90歳の母親を乱暴に介助したら、大腿骨が折れた!母のこれまでの愛情を思い返し、退院後は心を入れ替えて
「老人骨折の発生・治療・予後に関する全国調査」によると、大腿骨頚部骨折患者数は80~89歳が最も多く、高齢者ほど軽微な外傷により、屋内で骨折しているという。思わぬことが招いた惨事。リハビリを経て取り戻したのは、健康だけではなかった……。大石さち子さん(仮名・神奈川県・元団体職員・69歳)は、自宅で介護している母親に、忙しい中パジャマの裾を直してと言われ、苛々しながら服を引っ張ったところ--。
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苛々しながらしたずさんな対応で大ごとに
この手記は、母への贖罪の意を込めて書いている。私の母は80歳頃からリウマチを発症し、85歳を過ぎた頃からはほとんど歩けなくなり、90歳で生活のほぼすべてに介助を必要とし、ベッドで一日を過ごす状態となった。
そしてその介護を一手に担うのは娘である私。「今は施設に入れるのがあたりまえなのに、かなりの親孝行娘だ」と自負していた。
ある朝、おむつ替えや食事介助に追われている私に、母が「パジャマの裾が背中の下で丸まって気持ちが悪いので直して」と言う。母は昔から身なりがきちんとしていないと気が済まない性質だった。「何よ、この忙しい時に」と私は苛々しながら、ベッドから母の背を起こし、「エイ!」と思いきりパジャマの背中側を引っ張った。
その途端、「痛い!」と母が絶叫。これは後でわかったことだが、その瞬間、右大腿骨の転子(てんし)部がぼきりと折れていたのだ。
あの程度の力で折れるなどとは、思ってもみなかったので、私は母がその後も痛い、痛いと訴え続けても、「いつものリウマチ痛でしょ」とまともにとりあわず、構ってほしくて甘えているのだとすら思っていた。
ところが夕方になっても痛みが続くというので、かかりつけの整形外科の先生に往診を頼み、先生が来る前に車椅子に母を乗せたところ、あまりの痛みに白目をむいて失神。そこでようやくただごとではない、と救急車を呼ぶことに。運ばれた大学病院で骨折がわかり、私は自分の行いを悔いるばかりだった。
その日のうちに医師の指示で、近所の中堅病院に移動。しかしコロナ下だったため、PCR検査の結果が出るまでは一般病棟には入院できず、コロナの疑いのある患者たちと同室になると言われた。
骨折よりもコロナ感染が心配で、私は入院を断り、母を家に連れ帰ることに。しかしこれも間違いだった。母は骨折による血管損傷で、太股内部に出血が起きていたのだ。
翌日、母の太股に広範囲のあざを見つけ、再び救急車を呼ぶ。母は都内の総合病院に運ばれ、大量出血のためすぐに輸血となった。全身状態の悪化は落ち着いたが、私は「母をこんな目にあわせて、親不孝者だ」とひどく落ち込み……。
処置室のベッドに横たわる小さな母に「ごめんね」と言うと、母は優しい声で「あなたが悪いんじゃないよ、お母さんの体が悪いんだ」。この期に及んで娘をかばう、健気な母の様子に、涙するしかなかった。
退院後、娘の愛が母にも伝わって
結局、母は20日間の入院となった。コロナ下で面会もできず寝たきりだったのがこたえたのか、退院時は、私の顔もすぐにはわからない状態になっていた。
手の爪や口ひげも伸び、やせた母を見て、あんなわずかな力で骨が折れ、これほど大ごとになるなんて、と高齢者の骨折の恐ろしさを思い知らされた。
退院して帰宅し、いつものベッドに移った母はほっとしたようで、私が「何食べたい?」と聞くと、「ラーメン」。食欲があり、好きだったDVDの鑑賞もできた。
ただ骨折は完全治癒とはいえず、後遺症で足が上がらなくなっていたため、特におむつ替えの時には一苦労。訪問看護師に教えてもらった、腰を浮かせずにするおむつ替えに悪戦苦闘しながら、私は自分が折ってしまった右の大腿骨のあたりを見つめた。
アルコール依存症の父と寝たきりの姑の世話をしながら、何不自由なく私を育ててくれた母。当時、家がスーパーから遠い坂の上にあったので、母の日課は、ママチャリを30分も漕いで買い物をすること。私が育ったのは、この太股のおかげであった。
私は生来がさつで、何をするにも細かさが足りないと、よく母から注意を受けたものだ。それなのに、母に介護が必要になった時に気を付けようとも思わず、世話をする時も「面倒だ、自分の時間をうばわれる」という感情ばかりに支配されていたように思う。
私は、母が今までどれだけの愛と労力を私に捧げてきたかを思い返し、心を新たにした。食事作り、おむつ替え、入浴、マッサージ、すべて心を込めて丁寧に行う。母親が赤ん坊に離乳食を作るように、沐浴させるように。愛が加わると、面倒でしかなかった介護は学びの場に変わった。
退院1ヵ月ほどで、母は少しずつ足を上げられるようになり、おむつ替えも従来通りに。母の気持ちも明るくなったようで食欲も増し、体調の良い時は2人で私の子どもの頃の思い出話をしたり昔歌っていた童謡や唱歌を歌ったりもした。
以前は、リウマチの絶え間ない痛みから、たびたび「死にたい」と訴えていた母。「今でも死にたい?」と問うと、「死にたくない」と力強く答える。
90歳を過ぎて私の不注意から心身ともにつらい思いをさせてしまった母には、詫びる言葉もない。だが良いこともあったと言える。
それは私の母への愛と、母の生きたいという意欲が復活したこと。不思議なことに、愛は伝播するのだ。そして母は今も、生きようと努力を続けている。
骨折しないために…
大石さんの母親は介護中のわずかな力で大腿骨を骨折し、20日の入院となりました。
シニアの骨折を防ぐには、「転倒しないための環境づくり・歩き方の工夫」と、「転んでも折れにくい丈夫な骨や筋肉をつくること」の両方が大切です。
●転倒災害の防止(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000111055.html
転倒災害の原因と対策のリーフレット、動画など
●骨活のすすめ(厚生労働省)
https://kennet.mhlw.go.jp/slp/event/honekatsu/index
骨粗しょう症予防について学べる動画など
●骨粗鬆症とは(骨粗鬆症財団)
https://www.jpof.or.jp/osteoporosis/
骨粗しょう症のセルフチェック、予防や治療についてなど
※婦人公論では「読者体験手記」を随時募集しています。
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