北朝鮮軍「人気部隊ランキング」と女子の兵役義務化
さて、前回では北朝鮮の軍隊がいかに飢えているという話をしたが、今回も知られざる北朝鮮軍の内情についてお伝えしよう。北朝鮮には兵役があることから、17才以上は、基本的に軍隊に入隊しなければならない。
よくお隣の韓国では「懲役逃れ」が話題になるが、韓国はたかだか2年。対して、北朝鮮はなんと11年。男子は人生の多くの時間において、死ぬようなキツい思いを覚悟しなければならないのだ。
17才から28才といえば、最も楽しい貴重な青春時代だ。その時期を軍隊という閉鎖された社会で過ごすことを想像しただけで、そら恐ろしくなる。そのせいか、「どこの部隊で過ごすのか？」というのは入隊する若者にとっても最も重要な問題となる。
当然、人気のある部隊と人気のない部隊があるわけだが、知られざる「朝鮮人民軍人気部隊ランキング」について見てみよう。
朝鮮人民軍人気部隊ランキングの１位は!?最も人気がある1位の「護衛総局」はいわば「近衛部隊」である。軍服は一般部隊と異なり、帽子、靴、ベルトは将校と同じレベル。つまり「カッコいい」わけだ。どうせ軍隊に入るなら、作業着のようなみすぼらしい軍服よりも、将校が着るようなパリッとした軍服の方がいいに決まっている。さらに「護衛総局」は除隊後も平壌で安定した生活を送れる可能性も高いという点で最も人気がある。
2番目に人気があるのは「国境警備隊」。なぜならワイロでガッポリ小遣い稼ぎできるからだ。中朝国境は人の往来も盛んだ。とりわけビジネスマンが往来することから、禁制品の輸入などでワイロが横行する。なかには国境警備隊の兵役の間に「結婚資金」をためるちゃっかり者もいる。
3位はクオリティの高い物資が配給される「空軍と海軍」だ。11年と長い兵役生活だから比較的美味い食事にありつける「空海軍」は魅力的というわけだ。
さて、4位は「民間警察」だがこの理由が一番面白い。休戦ラインに位置する板門店。ここでは、米軍や韓国軍と対峙する。映画『JSA』を見ていただければ緊張した38度線の日常風景が垣間見ることができる。この部隊に「板門店で米軍と対峙してやろうじゃないか」と男気を出して入隊を希望する若者もいるのだ。
私の知人にも「民間警察」出身の脱北者がいる。背の高さはそれほどじゃなかったが、服の上からも鋼のように鍛えられた体幹の強さがつたわってきた。ヒマさえあれば、腕立て伏せと腹筋は欠かさない彼の武勇伝に少し耳を傾けてみよう。
「韓国に来て一時期、肉体労働の現場で働いたこともあるが、北朝鮮での軍役に比べたらチョロいもんだったね。ある現場では、露骨に脱北者を馬鹿にする韓国の若いヤツがいたんだよ。こっちは大人だから相手にしないが、ある時そいつが持てない荷物を俺がヒョイっと運んでやったんだ。そしたら後からそいつが近づいて来て『これからアニキって呼んでいいですか？』ってさ（笑）軍隊で鍛えた肉体と精神が韓国社会で大いに役立ったよ」
北朝鮮軍と聞けば、洗脳された鋼鉄の軍隊というイメージがある。しかし、入隊する「若者」は、置かれている状況こそ違えど「若者」である。お金も欲しければ、いいカッコもしたいし、女の子とも付き合いたいし、男らしく身体を鍛えたい。
そんな北朝鮮の若者が持つ人間くささが、「朝鮮人民軍人気部隊ランキング」から伝わってくる。
女性の兵役義務化でヤミ経済に大打撃!?さて、北朝鮮の軍隊には男子のみならず女子も存在する。軍事パレードでは、両手で自動小銃を持って、スカート姿で行進をする女性兵士たちの姿も見られる。兵役が義務化されている男子と違って、女子は本来、志願制だったが、最近になって気になるニュースが飛び込んで来た。
北朝鮮軍が「女性の兵役」を義務化するというのだ。これまで志願制だったが今年の4月から、満17才から20才までの女性に兵役が課されるという。
この背景には北朝鮮の若者の数の減少がある。約20年前の1995年ぐらいから北朝鮮は「苦難の行軍」といわれる大飢饉に見舞われた。様々な説があるので正確な数は、今なお不明だが数百万人が餓死したといわれる。その影響もあって乳幼児の死亡率は高まり、女性の出産率は大幅に減少した。
この最悪の状態から脱するのは2000年中頃からだ。もちろん、今も食糧事情は劣悪だが、相対的に最悪の状況からはなんとか回復した。年代から計算すると、15才〜20才までの若年層が、それ以外の世代と比べてかなり少ないことが推測される。この「薄い世代」の人数を補うために、わざわざ女性の兵役を義務化しようというのが北朝鮮当局の狙いだと思われる。
しかし、この方針は今の北朝鮮民衆からすればタマッたもんじゃない。なぜなら、今の北朝鮮経済を支えているのが女性たちだからだ。
北朝鮮の市場の主力は女性だ。若い女性から年配のいわゆる「おばちゃん」が所狭しと並べられた屋台のような商売スペースで、食料から日用品までありとあらゆるものを販売する。
余裕のある都市の市場で、商魂たくましい威勢のいい女性たちの商売する様子は、さながら東京上野のアメ横のようだ。
そんな経済の主力である女性が軍隊にとられれば、当然多くの一般家庭の経済状況が悪くなることも予想される。一番の大事な働きがしらである若い女性たちを軍隊に行かせまいと、はやくもワイロを使って「兵役逃れ」を目論む動きも出ている。
「北朝鮮の軍隊は恐ろしい」と思われがちだが、男子、女子限らずホンネでは軍隊のような生産性のない場所で過ごしたくないわけだ。
著者プロフィール
デイリーNK東京支局長
高 英起
1966年、大阪生まれの在日コリアン２世。北朝鮮情報専門サイト「でも日々、情報を発信中
