれば、1ベッドで安くみても2万バーツはくだらない。月給3万バーツでそのような生活ができるわけがなく、少し離れたところを余儀なくされる。夜遊びやゴルフに明け暮れる駐在員との格差は明らか。彼らと同じような暮らしを実現することなどほぼ不可能であり、コールセンターで働く多くの日本人は、ローカルのような生活をしているのが実情である。

⇒【写真】はコチラ http://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1205100

 実際にコールセンターで4年働き、先日退職したばかりの男性Yさん(39)と話し、その実態を聞いてみた。

 Yさんがタイに来たきっかけは「旅行で何回か来ていて、なんとなく好きだったから」。気がついたら4年が過ぎていた。これまでの仕事のキャリアは、コールセンターや飲食店のバイトなど、申し訳ないが、ほとんどキャリアらしいキャリアを築いていない。話せる語学はカタコトのタイ語とカタコトの英語。当然マニュアルありきのコールセンターで培ったものもはない。淡々とマニュアルに沿った対応するだけの業務であれば、スキルも身につかないのは当然。Yさんいわく、コールセンターでの仕事については、特にストレスもなく、満足していたという。ときに終業間際に、クレーマーに捕まるようなことはあったが、ほとんど問題のない仕事ではあった。前述したように面倒くさい日本人上司もいなかったという。3万バーツという給与でも賄えるように、5000バーツという破格のアパートで暮らし、1万5000バーツを生活費に充てた。残りの1万バーツを貯金に回していたという。Yさんは「そこまで浪費をする方でもないですから」と笑っていた。

 なぜ、特段ストレスもないコールセンターを辞めたかといえば、「このまま仕事を続けてもスキルにはならないから」。現在はタイで新たな仕事を探しているという。コールセンター勤めのスキルも特にない人材の存在を、タイに進出している一般の日系企業はすでに理解しており、普通に考えてまともな転職をできる見込みはない。その次も低賃金で働かされる飲食店やコールセンターが関の山。なぜアラフォーになるまで、スキルのことを考えることはなかったのか……。

 タイにいると、コールセンター勤務の日本人に会うことがしばしばある。それこそ合コンやクラブなどの遊び場でも。ただ、皆が一様、苦しい生活を表さないし、むしろ今が幸せだという人が多い。実際はタイ人と同じような生活をしながらも、ときに盛り場で発散することで、満足を得ている。

 実は低賃金なのは、コールセンターだけではなく、幼稚園や日本語学校の教師なども同じ。共通するのは、特別な語学が不要な点だ。「日本語だけで働けます」という誘い文句につられて、タイに移住し、搾取されるシステムが構築されているのだ。しかし、前述したが、決して騙されているわけではない。低賃金であるが、別の幸せを見出しているのである。日本では、スキルがない彼ら場合、就ける仕事は馬車馬のような生活を強いられるだろう。そんな日本から離れて、たまに贅沢をしながら、日常はタイ人と同じ生活を選択している。

 一度、幼稚園の先生たちと飲んだことがあるが、かなりの低賃金で働かされ、ストレスは相当なものだった。飲み方も激しい。あわや持ち帰られそうになった友人もいた……。

 日本のブラック企業から逃れ、タイに見出した場所は一見ホワイト企業。しかし、若い年齢ならいざ知らず、30代も後半になれば、もはや日本には帰る場所はないといっていい。コンビニの仕事ですら、外国人に占拠されていれば、もはや日本で何をすることができるのだろうか。日本人が生み出す日本人難民のシステムはすでに確立されているのだ。<文・撮影/ワダタケシ>