元「カントリー娘。」斎藤みうなが客室マッサージ師、港区女子を経て恋愛スペシャリストになるまで
「FRIDAYの取材って聞いて、『え、もしかしてあのことかな?』って、ちょっとドキッとしました。まあ、心当たりはいろいろあるんですけど!(笑)」
そう笑うのは、元「カントリー娘。」のメンバーとして活動していた斎藤みうなさん(39)。藤本美貴(41)や紺野あさ美(39)らとともにステージに立っていた彼女はアイドル卒業後、エステティシャンを経て恋愛コラムニストに転身。現在は女性向けオンラインサロンを運営している。
恋愛を表立って語ることが難しかった時代のアイドルが、なぜ「恋愛」を仕事にするようになったのか。「カントリー娘。」時代から卒業後の意外なキャリア、そして現在までを聞いた。
ハロプロ!オーディションで「いっこく堂」
「小学生のとき、『THE夜もヒッパレ』(日本テレビ系)で安室奈美恵さん(49)や『SPEED』を見て、かっこいいなって憧れていました。アイドル雑誌の『明星』も毎月買っていて、付録の歌詞カードを見ながら曲を聴いていましたね。
当時は毎週のように良い曲がリリースされていて、名曲を探すのが趣味だったんです。一番好きだったのは『SPEED』の島袋寛子さん(42)。aikoさん(50)や椎名林檎さん(47)の曲も好きでした」
音楽が好きで、歌手になることを夢見ていた斎藤さん。15歳のときに「モーニング娘。」の第6期オーディションに応募した。
「『ハロー!プロジェクト』に入るって、東大に入るより難しいんじゃないかなってくらい、すごい倍率だったと思うんですよ。だから、合格したときは『もうこれで学校行かなくていいや、早めに進路が確定したな』って(笑)。私は長女で親が厳しかったから、勉強はできるほうだったんですけど、親からも『もう勉強しなくていいよ』と言われました」
オーディションには、課題曲だった「モーニング娘。」の「Do it! Now」を歌った映像を送った。しかし、そのビデオにはちょっとした“問題”があった。
「期限ギリギリになってからオーディションを受けることを決めたから、慌てて曲を覚えて……家にあった弟の卒園式のビデオに上書きして撮ったんです。私が歌い終わったら、その後は弟の卒園式の様子が延々流れるっていう(笑)。マジでふざけてますよね。まさか受かるとは思っていなかったので。
そしたら、デビュー後にまさかのその映像がテレビで流されちゃって。『あー、新しいビデオで撮ればよかった!』って思いました」
「モーニング娘。」のオーディションでは国民投票3位に輝き、最後の約30人に残ったが落選。その3ヵ月後に「カントリー娘。」の新メンバーのオーディションが行われることを知り、再度挑戦した。
なぜ自分が選ばれたのか、彼女はこう分析している。
「当時、いっこく堂さんが流行っていて、学校でよくモノマネしてたんですよ。それをオーディションの自己アピールで披露したんです。私、オーディション自体をナメてたから、逆に肩の力が抜けてたんですよね。自己アピールでもしゃべりまくって、審査員から『もういいです』って止められたくらい(笑)。歌とかダンスというより、キャラで受かったのかもしれません」
ところが、いざ加入すると、そんな余裕は吹き飛んだ。「『AKB48』には研究生時代があるじゃないですか。でも、『カントリー娘。』にはそういう期間がなくて、最初から即戦力を求められるんですよ。地元でダンスを習ってはいたんですけど、それまではあくまで習い事。ダンスも簡単そうに見えて、実際はダメ出しもめちゃくちゃ細かくて。
しかも、ライブ、握手会、お芝居、テレビ……とにかくいろんな仕事をやる。普通の社会人1年目とは全然違うくらいの仕事量で、ものすごいスピードでクオリティを求められるんです。
みんな必死でしたよ。でも、先輩たちは涼しい顔をしていて、努力しているところは見せない。それでちゃんと結果を出す人ばかり。本当にあの時代の方々はみんな、レベルが高かったですね」
しかも、斎藤さんの加入後、「カントリー娘。に紺野と藤本(モーニング娘。)」という期間限定のプロジェクトが始まり、藤本と紺野が「カントリー娘。」に参加することになった。
「デビュー曲でいきなりあの2人と同じステージに立つことになったんです。最初はちょっとナメてかかっていたところもありましたけど、学校も辞めちゃったからもう弱音は吐けないし、芸能で生きていくしかない。だからこそ、『なんとか食らいつこう』って必死にやれたのかもしれません」
朝から夜中2時まで客にマッサージ
ただ、「振り返れば、思い描いていたような活躍はできなかった」と斎藤さんは言う。
「おバカタレントで大ブレイクした里田まいちゃん(42)もいたし、私自身、グループでめちゃくちゃ目立っていたわけじゃないんですよ。今思うと、もうちょっと長い目で見て芸能界を続けてもよかったのかな。だけど、当時はあやや、ミキティ、ゴマキって、周りにスターがいすぎたんですよね」
20歳で「カントリー娘。」を卒業し、芸能界を離れた斎藤さん。華やかな世界を後にして飛び込んだのは、意外な仕事だった。
「芸能人って、基本的にはテレビからオファーが来るのを待つしかないし、不祥事があったら仕事がなくなることもあるじゃないですか。それで、手に職がある仕事に憧れて、エステのセラピストとしてホテルの客室に行ったり、タイ古式マッサージをやったりしました」
元国民的アイドルであることは伏せて働いていたが、意外にも気づかれることはなかったという。
「オーナーがタイ人だったし、施術する部屋も暗いし、私はすっぴん。朝から夜中の2時まで働くこともありましたけど、お客さんにも全然バレなかったです。まさか元アイドルが働いているなんて、誰も思わないですよね(笑)」
そんな生活を送っていた24歳の頃、思わぬところから新しい仕事につながった。「アイドルを辞めた後、付き合っていた男に裏切られて、つらい経験をしたんです。そのとき、職場のお姉さんから『あんた、見る目ないわね』って言われて(笑)。『どうやったら男を見る目を養えるの?』って、お姉さんたちにいろいろ聞くようになって、その内容を忘れないように、メモ代わりにTwitterに投稿していたんです。
そしたら、それが女性編集者の目に留まって『恋愛コラムを書いてみない?』ってオファーをいただいたんです。テストで2~3本やってみようと言われて書いてみたら『思ったよりうまい! このまま使える』とお褒めいただいて、24歳から恋愛コラムを書くようになりました。まあ、炎上もしましたけど(笑)」
“炎上”については後ほど触れるとして、この頃から彼女の交友関係は大きく広がっていった。
「当時は職場と家の往復で、あるとき『私、友達いないな。こんな人生でいいの?』って気づいたんです。それで友達を作りたくて、港区の飲み会に顔を出すようになりました。
2008年のリーマンショックの頃は、当時のヒルズ族と飲んだり、西麻布にある暗証番号をピッピッて押して入る会員制のバーに行ったり。パーティーや飲み会にもめちゃくちゃ行きました。私、初めましての人と会うのが好きなんですよ」
ただ、いわゆる「ギャラ飲みとは違う」と強調する。
「今の若い子って、自分の時間を高く売ろうとするじゃないですか。でも、私はそうじゃなかった。おカネが欲しくて行っていたわけじゃなくて、単純に友達が欲しかったんです。仕事は仕事、プライベートはプライベート。そこは分けたほうがいい」
話は先ほど斎藤さんが口にした“炎上”に戻る。恋愛について赤裸々に発信するようになるうち、かつてのファンから厳しい声が寄せられたという。「『元アイドルが恋愛の話をするな! 夢壊すな!』ってめちゃくちゃ怒られました。そう言われても、私自身はどんどんアップデートされていて、アイドル時代なんて、はるか昔のことだったんですよ。『もう辞めてるし、関係なくない?』って。
みなさんも、いつまでも自分の出身高校の話なんてしないじゃないですか。いろいろ言われたけど、『何が悪いの?』って。元『カントリー娘。』が、それだけ目立つ経歴だったからかもしれないですけどね」
それでも、次第に女性に向けた発信を意識するようになった。
「男性ファンって、どんどん新しいアイドルに乗り換えていくじゃないですか。そこを相手にずっとやっていくのは、寿命が長くないなって。それなら女性ファンを作ったほうがいいと思ったんです」
恋愛について発信し続けてきた斎藤さんは現在、その経験をひとつのコミュニティへと発展させている。
「常に恋愛してますよ」
2023年に女性向けのオンラインサロンを立ち上げ、今年で4年目。常に150人くらいのメンバーがいて、「ちょうどリニューアルを考えているところ」なのだという。
「最初は『ハイスペック男性と出会おう』っていう目標を掲げたサロンだったんです。でも、だんだん女性側の意識が変わってきた。『ハイスペックな男性と結婚したい』だけじゃなくて、『自分で稼ぎたい』『自分自身がハイスペックになりたい』っていう女性が増えてきたんですよ」
実際に、サロンをきっかけに「人生が動いた」女性も少なくない。
「かなりの数のサロンメンバーを結婚させました。飲み会を開いたり、講座をやったりして。毎月誰かが結婚したり、出産したりしています。独身時代って、結婚とか出産後の生活なんて、なかなか想像できないじゃないですか。だから、まずはメンバーの頭の中を整理して、ちょっと圧もかけて結婚への道筋を作っています」
女性たちと向き合うなかで、婚活を取り巻く状況も変わったと感じている。
「今って、みんな整形しちゃうから、外見がいいだけじゃダメなんですよ。それはもう大前提で、そのうえで自分をどう磨き上げていくか。男性も変わってきていて、自分と同じくらいのスペックがないと本命には見てもらえなくなってきていると思います。
都内のマンション価格も上がっているし、どんな男性を選ぶかで人生も変わる。
芸能は自分を売る仕事ですけど、婚活も同じ。だから、私は芸能時代の経験を活かして1人1人に個人コンサルもしています」
オフ会や講座など、サロンでの活動は月に4~10回ほど。斎藤さん自身の恋愛について聞くと--。
「私自身も常に恋愛してますよ。そこは昔から何も変わってない(笑)」
恋愛や婚活に悩む女性たちへのアドバイスも、実に彼女らしい。
「自分の“売りどき”は考えたほうがいいです。同じくらいの“仕上がり”の20代と30代がいたら、男性は20代を選ぶ。晩婚でうまくいっている芸能人もいるけど、それを見て『私も大丈夫』って思わないほうがいい。
価値が高い20代のうちに売ったほうがいいと思っています。たとえそれでうまくいかなかったとしても、今はバツイチだってモテる時代です。結婚歴があるだけで、『一度、誰かに選ばれた』という称号にもなる。晩婚だと一発勝負で、もう後がない。26歳で結婚して、2~3年で離婚したとしても、まだ29歳ですから。
こういう考え方をするようになったのは、芸能界にいたからかもしれない。芸能人は芸を極めていくお仕事なので、年齢を重ねるごとに深みが増したり、新しい引き出しが増えたりしていきます。つまり、芸能人は年齢を超越した魅力で勝負しているので、晩婚だからこそいい結婚をする人たちがいるのは事実です。
ですが一般的なお仕事をしながらだと、なかなか芸能人のようにはいかない。だから私は20代のうちに婚活して第一子を産みなさいとサロンメンバーに言っています。“売り時”をミスしないように」
アイドルを卒業してから約20年。さまざまな道を歩んできた斎藤さんに、改めて「カントリー娘。」とはどんな存在だったのかを聞いた。
「難しい質問だなぁ。あえて言うなら、自分のスタート地点。これが私のファーストキャリア! ですかね」
撮影・文:佐藤ちひろ
