現役の住職であり、プロの女性シンガー・ソングライター
今、まさしく原稿を書いております! ……こんな作業時は、いつも音楽をかけている。ただ、一つだけ気をつけていることも。日本語の歌詞が乗った曲は、決して流さない。だって、歌詞を耳で追ってしまうから。どうしても、集中できなくなるのだ。
だけど、満喫したい時はスイッチを変えている。それこそ、メッセージソングだって愛聴しているし。どちらかと言うと、本当はそういった曲の方が好きだったりするわけで。
そして、ある噂を耳にした。メッセージソングを得意とする、一風変わったミュージシャンが話題らしいのだ。今年の7月6日にメジャーデビューを果たしたシンガー・ソングライター、三浦明利(あかり)さんのことである。
実は彼女、ただの歌手ではない。とにかく、画像をご覧いただきたいと思う。……もう、ピンときましたか? 三浦さんは音楽活動を展開しつつ、それ以外の本職があるのだ。彼女は、シンガー・ソングライター。そして、奈良県吉野郡にある「光明寺」の住職でもあったりする。
このような展開を見せるようになった理由については、彼女の半生を追っていくとわかりやすいだろう。
1983年に光明寺に生まれた三浦さんがピアノを習い始めたのは4歳の頃。その後、14歳でギターを始め、高校入学とともにバンド活動を開始。バンド活動ではコンテストでグランプリを獲得し、アルバムを発表するまでの活躍を見せている。それだけではなく、ソロアルバムをリリースするという快挙まで……。
しかし、転機が訪れたのは2008年。25歳になった三浦さんはバンドを脱退し、光明寺の住職に就任することとなったのだ。
ここで一つの疑問が。彼女のプロフィールを見たら、誰でも考えると思う。……不本意ではなかったのか? こんなに順風満帆なミュージシャン人生を歩もうとしている矢先に、しょうがなくお寺を継いだのではないのか。
「いえ。小っちゃい頃から、お坊さんに憧れがあったんです」(三浦さん)
彼女にとっても、望んだ道だった。
それから数年は、住職活動に専念した三浦さん。演奏活動は、僧侶として呼ばれる寺院でのものが中心となっていった。
「そこでは、日々の生活で気づかされたことをお話ししつつ、曲も披露させていただきました」(三浦さん)
そして、今年。彼女が『ありがとう』という曲でメジャーデビューしたのには、こんな経緯があった。
「バンド時代からお世話になっているレコード会社の方から、『住職の生活を送っているからこそ、表現できる音楽があるんじゃないか』とお声をかけていただいたんです」(三浦さん)
そうして「住職としての生活に邪魔にならない程度に」という条件付きで、7月6日にメジャーデビューを果たすこととなった。
そして、デビュー曲『ありがとう』について。
「住職になって3年間は、自分なりに走り回ってきました。一時は『私だからこそ、頑張ってこれたんだ!』とも思いましたが、振り返ると多くの方の支えによってここまで来ていたんです。そして、それまでのことを『ありがとうございました』と言えなかった自分が恥ずかしくなりました」(三浦さん)
そんな想いを形にした渾身の一曲が、この『ありがとう』である。
実際、三浦さんとお話をしていると非常に伝わってくる。住職としての日々は、ミュージシャン活動にプラスになる面が多いようなのだ。
「曲ができるのは、何かの“気づき”をいただいた時なんですね。仏教に触れる毎日が、深く音楽に影響しています」(三浦さん)
それは、技術的な面に関しても同様。バンド活動をしていた頃、ボイストレーニングを受けていた三浦さん。しかし、今はそんな時間がない。その代わりとなるのが、住職としての毎日の生活である。
「今は、一日のうちにお経を読んで声を出す時間がすごく長いんですね」(三浦さん)
これが、ミュージシャンとしてプラスになっている。以前はヴォーカリストとして表現したくてもできない声域があったのだが、ここにきてその悩みが解消された。今の三浦さんの方が昔の三浦さんより幅が広がり、心にもゆとりができたそうなのだ。
「『音楽のルーツは何ですか?』と聞かれると、以前はブルースと答えていました。でもよく考えると、お母さんのお腹の中にいた時から“お経”を聴いていたんですよね。だから、ルーツは“お経”かもしれないです」(三浦さん)
“お経”が、ミュージシャン・三浦明利を育てた。ある種、変則にも見える現在の彼女のミュージシャン活動。実は、至極自然な姿なのかもしれない。
(寺西ジャジューカ)
だけど、満喫したい時はスイッチを変えている。それこそ、メッセージソングだって愛聴しているし。どちらかと言うと、本当はそういった曲の方が好きだったりするわけで。
実は彼女、ただの歌手ではない。とにかく、画像をご覧いただきたいと思う。……もう、ピンときましたか? 三浦さんは音楽活動を展開しつつ、それ以外の本職があるのだ。彼女は、シンガー・ソングライター。そして、奈良県吉野郡にある「光明寺」の住職でもあったりする。
このような展開を見せるようになった理由については、彼女の半生を追っていくとわかりやすいだろう。
1983年に光明寺に生まれた三浦さんがピアノを習い始めたのは4歳の頃。その後、14歳でギターを始め、高校入学とともにバンド活動を開始。バンド活動ではコンテストでグランプリを獲得し、アルバムを発表するまでの活躍を見せている。それだけではなく、ソロアルバムをリリースするという快挙まで……。
しかし、転機が訪れたのは2008年。25歳になった三浦さんはバンドを脱退し、光明寺の住職に就任することとなったのだ。
ここで一つの疑問が。彼女のプロフィールを見たら、誰でも考えると思う。……不本意ではなかったのか? こんなに順風満帆なミュージシャン人生を歩もうとしている矢先に、しょうがなくお寺を継いだのではないのか。
「いえ。小っちゃい頃から、お坊さんに憧れがあったんです」(三浦さん)
彼女にとっても、望んだ道だった。
それから数年は、住職活動に専念した三浦さん。演奏活動は、僧侶として呼ばれる寺院でのものが中心となっていった。
「そこでは、日々の生活で気づかされたことをお話ししつつ、曲も披露させていただきました」(三浦さん)
そして、今年。彼女が『ありがとう』という曲でメジャーデビューしたのには、こんな経緯があった。
「バンド時代からお世話になっているレコード会社の方から、『住職の生活を送っているからこそ、表現できる音楽があるんじゃないか』とお声をかけていただいたんです」(三浦さん)
そうして「住職としての生活に邪魔にならない程度に」という条件付きで、7月6日にメジャーデビューを果たすこととなった。
そして、デビュー曲『ありがとう』について。
「住職になって3年間は、自分なりに走り回ってきました。一時は『私だからこそ、頑張ってこれたんだ!』とも思いましたが、振り返ると多くの方の支えによってここまで来ていたんです。そして、それまでのことを『ありがとうございました』と言えなかった自分が恥ずかしくなりました」(三浦さん)
そんな想いを形にした渾身の一曲が、この『ありがとう』である。
実際、三浦さんとお話をしていると非常に伝わってくる。住職としての日々は、ミュージシャン活動にプラスになる面が多いようなのだ。
「曲ができるのは、何かの“気づき”をいただいた時なんですね。仏教に触れる毎日が、深く音楽に影響しています」(三浦さん)
それは、技術的な面に関しても同様。バンド活動をしていた頃、ボイストレーニングを受けていた三浦さん。しかし、今はそんな時間がない。その代わりとなるのが、住職としての毎日の生活である。
「今は、一日のうちにお経を読んで声を出す時間がすごく長いんですね」(三浦さん)
これが、ミュージシャンとしてプラスになっている。以前はヴォーカリストとして表現したくてもできない声域があったのだが、ここにきてその悩みが解消された。今の三浦さんの方が昔の三浦さんより幅が広がり、心にもゆとりができたそうなのだ。
「『音楽のルーツは何ですか?』と聞かれると、以前はブルースと答えていました。でもよく考えると、お母さんのお腹の中にいた時から“お経”を聴いていたんですよね。だから、ルーツは“お経”かもしれないです」(三浦さん)
“お経”が、ミュージシャン・三浦明利を育てた。ある種、変則にも見える現在の彼女のミュージシャン活動。実は、至極自然な姿なのかもしれない。
(寺西ジャジューカ)