ニューデリーで「安倍晋三通り」命名運動が始まったわけ--インド人がどれだけ日本に感謝しているか、ご存じですか

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インドは安倍晋三を忘れていない

国家間の関係には、条約によって築かれるものもあれば、貿易や外交、安全保障協力、あるいは共通の戦略的利益によって発展するものもある。しかし、最も長く続く国家間関係は、やがてそれ以上のものになっていく。そこには、国民同士の信頼、尊敬、感謝、そして心からの親愛の情という、人間的な側面が生まれるからである。

今日の日印関係は、まさにそのような関係になりつつある。

その意味で、現在インドで進められている一つの取り組みは、大いに注目され、支持されるに値する。ヌプル・テワリ氏が2023年に設立した「Connect India Japan」は、ニューデリー市内の通りの一つに、故安倍晋三元首相の名前を冠することを目指すキャンペーンを始めた。

一見すれば、通りに人の名前を付けることは、それほど大きなことではないように思えるかもしれない。しかし、こうした記念の行為には、実は大きな意味がある。通りは、人々の日常生活の一部である。そして、その名前は、その社会が後世に伝えたいと考えた人物、出来事、理念を次の世代に思い起こさせる。

したがって、インドの首都に「安倍晋三通り」が誕生すれば、それは単なる道路標識ではない。21世紀初頭における日印関係の目覚ましい発展に最も深く関わった日本の指導者の一人に対する、インドからの恒久的な敬意の表明となるだろう。

安倍晋三の日印関係へのビジョン

安倍氏は首相在任中、2007年、2014年1月、2015年12月、2017年9月の計4回、インドを訪問した。その中でも、最初の2007年の訪問は特に重要であった。

2007年8月22日、安倍氏はインド国会で演説し、後に「二つの海の交わり(Confluence of the Two Seas)」として広く知られることになる歴史的なスピーチを行った。ムガル帝国の皇子ダーラー・シコーに由来する言葉を用い、さらにスワミ・ヴィヴェーカーナンダにも言及しながら、インド洋と太平洋が交わる広大なアジアを描き、その中でインドと日本がより重要な役割を担っていく将来像を示したのである。

今日振り返ってみると、この演説がいかに先見性に富んだものであったかが分かる。

安倍氏は、目の前の外交課題だけを考えていたのではない。日印関係には、経済をはるかに超える可能性があることを理解していた。日本とインドは、ともに自国の歴史と伝統を強く意識するアジアの偉大な文明国である。それと同時に、地域的、国際的課題に協力して取り組むことのできる現代の民主主義国家でもある。

その後の安倍政権において、このビジョンは次第に具体的な形となった。2014年、日印両国は二国間関係を「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」へと格上げした。安倍首相とインドのナレンドラ・モディ首相の下で、外交、安全保障、インフラ、技術、投資、ビジネス、人的交流など、幅広い分野で協力が拡大していった。

しかし、政府間の合意や経済統計だけでは、日印関係のすべてを説明することはできない。

安倍氏の重要な功績の一つは、日印関係に、より大きな歴史的、さらには人間的・感情的な意味を与えたことにあった。安倍氏は、日本とインドが「何を一緒にできるか」だけではなく、「なぜこの関係が重要なのか」を語ったのである。

そして、安倍氏のインド観には、世代を超えた興味深いつながりもあった。

2007年の演説で安倍氏は、祖父である岸信介元首相が、その50年前にインドを訪問したことに言及している。岸氏がインドを訪れた時代は、アジアにとっても日本にとっても全く異なる時代であり、戦後の日本が国際社会における地位を再構築していた時期であった。安倍氏は、その歴史を強く意識していた。

そもそも国家間関係は、一度の首脳会談で築かれるものではない。

それは世代から世代へと受け継がれていくものである。

なぜ「安倍晋三通り」なのか

だからこそ、Connect India Japanの提案には特別な意味がある。

道路は、人々の日常生活の中に存在する。最初は、その名前の由来を知らないまま何千人もの人々がそこを通るかもしれない。しかし、やがて誰かが当然の疑問を持つだろう。

「安倍晋三とは誰だったのか」と。

インドの若者が、日本の首相の中でも特にインドとの関係を重視した人物であったことを知るかもしれない。ニューデリーを訪れた日本人がその道路名を目にし、安倍氏の貢献に対するインドの感謝を感じるかもしれない。親が子どもに安倍氏について説明することもあるだろう。研究者、外交官、ビジネス関係者、そして一般市民もまた、両国の関係が自然に生まれたのではなく、それを信じ、築こうとした人々によって形成されたことを思い起こすかもしれない。

その意味で、歴史の記憶が街の風景の一部になるのである。

そして、私がこの取り組みに特に関心を持つもう一つの理由がある。

その背景には、ヌプル・テワリ氏自身の物語があるからである。

ヌプル・テワリ氏と「恩返し」

テワリ氏は20年以上にわたって日本で生活してきた。したがって、彼女と日本との関係は、単なる仕事上のものではない。日本は彼女の人生そのものにとって、重要な存在となった。

彼女によれば、日本は多くの機会と友情、そして尊厳を与えてくれた国である。そして、自分自身を信じることが難しかった時にさえ、日本は彼女を信じてくれたという。

その経験が、後にConnect India Japanの理念を形作ることになった。

2023年に同団体を設立した際、テワリ氏は、それを単なるビジネス事業として考えてはいなかった。その根底に置いたのは、彼女が日本で学び、実際に経験した、非常に日本的な考え方であった。

「恩返し」である。

「恩返し」という言葉が持つ意味を、一つの英語表現だけで完全に伝えることは難しい。そこには感謝、義理、相互性といった意味が含まれている。誰かから親切や助けを受けたなら、それを忘れるのではなく、いつか何らかの形で返す、あるいは次の人へとつないでいく。

テワリ氏にとってConnect India Japanは、自らの人生の大切な部分を過ごした日本への「恩返し」の一つなのである。

同時に、彼女の原点はインドにある。

彼女は、この二つの国との関係を実に印象的な言葉で表現している。

「インドは私に根を与え、日本は私に翼を与えた。」

そしてConnect India Japanは、その二つを結ぶ橋となった。

同団体は、日本とインドを経済的、戦略的に近づけるだけではなく、文化的、そして人間的にも結び付けることを目指している。これまで、人、企業、政府、各種機関、地域社会をつなぎ、日印交流イベントを開催し、日本でインド各州を紹介するとともに、日本からの代表団とインド政府・関係機関との会合を支援し、メディア・プラットフォームを作り、両国の人々を紹介するなど、さまざまな活動を行ってきた。

安倍氏を顕彰する今回のキャンペーンは、こうした活動の延長線上にある。

国家ではなく人と人との関係へ

安倍氏は、国際関係を考える際に時として忘れられがちな重要なことを理解していた。

国家間の関係は、政府間合意だけでは永続しないということである。

政権は交代する。首相もいつか退任する。経済状況は変化する。戦略環境も変わる。

それでも国家間関係を長く維持する力となるのは、その関係がどれだけ一般の人々の間に根付いているかということである。

だからこそ、人的交流が重要なのである。

海外で学ぶ学生、相手国に投資する企業人、研究を行う学者、異文化に触れる旅行者、友情を育む地域社会、そして相手国の言葉を学ぶ人々--こうした一人ひとりの活動は、数字では測りにくいかもしれない。しかし、国家間関係に対して非常に大きな貢献をすることがある。

テワリ氏の取り組みは、まさにこのような「下からの外交」の一例である。

それは、一つの国の人々から、もう一つの国の政治家に贈られる敬意の表明である。それと同時に、両国関係の可能性を強く信じた指導者への感謝でもある。

したがって、通りに安倍晋三氏の名前を付けることは、単純でありながら力強いメッセージを発することになる。

私たちは忘れない。

インドの可能性を信じた日本の首相を忘れない。

日印関係の強化に大きな力を注いだ指導者を忘れない。

彼の時代に発展した両国の友情を忘れない。

そして、インド国会で雄弁に語った、インド洋と太平洋を結ぶ協力のビジョンを忘れない。

「二つの海の交わり」から「二つの国民の交わり」へ

安倍氏が2007年に示した最も印象的なイメージは、やはり「二つの海の交わり」であろう。

地理的に見れば、日本とインドは海洋アジアの異なる場所に位置している。歴史的にも、両国は大きく異なる道を歩んできた。

しかし、インド洋と太平洋は両国を隔てるものではない。

むしろ、両国を結んでいる。

安倍氏は、その地理が持つ可能性を見抜いていた。

これからの課題は、この戦略的な関係とともに、人間同士のつながりをさらに深めていくことである。

「安倍晋三通り」は、そのための小さくとも永続的な一歩となるだろう。

何十年か後、ニューデリーの「安倍晋三通り」を歩いているインドの子どもが、その標識を見上げて、親や先生にこう尋ねる日が来るかもしれない。

「安倍晋三って、誰?」

その時、こんな答えが返ってくれば素晴らしいと思う。

「インドと日本は素晴らしい友人になれると信じていた、日本の首相だよ。」

国際関係について説明するには、もっと複雑な言葉はいくらでもある。

しかし、これほど分かりやすく、その本質を表す言葉も少ないのではないだろうか。

したがって、ヌプル・テワリ氏のキャンペーンは、単に道路に名前を付ける運動ではない。

それは感謝についての取り組みである。

歴史を記憶するための取り組みである。

「恩返し」の取り組みである。

そして、アジアの二つの偉大な文明を近づけることに貢献した一人の人物を記憶するための取り組みである。

安倍晋三氏は、「二つの海の交わり」を語った。

今度は私たちが、「二つの国民の交わり」をさらに築いていく番である。

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