“撮影ボランティア”を日本の文化に
昔から、コントでよく見る風景。有名人が町を歩いていると、通りすがりの人に「スミマセン、写真お願いします!」と呼び止められ、その申し出を快諾。ポーズを取って待ち構えるも、スッとカメラを渡されて「なんだ、俺が撮る方だったのか……」と赤面するくだりのヤツ。
定番の流れではあるが、個人的には好きなシチュエーションだ。
何で急にこんなことを思い出したかというと、ある普及活動に取り組んでいる人を発見したから。2009年、ヒッチハイクによる日本一周を達成した米田真介さんが目指しているのは、「撮影ボランティアを日本の文化にしよう!」という試み。
「撮影ボランティア」とは、何か? 例えば、旅先などで記念撮影をする際。当然、1人は撮影する側に回らなければならない。ということは、カメラ担当の1人は写真に収まることがかなわないわけだ。そこに「良ければ撮りましょうか?」と声をかけてあげる……。なんてことをしながら、米田さんは日本一周旅行をしていたそうなのだ。
それにしても、何を発端にして「撮影ボランティア」を?
「高校2年生の時に、ゲーム『FinalFantasy X』でとめどない涙を流し、『500万人泣かせる』という夢を持つようになりました。そのために何が必要かと考えた結果、まずは『ほんのちょっと良いことをしながら、日本一周しよう』と思うようになったんです」(米田さん)
そこから「撮影ボランティア」に至る経緯は、ドラマだ。米田さんが淡路島に遊びに行った際。記念写真を撮ろうと、友人に向けたカメラのシャッターを押そうとした、その瞬間。
「はい、カメラ貸してみ。撮ったるわ」
突然話しかけられた見知らぬおじさんの行動に、何とも言えない感動を覚えた米田さん。それ以来、「撮影ボランティア」をしながらの日本一周を決意したのである。
実際、撮影ボランティアをしながらの旅を続けていると、色んなことに気づくようになる。こんな簡単なことなのに、たくさんの「ありがとう」がもらえること。自然なコミュニケーションが取れること。
素晴らしいことばかりが見えてきて、次第に「“撮影ボランティア”を日本の文化にしよう!」と心に決めるようになっていた。
ただ、それは容易なことではないだろう。世の中には、色んな性格の持ち主がいて。たとえば、私なんかは極度の引っ込み思案だ。見ず知らずの人に声をかけられるかどうか、ハッキリ言って自信がない……。
「日本人には、コミュニケーションを取るのが苦手な方も多いですよね。恐怖心や不安のせいで、なかなか自分から動けない人のために“大事なこと”を決めています」(米田さん)
そのルールとは、以下の2点。
・声をかける際の台詞は、「良かったら、撮りましょうか?」に決めておく
・もし、相手からの返答が“NO”だった場合でも、ヘコまない
「私も、今まで2,200人くらいの方に声をかけてきたのですが、段々わかってきたことがあるんです。中には『1人で写りたい』、『私が撮りたい』という方もいらっしゃいます。もし申し出を断られたとしても、それは自分自身が拒否されたわけではないのですから」(米田さん)
米田さんは、決して「頑張って、撮影ボランティアをして行こう!」と、みんなに義務感を持ってもらいたいわけではない。
カメラ片手に誰かを探している人を見た時。セルフタイマーで必死に撮影しようとしている人を見た時。「撮ってあげようかな……」という思いから一歩踏み出せば、感謝と相互提供の輪が広がる。そして、それが日本の国民性になれば、自分達の国を誇れる様になる。そんな未来図を描いているそうなのだ。
現在の米田さんは、自身が開催するカメラのワークショップの中で、参加者に「気楽に、『撮りましょうか?』と言ってあげてください」とオススしながら啓蒙活動を展開している。気張って、「撮影ボランティア」の普及活動をしているのではない。
「私はもう身に付いてしまっていますが、無理して声かけしようとしている人を見るとムズ痒くなってしまうんです(笑)」(米田さん)
ほんのちょっと不安と恐怖心を取り除くだけで良い。軽い気持ちで「撮影ボランティア」を行い、それが日本全国に広がれば……。結果、日本中のどこに行っても思い出の写真を残し合えるようになる。
ただ、米田さんの本心はここにあるのかもしれない。
「本当は、自分がどこに行っても思い出が残るようにしたいだけかもしれません」
一枚の写真を撮ることで、繋がりや思い出をたくさん残したいと考えているようだ。
(寺西ジャジューカ)
定番の流れではあるが、個人的には好きなシチュエーションだ。
何で急にこんなことを思い出したかというと、ある普及活動に取り組んでいる人を発見したから。2009年、ヒッチハイクによる日本一周を達成した米田真介さんが目指しているのは、「撮影ボランティアを日本の文化にしよう!」という試み。
それにしても、何を発端にして「撮影ボランティア」を?
「高校2年生の時に、ゲーム『FinalFantasy X』でとめどない涙を流し、『500万人泣かせる』という夢を持つようになりました。そのために何が必要かと考えた結果、まずは『ほんのちょっと良いことをしながら、日本一周しよう』と思うようになったんです」(米田さん)
そこから「撮影ボランティア」に至る経緯は、ドラマだ。米田さんが淡路島に遊びに行った際。記念写真を撮ろうと、友人に向けたカメラのシャッターを押そうとした、その瞬間。
「はい、カメラ貸してみ。撮ったるわ」
突然話しかけられた見知らぬおじさんの行動に、何とも言えない感動を覚えた米田さん。それ以来、「撮影ボランティア」をしながらの日本一周を決意したのである。
実際、撮影ボランティアをしながらの旅を続けていると、色んなことに気づくようになる。こんな簡単なことなのに、たくさんの「ありがとう」がもらえること。自然なコミュニケーションが取れること。
素晴らしいことばかりが見えてきて、次第に「“撮影ボランティア”を日本の文化にしよう!」と心に決めるようになっていた。
ただ、それは容易なことではないだろう。世の中には、色んな性格の持ち主がいて。たとえば、私なんかは極度の引っ込み思案だ。見ず知らずの人に声をかけられるかどうか、ハッキリ言って自信がない……。
「日本人には、コミュニケーションを取るのが苦手な方も多いですよね。恐怖心や不安のせいで、なかなか自分から動けない人のために“大事なこと”を決めています」(米田さん)
そのルールとは、以下の2点。
・声をかける際の台詞は、「良かったら、撮りましょうか?」に決めておく
・もし、相手からの返答が“NO”だった場合でも、ヘコまない
「私も、今まで2,200人くらいの方に声をかけてきたのですが、段々わかってきたことがあるんです。中には『1人で写りたい』、『私が撮りたい』という方もいらっしゃいます。もし申し出を断られたとしても、それは自分自身が拒否されたわけではないのですから」(米田さん)
米田さんは、決して「頑張って、撮影ボランティアをして行こう!」と、みんなに義務感を持ってもらいたいわけではない。
カメラ片手に誰かを探している人を見た時。セルフタイマーで必死に撮影しようとしている人を見た時。「撮ってあげようかな……」という思いから一歩踏み出せば、感謝と相互提供の輪が広がる。そして、それが日本の国民性になれば、自分達の国を誇れる様になる。そんな未来図を描いているそうなのだ。
現在の米田さんは、自身が開催するカメラのワークショップの中で、参加者に「気楽に、『撮りましょうか?』と言ってあげてください」とオススしながら啓蒙活動を展開している。気張って、「撮影ボランティア」の普及活動をしているのではない。
「私はもう身に付いてしまっていますが、無理して声かけしようとしている人を見るとムズ痒くなってしまうんです(笑)」(米田さん)
ほんのちょっと不安と恐怖心を取り除くだけで良い。軽い気持ちで「撮影ボランティア」を行い、それが日本全国に広がれば……。結果、日本中のどこに行っても思い出の写真を残し合えるようになる。
ただ、米田さんの本心はここにあるのかもしれない。
「本当は、自分がどこに行っても思い出が残るようにしたいだけかもしれません」
一枚の写真を撮ることで、繋がりや思い出をたくさん残したいと考えているようだ。
(寺西ジャジューカ)