「死と一番近づいたときに生きている感じがする」青木真也が43歳で気づいた“格闘技しかなかった人生”と引退後にやりたいこと

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「勉強もしていないし、青春もしていない」。格闘技に人生を注いできた青木真也は“引退”の二文字がよぎる中で、これまで経験してこなかった“B面”の人生を意識するようになった。「何かを始めるなら、今が一番早い」と語る、その胸中とは。(前後編の後編)

【画像】坂本龍馬の肖像写真と同じ写真技法で撮影された43歳の青木真也

「生」を感じられる快楽はやっぱり強い

――今回、朝倉未来選手との試合を終えて、改めて格闘技について考えたことはありますか。

青木真也(以下同) 格闘技って、表現方法としてめちゃくちゃ簡単なんですよね。

――簡単なんですか?

めちゃくちゃ簡単です。だって、所作みたいなものがいらないですもん。

――プロレスよりも?

もう比較にならないです。感情を出せばいいんですよ。「痛い」「泣ける」「怖い」とか、そのまま隠さず出せば伝わる。ドキュメンタリーだから、何かを作らなくていい。そのまま出せばいいから。

もちろん、格闘技をやること自体はつらいですよ。でも「表現する」という意味では、本当に楽なんです。感情を出すだけだから。そこに嘘偽りがなければいい。

――格闘技以上に「生きている」と感じられるものは、なかなかないのでは?

ないと思います。よく、死と一番近づいたときに「生きている感じがする」って言うじゃないですか。それを日本の現代社会で感じられる、一番ギリギリのところではあると思う。

「実際に死んだことねえだろ」と言われたらそうなんだけど、その範疇でいえば一番近い。そのギリギリのところで「生」を感じられるという快楽はやっぱり強いですよ。だから離れられないんです。

――今回の試合は、世間の注目度もかなり高かったですよね。

本当はよくないんだけど、わかりやすく注目も得られるし。今回なんて特にすごかったじゃないですか。わかりやすく追い込まれて、わかりやすくプレッシャーをかけられて、わかりやすく注目が来る。その感じに酔っ払えちゃう。

しかも自分の中では、「そんなに難しくない」と思っている。そりゃ、やっちゃいますよね。

――それだけ気持ちいいものなら、なおさら辞めづらい。

だからこそ「辞めなきゃな」と思うんです。格闘技の刺激と、表現としての格闘技の楽さが、もう自分に染み付いているから。

これを持ったままだと、ほかの表現をやっても自分の腕が上がらないと思うんですよ。一回、格闘技を離さないといけない。

「僕、“B面”がまったくないんですよ」

――格闘技を離れたあと、具体的にやりたいことはありますか?

「何をやりたいんですか?」と聞かれたら、正直、今までやってこなかったこと、失ったことをやりたいです。これは本当の話です。僕、小学校3年生から柔道をやっているから、普通のことを全部やっていないんですよ。

勉強もしていないし、青春もしていない。アルバイトすら怪しい。学生の頃に山崎パンで何回かやったぐらい。だから「B面」がまったくないんですよ。

――B面。

そう。だからB面をやりたい。プロレスも、そういう意味では僕にとってB面なんですよ。体が動くうちに、格闘技をやっているときにはできなかったことをやりたい。

―― とはいえ、早稲田大学も卒業していますよね。学生時代をもう一度ちゃんとやりたい、遊びたいみたいな感覚ですか。

僕は単位も卒論も、「とにかく卒業できればいい」ぐらいで適当にやり過ごしていましたから。高校時代の青春も本当にしていないです。彼女と制服を着て一緒に帰った、みたいな思い出もない。

朝6時に学校へ行って、夜9時に帰るような生活をしていたので。全部、競技に向けて突っ込んでいたんですよね。

今、静岡で自転車に乗って河原を走ったりするんですけど、そこでふと思うんですよ。「ああ、高校時代に他の部活の友達が話していたことって、本当にやってたんだ」って(笑)。

――どういうことですか。

静岡の河原なんて平日ほとんど人がいないじゃないですか。高校の頃、友達が「こないだ河原でさ…チョメチョメしちゃってさ」みたいな話をしていても、当時の僕には全然わからなかった。今になって「あいつら、本当にここでそういうことやってたんだ」って(笑)。

当時の僕は、朝から晩までトレーニングですから。街を歩いていても、「ここが、あいつらが言っていた“放課後に寄る店”みたいなものなのか。本当に実在するんだ」って思う。大学を出て、そのまま格闘技をやっているから、やっぱり人生が偏っているんですよ。

――かなり大きなものを格闘技に突っ込んできた。

全部です。だから今、その反対側にあったものを見てみたいんでしょうね。

「43歳の自分だって今しかない。今が一番早いんですよ」

――ただ、ちょっと残酷なことを言うと、失った青春を今から同じ形で取り戻すことはできないですよね。

だからこそ、若い頃の時間ってすごく価値があると思うんですよ。今の僕が20代に戻ることはできない。もっと言えば、43歳の自分だって今しかない。だから、いつまでもこんなことをやってちゃダメだ、と思っちゃうんです。今が一番早いんですよ。

――「まだ43歳」とも言えるけれど、「もう43歳」でもある。

真面目な話、45歳、46歳まで格闘技をやっていたら、そのあとに何かやりたいと思っても、できなくなることがある。体が動く時間も限られている。格闘技って、やろうと思えばまだやれちゃうんですよ。だから怖い。

――今までとは違う人生を作らなければいけないわけですね。

そうですね。最初は、この夜の商売というか、格闘技の世界から離れて、真っ当に生きることだと思っています。そうしないと人生が壊れていく。ここから何かを積み重ねていかないといけない。

経済的な話じゃないんですよ。「引退したらどうやって食べるんですか」という話じゃなくて、自分が今までやってこなかったことをどうするか、という話。僕はそこを、今けっこう真剣に考えています。

――青木さんは格闘技を「夢を掴む」ものではなく、「生存戦略だった」と話していました。極限まで向き合ってきた達人が、生き残るために身につけた武器を今度は手放すという作業は簡単なことではないと思います。

柔道も、警察官になろうとしたことも、格闘技も、僕にとってはずっと生存戦略だったんですよ。「これが夢です」というより、生き残るための爪だった。だから、それをなくした自分がどうなるのかは、やっぱり怖いですよね。

今までは、それがあれば何とかなると思って生きてきたわけですから。それを自分から手放して、そのあと何が残るのか。そこはやっぱり難しいです。

――でも、その先を見てみたい気持ちはありますか?

あります。格闘技をやってきた時間を否定する気は全然ないですよ。それがあったから今があるので。ただ、ずっと同じことを続けるのも違う。20代には戻れないし、43歳なら、43歳でしかできないことがあるはずじゃないですか。

でも、50歳になってから「43歳のときにやっておけばよかった」ということだってある。だったら、今やるしかない。今が一番早いんですよ。

――長渕剛の歌詞みたいですね。

やるなら今しかねえ♪ 「西新宿の親父の唄」じゃないんだよ(笑)。でも、本当に一つ一つやっていかないと、60歳、70歳でツケが来る。だから今、ちゃんとやらなきゃなと思っています。

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取材・文/小谷進平(集英社オンライン編集部)
撮影/松本淳(Peta Photo Studio)