【木村 政美】「AIで仕事が楽になったから給料を下げる」40歳課長の”月7万円”役職手当カットは本当に許されるのか

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都内の通信機器販売会社の営業課では、4月に導入された「AI営業支援システム」が好評だ。営業日報は5分で完成し、みんなでコーヒーを飲む時間もできた。ところが9月、人事・労務担当の専務に呼び出された課長は、耳を疑う話を切り出される。AIで仕事が楽になった、その"代償"とは--。事例をもとに、社会保険労務士の木村政美氏が解説する。

好評だった「AI営業支援システム」の導入

A野さん(40歳)は、大学卒業後総合職で入社した甲社(都内にある通信機器販売会社で従業員数は400名)でルート営業を担当、営業主任を経て3年前営業課長に昇進した。

社内では甲社長の肝いりで、業務効率の向上のため全部署でAIの導入を決定、特に残業が多い営業課がトップバッターで4月から「AI営業支援システム」を導入した。

新製品のプロモーション資料はAIが自動生成し、営業日報は音声入力を使えば5分で完成する。部下の顧客管理は課長であるA野さんの仕事だったが、システムにメンバーが打ち込んだ営業日報をもとに訪問先や訪問回数、売上高、商品購買歴などのデータをAIが分析して「次に訪問すべき顧客」や「提案すべき商品」を提示してくれる。また、データに基づく個々の人事評価もメンバーがリアルタイムで確認できるため、部下の指導と称する週1回の個人ミーティングの必要がなくなった。

「いやあ、AIのおかげで便利になりました。以前は営業日報を書くだけで毎日30分以上かかりましたが、今では5分でOKですよ」

8月上旬の昼休み。隣でB川さん(35歳で営業主任)が笑いながら言った。

「資料作成もAIがやってくれるし、外回りに集中できるって感じです」

隣でコンビニ弁当を食べていたA野さんも頷いた。

「そうだな。以前は顧客回りの後会社に戻ってから営業日報を書いたり新製品のプレゼン資料を作ったり……とにかく大変だったからね。今では逆にちょっと早く仕事が終わってみんなでコーヒーを飲む時間もできた」

予定では、来年度からA野さんが行っていた配属後の新人教育もAIが担当できるようになるらしい。

「まさしくAI様々だな……」

と喜んだA野さんだったが……。

AIで仕事が楽になったから給料を下げる…!?

9月上旬の午後、A野さんはC上専務(50歳で会社の人事・労務担当責任者)に呼ばれた。

「A野君、「営業支援システム」は使いこなせているかね?みんなの仕事がだいぶ楽になっただろう」

「はい。おかげ様で社内での事務作業はかなり楽になりました。部下たちも喜んでいます」

「それはよかった。ところでちょっと話があるんだが……」

「何でしょう?」

「今年中には社内の全部署でAIシステムを導入する予定で、同時に職務内容を見直し、来年の4月から賃金体系を変更する。営業の場合、AIが営業ルートや目標値の設定に加え、新人教育も担うことで、君の課長としての仕事はほぼなくなる。会社としては、課長と主任の役割はAIで代替できると判断した」

「じゃあ私の場合、課長としての役職手当月7万円がなくなるんですか?」

「そうだね。A野課長は月7万円、B川主任は月3万円の役職手当がなくなる。それと、メンバー全員の基本給についても少し下げる方向で調整したい。AIを活用することで仕事が楽になったからね」

A野さんは声を荒らげた。

「確かにAIのおかげで仕事は減りました。しかし、顧客との関係構築やトラブル対応とか、部下からの相談事は今も私やB川君が対応しています。それは上司の仕事じゃないんですか?」

C上専務はやれやれとため息をついた。

「これからは、担当顧客との関係を深める方法やトラブルの対処、仕事上の悩みは個々でAIに相談すれば、最適な答えを教えてくれる。AIを使って仕事が減れば、残業はなくなるしワークライフバランスの面からもいいことじゃないか。だからそれに合わせて職務評価や賃金体系も見直すんだよ」

「つまり、仕事が楽になったからその分給料を下げると言いたいのですね。でもそんなこと、みんなが納得するでしょうか?」

帰宅途中電車に揺られていたA野さんは、C上専務の言葉を思い出し怒りが込み上げてきた。

「AIで仕事が楽になったから給料を下げるだと?来年は子供の大学進学でお金がかかるというのに。そんな話がまかり通るものか!」

課長や主任の仕事を軽く見てる

翌日の夕方、直行での外回りを終えたA野さんが会社に戻ると、B川さんが駆け寄ってきた。

「ついさっきC上専務から、『来年の4月から主任職がなくなるので手当の廃止と基本給を下げる』と言われました。そんなの絶対に納得できません。A野課長にはすでに話したと言ってましたがOKしたんですか?」

「冗談じゃない!認めるわけがないだろう」

「そうですよね。C上専務は課長や主任の仕事を軽く見てますよ。もし本当に給料が下がったら、僕は会社を辞めますから」

「そんなこと言わずに落ち着いてくれ。AIはあくまでも道具なんだから」

A野さんはB川さんをなだめながら、自分自身にも言い聞かせるように語りかけた。

*     *     *

「AIで仕事が楽になったから給料を下げる」という理屈は、一見もっともらしく聞こえる。しかし、基本給の引き下げは労働者にとってマイナスとなる「労働条件の不利益変更」にあたる。労働契約法では、会社が労働者の同意なく就業規則を変え、一方的に労働条件を引き下げることを原則として禁じている。同意なしの変更が例外的に認められるのは、変更内容に合理性があり、かつ変更後の就業規則が周知されている場合に限られる。

とくに生活基盤を揺るがす基本給の減額は、その合理性が極めて厳しく判断される。役職手当の廃止についても、AIでは担えない現場判断や指導の責任をだれが負うのか、という問題が残るのだ。

では会社が「AIで職務価値が下がった」と主張すれば、賃下げは通ってしまうのか。詳しくは後編記事〈「もううんざりです」部下のミスの尻拭いをAIは評価せず「基本給を下げる」と迫られた35歳主任の決断〉でお伝えする。

木村政美

社会保険労務士

1963年生まれ。長崎県出身。専門学校卒業後、旅行会社・セミナー運営会社・生命保険会社・人材派遣会社勤務を経て、2004年事務所開業。企業の労務管理(特にメンタルヘルス・ハラスメント関連)を得意分野とし、顧問先や各種相談会での相談業務、セミナー講師、執筆活動等を幅広く行っている。2011年より千葉産業保健総合支援センターメンタルヘルス対策促進員、2020年より厚生労働省働き方改革推進支援センター派遣専門家受嘱。

公式ホームページ:http://kimura-office.p-kit.com/

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