はじめに 本研究は、江戸時代の武士の生活に関する近年の実証的研究の発展を踏まえ、巷間に流布する通俗的な「武士道」とのズレを問うことに始まった。それはまた、実際の歴史上の武士とは無関係な「武士道」の神話の存立構造を問う研究でもある。つまり、これは、実在しない倫理学的理念の哲学的存在論、というイデオロギー問題である。 対外的には新渡戸稲造の英文著書『武士道』(1900)がよく知られているが、国内においては、井