9月1日、皇居で行われた宮内庁の防災訓練を視察した天皇ご一家(写真/宮内庁提供)

写真拡大

 関東大震災から103年を迎えた9月1日、東京都墨田区の都立横網町公園にある都慰霊堂では、震災の被害者らを追悼する関東大震災並びに都内戦災遭難者秋季慰霊大法要が行われ、秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまが出席した。関東大震災では、約10万5000人もの死者や行方不明者を出している。

【写真】イギリスのリーズ大学留学中に親しくなった男性とカフェで過ごす佳子さま

天皇ご一家が皇居の防災訓練に参加

 主催した東京都慰霊協会会長は今年7月の熊本地震などに触れ、「震災はいつ起こるかわからない。関東大震災の悲惨さや戦災の記憶を後世に引き継いでいかなければならない」と挨拶した。濃いグレーのスーツに黒の帽子姿の佳子さまも焼香し、深く頭を下げた。佳子さまは、2019年9月の秋季慰霊大法要に、初めて出席している。

 また、天皇、皇后両陛下と長女の愛子さまは同じ日、皇居で行われた宮内庁の防災訓練を視察した。さらに、宮内庁や皇宮警察の職員らと一緒に消火訓練にも参加した。

 ご一家はそれぞれが消火器を手に持ち、手順を確認しながら的を狙って消火剤をかけた。その後、ホースを使った訓練に移り、最初に天皇陛下が「放水開始」と声を出して放水した。続けて愛子さまと皇后さまが、同じように水を放っていた。

 宮内庁によると、ご一家が皇居の防災訓練に参加したのは初めてだという。天皇陛下と愛子さまは、以前住んでいた赤坂御用地(東京都港区)での訓練には、参加したことがある。

移住90周年にあたり、秋篠宮ご夫妻はパラグアイを公式訪問

《5泊の滞在の間、首都アスンシオンのほか、ラ・コルメナとイグアスという2つの移住地を訪れ、日本人移住者や日系人の方々のこれまでの歩みや現在の活躍の様子を伺うとともに、さまざまな立場で両国関係に尽力している方たちとも交流をすることができ、印象深く、かつ、有意義な旅となりました。20年の時を重ねてきたことを思うと、私たちにとって、パラグアイは大変思い出深い地となったと申せましょう》

 今年は日本人の移住90周年にあたり、秋篠宮ご夫妻は8月18日から26日まで、南米パラグアイを公式訪問した。

 そして帰国後、宮内庁は「パラグアイご訪問を終えて」という長文の文章を発表し、その中で、秋篠宮ご夫妻は前述したように、今回の公式訪問の意義などについて綴っている。

 ご夫妻のパラグアイ公式訪問を振り返ってみたい。パラグアイ到着後、英雄廟で献花をした。三国同盟戦争(1864~1870年)とチャコ戦争(1932~1935年)で命を落とした人たちが祀られている廟で、南米史上最も苛烈な戦とされる三国同盟戦争時には、パラグアイの男性の9割が命を落とし、子どもも戦争にかり出されたとの説明を受けた。

 2日目には、ペニャ大統領夫妻を表敬している。今回の訪問は、昨年5月に来日した大統領から直接、訪問のオファーを受けたことが始まりだった。歓迎午餐会で、大統領夫妻とさまざまな話をすることができ、日本との関係をとても大切に思っていることが端々から伝わってきたという。

 その後、訪れた港文化センターでは、パラグアイの手工芸品・ニャンドゥティの実演を見学し、同国の伝統的な音楽のひとつであるグアラニアの演奏を鑑賞した。

 翌日は、パラグアイ日本人移住90周年記念式典に出席した。式典には、ペニャ大統領夫妻やパラグアイ各地からの日本人移住者、日系人たちが参加していた。式典に続いて行われた祝賀会では、移住の歴史を振り返る動画、日本と関係のある4つの学校の子どもたちによる合同の合唱などが披露された。

 日本と関係の深いパラグアイの人たちや、全国から集まった日本人移住者、日系人たちと懇談したが、ご夫妻はこう綴っている。

《日本とパラグアイとは地理的に離れていますが、とても親しい関係を築いています。これは両国の関係者や両国民の努力の賜物であり、また、両国の架け橋として活躍する日本人移住者・日系人の人々の貢献によるところが大きいと感じました》

 今回の訪問は、かつて日本人が移住した居住地を訪れることが目的の一つだった。2006年秋に秋篠宮さまが公式訪問した際はラ・コルメナだけだったが、今回は最も新しい移住地であるイグアスにも足を延ばしたという。

秋篠宮さまや佳子さまたちの“働き方改革”を、良い手本に

 日本人が最初に移住したラ・コルメナでは、日本語学校の子どもたちの元気な歌声で迎えられ、拓殖記念碑を見学し、慰霊碑に供花した。ラ・コルメナ日本文化協会が昼食会を催し、パラグアイの日系社会に伝わる日本食や、日本語学校に通う子どもたちによる歌で、もてなされている。

 午後、田中秀穂写真記念館を訪れ、かつてのパラグアイの様子や当時の道具や生活用品、その時代の医療機器などを見学した。

 イグアスでは、日本人会や日本語学校の子どもたちに迎えられ、中央公園では、上皇ご夫妻が1978年に植樹したラパーチョとサクラを見学した。また、日本語学校の校庭で子どもたちと一緒にラパーチョとサクラの木を植えている。

 日本語や日本の文化の教育に力を入れる「ニホンガッコウ」と「日パラグアイ学院」という二つの学校を訪れた。この学校からは、これまで在校生が何度も日本を研修で訪れていて、その際、秋篠宮ご一家とも交流する機会を持っている。今回、それぞれの学校を訪問し、授業を見学したり、在校生たちと交流した。

 9月1日、秋篠宮さまは熊本県を訪れ、総裁を務める恩賜財団済生会の病院を視察した。報道によれば、熊本市と宇城市で、熊本地震に被災しながら患者の対応に当たった病院職員と面会し、お見舞いとねぎらいの言葉をかけたという。

 熊本市の済生会熊本病院では、災害拠点病院として、多くの患者を受け入れた病院の状況について、院長から説明を受けている。自宅が損壊するなどした医師や看護師らと懇談した秋篠宮さまは、「ご家族は大丈夫でしたか」などと声をかけたという。その後、宇城市の済生会みすみ病院を訪問した。勤務中に地震に遭い、半壊した自宅に子どもが一時閉じ込められたという女性看護師には、「大変でしたね。無事で良かったですね」などと、話していたという。

 秋篠宮家では、佳子さまが慰霊の大法要に出席した一方で、同じ日に父親は地震で大きな被害を受けた熊本県を訪れ、天皇、皇后両陛下よりも早く被災者たちを見舞っている。三人一緒に、皇居で行われた防災訓練に参加した天皇ご一家とは対照的だった。

 皇族数が減少し、公的な活動の見直しが求められている中で、秋篠宮ご一家のように、家族が分担して仕事をすれば、2倍、3倍の活動を迅速に行うことが可能である。今、皇室には創意工夫が求められている。秋篠宮さまや佳子さまたちの“働き方改革”を、良い手本として広めてもらいたい。

えもり・けいじ 1956年生まれ。1980年、毎日新聞社に入社。社会部宮内庁担当記者、編集委員などを経て退社後、現在はジャーナリスト。著書に2025年4月刊行の『悠仁さま』(講談社)や『秋篠宮』(小学館)など

週刊女性2026年9月29日・10月6日号